ルカとヴィヴィたちは、ルトゥタイを目指して出発した。 ケレットの町を出る朝、事情を聞いたレイジが二人のために、旅の資金として十分な貨幣と、野宿をする際に必要な道具が入ったリュックを用意をしてくれた。もちろん一度断わったルカであったが、「町の犠牲者の無念を晴らしてくれ」との言葉とともに受け取ることにする。 目を泣き腫らしたメルにもしばしの別れを伝え、ルカは小さな体を抱きしめた。 そして、メルは少し離れた所から自分たちを眺めていた女性に歩み寄る。 ヴィヴィは、目の前で立ち止まった女の子に腰を落として目線を合わせてあげるが、フィルを救えなかった罪悪感が過ぎり、微笑みを向けることができなかった。だが、そんな彼女にメルが両手を伸ばし、そのままギュッと抱きついた。 「気をつけてね」と、か細い声がヴィヴィの耳に届く。その言葉に、フッと表情が和らぎ、心配はいらない、と声に出す代わりにサラサラの髪を優しく細い指で梳いてあげた。 それから、各地に点在する町を線で繋ぐように旅をしていく。必ずしもルトゥタイの方角に町があるとは限らないので、ぐるっと遠回りになることも起こるが、着実に距離は詰めていた。 途中、町に立ち寄った際に何度か二人の顔が険しくなる。 町中に、コンターギオが溢れていたのだ。 いつやられたのかまではわからないが、間違いなくブルゴーの仕業であった。生存者がいないか探索もしたがすべて無駄足に終わる。 数が多く処理するための道具がないため、町に残った保存食だけを拝借して町を出た。 これ以上被害を広げないためにも、とルカたちは先を急いだ。 そして今、二人は平原を走っていた。 しかし、ルトゥタイに早く着くためではない。逃げるためだ。 「おい! お前のせいなんだからお前がなんとかしろ!」 ルカの怒声が後ろを走るヴィヴィに飛ぶ。 そのさらに後方から、大地を揺らすような地響きがついて来ている。 「無茶を言うなあ。あの数にボクのお手製の鏃を撃ち込んでも焼け石に水だろう。最悪、火に油だ」 「もう油を注いだ後だよ! 何回言ったら〝きのこを先に切る〟ってことを覚えるんだ! この状況が何回目か言ってみろ!」 「八回目。だけど、そのうちの二回は上手くやって食料が増えただろ?」 「こ、この……!」 ルカたちが何から逃げているのか。それは、平原を埋め尽くすほどの獣の群れであった。四足で走る獣たちの背にはきのこが生え、明確な敵意を持ってルカたちを追いかけている。 キッカケは、ヴィヴィが弓で一匹の獣の頭を射抜いたことだ。 ルカが言うように、きのこに寄生された生物を殺す際は、先に体のどこかに生えているきのこを切り取った方が良い。種類にもよるが、いつぞやルカが処分したきのこのように仲間を呼ぶものもある。今回ヴィヴィが殺した獣に生えていたきのこがその種類であった。 しかし、彼女は仲間を呼ばれると理解した上で行動をしていた。なぜならば、おびき寄せられた獣を狩ればそれだけ食べられる量が増えるからだ。 そして、そのためにルカの制止を振り切って、八回目の挑戦をした。結果は現在の状況である。 「――大きな地割れがある! 跳び超えるぞ!」 進行方向に長い一本の地割れが蛇行していた。反対側の崖までは、勢いよく走って跳べばギリギリ届くか届かないかぐらいの距離がある。 そして、二人は地割れの際で踏み切り跳躍した。なんとか対岸に届いたルカは受身を取りながら地面を転がる。リュックの中身がいくらか飛び出した。 余裕を持って着地をしたヴィヴィは立ち上がって振り返る。 そこには、走ってきた獣がどんどんと地割れの底へと飲み込まれていく光景が広がっていた。地割れの下を覗き込むも闇があるだけで底は見えない。 「あーあ、これじゃあ拾い上げることは無理だ」 落胆するヴィヴィの声を、起き上がったルカは無視して落ちた荷物をリュックに詰め直し始めた。獣の群れが鳴き声上げながらこちらを見ているが、地割れを跳び越えてくることはできないようなので助かったらしい。 だが、今回は、だ。これからもそうだとは限らない。面倒ごとを起こす人物が常にそばにいるのだから。 「おい」 「なんだい?」 そのトラブルメーカーは、涼やかな顔でルカの方に振り返った。反省なんて微塵もしていないという顔だ。 一度大きく息を吐いて気を鎮める。 獣の群れに追われるのは今回で八回目。これまで七回怒ってきたことになる。だが、暖簾に腕押しで一向に改められない。 それに、獣の仕留め方だけには留まらず、ここまでの旅で事あるごとに叱っていた。 町の人たちに失礼な態度を取るのは相変わらずとして、大事な旅の資金を勝手に食べ物に変えられることもしばしば。他にも野宿をする際に夕食として鍋を作っていると、得体のしれないきのこをドバドバと入れられたりもした。木のように硬いきのこもあったが、ナイフのノコ部分を使って採取したらしい。 それらにより、ルカは体調を崩しつつも節約生活を余儀なくされてしまう。イライラしているというのに原因である相棒が遠慮無く茶化してくるので怒声も上げてしまうというものだ。 しかし、今回は違った。 「いいか、よく聞け。もうルトゥタイにかなり近づいた。どんなきのこがあって、どんな獣がいるかもわからないんだ。それなのに好き勝手やっていたら死んでもおかしくない。少なくとも俺は死ぬ」 ヴィヴィの目を見据えて静かに諭す。 散々怒られてきたヴィヴィでも、これには口を尖らせるしかなかった。 「ボクがいるんだからそう簡単に死なせたりしないよ」 「……そういう問題じゃない」 ルカは肩を落とす。やはり自分が苦労するしかないのかと。 前の町で聞いた情報が正しければ、日が暮れるまでには次の町に到着するだろう。気持ちを切り替えてリュックを背負い直し、獣の群れに見送られながら旅を再開する。後ろをヴィヴィがついて来る気配を感じながら。 これを境にヴィヴィは獣を呼び寄せることも鍋に自身が選んだきのこを入れることも無くなった。また、それはルカが死ぬと聞いたから、ということを、言った本人が気づくこともなかった。
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