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 影の中を進み、再び日の光を浴びる頃。  二人はきのこの森を抜けた先に広がる荒野を見ていた。その向こうにルトゥタイの根元が地の果てから果てまで横断している。  ただの旅人であれば、言葉では言い表せないほど高く真っ直ぐに伸びる柄を前にし、今にも倒れてきそうな恐怖を覚えるだろう。 「あんな所に建物が並んでいるな……」  しかし、二人には感慨に耽っている暇はなかった。距離は測りかねるが、荒野の中にいくつか建物が密集しているのを発見する。 「こんな所に住む人間なんて限られている。間違いなくラドカーンが関係しているだろう」 「そうだな……。日が暮れる前に急ごう」  ケレットを襲った悲劇はもう繰り返させない。メルだけでなく大勢の人が少しでも平和に暮らせるようにラドカーンを倒す、という旅の目的を果たす時が来たのだ。  ルカはシャベルを手に取って刃をスライドさせる。カチッと固定された音が鳴り、斧へと変形させた。さらに、腰に携えた穂を一本抜き取って先端に装着する。斧はハルバードへと姿を変えた。  ヴィヴィは最後の爆発する鏃を矢に装着する。担いでいた弓を下ろし、問題なく滑車が回るかを確認して呼吸を整えた。最初の一手で最大火力をぶつけるつもりだ。  そして、二人は視線を交わして互いの意志を確かめ合うと、荒野へ足を踏み出した。建物まで遮蔽物がないので一直線に向かう。  それから、建物に程近い所まで歩を進めた頃。前方に人影を発見する。 「――誰か来る」  その人影は真っ直ぐこちらに向かって来ていた。二人の緊張感がさらに高まる。  近づくほどに段々と姿形がハッキリとしてくる。  人影はやはりドゥドゥであった。  だが、その長身の肩に何かを担いでいるように見える。  さらに距離が詰まると、それが人だということがわかった。  ドゥドゥの肩に腰掛けれるほど小柄なその人物は、老人であった。  禿頭や顔に深いしわが多く刻まれ、暗い緑色の痣のようなものが点々としている。防護服でなく汚れた白衣を着ており、握り手の付いた杖を持っている。  そして、会話ができる距離になると互いに足を止めた。 「お前がラドカーンか!」  ルカはリュックを落とし、両手でハルバードを構えて勇ましく問いただす。  ラドカーンとおぼしき老人は、ドゥドゥの手を借りて地に足をつけた。  いきり立つ少年に値踏みするような視線を向けた後、鼻を鳴らす。 「儂も有名になったものだ。だが、見ず知らずの小僧に無礼を働かれる覚えはない」 「――お前に無くてもこっちには大ありだ!」  自身を睨みつけて叫ぶルカに、ラドカーンは興味がないように視線を逸らす。その目はもう一人の人物に向けられる。 「ドゥドゥからある程度の話を聞いた。お前も理性を得たらしいのう。戻ってきた辺り、帰巣本能が働いたか。勝手に逃げ出して失敗作どもに食われていないか心配しておったぞ」  二人が初めて出会った時、ヴィヴィはなんとなくでルトゥタイを目指していると言っていた。この老人を倒すという目的を得てからルカも気にしていなかったが、確かに起因はそういう本能なのかもしれない。かと言って、ヴィヴィに対する見方を変える気は露ほどもなかった。  その本人は、面白くないと言わんばかりに老人を挑発する。 「……ふん、知ったような口を。あんなでかい奴らの管理もできていないのに、ボクを閉じ込めておこうだなんておかしな話だ」 「言うのう。お前は別として、あの失敗作どもの管理なんぞしておらんよ。檻も限りあるので自然に帰しただけだ。ああ、失敗作といえばブルゴーが迷惑を掛けたらしいな。こいつが儂の知らぬところで余計なことをしていたらしい」  その言葉に、隣に立つドゥドゥがフッと笑みを浮かべる。 「私なりに進化を促したのですが、あんなに醜くなるとは……。いやはや、何度も近くで見ていますが実験とは難しい」 「クックック、年季が違うわ、年季が」  老人は愉快そうに声を上げて笑った。とても武器を向けられているとは思えない立ち振る舞いだ。  底が見えない相手にルカの手に力が入る。ヴィヴィの持つ弓の滑車がわずかに回った。  そして、再び二人に視線を向けたラドカーンは、仕切り直す合図のように杖で地面をコツコツと叩く。 「さて、一応訊ねるが……、ヴィヴィよ。いや、昔のように『トゥーリ』と呼ぼう。儂の助手として戻ってくるが良い」 「トゥーリだと?」 「お前がただの人間だった時の名だ。今は儂が名付けたヴィヴィの方が気に入っておるのか? それは喜ばしいことだな」 「……チッ」  自分の知らない自分を語る老人に苛立ち、ヴィヴィは舌打ちをした。殺気が強まるが、涼しげな顔をしている男の視線が気に掛かる。 「ところで、そこの小僧が防護マスクを着けておらんのは、お前の仕業か?」  杖の先がルカに向けられた。ヴィヴィはドゥドゥの動きを警戒しつつ言う。 「だとしたらどうする」 「なあに、儂の研究の足しにするだけだ。お前が答えんでも死んだ小僧を解剖すればわかること。最近は実験台となる旅人が減って困っておったからのう。細胞の一つとして無駄にはせんよ」 「……俺は死ぬ前提か」 「言っただろう、〝一応訊ねる〟とな。お前もトゥーリもおとなしく従うとは思っておらん。その証拠に、研究施設を壊されては適わんからこうしてここまで足を運んだというもの」  そう言うと、ラドカーンはくるりと二人に背を向けた。反射的にヴィヴィが弓を構える。同時にルカが後方に飛んで身を伏せた。  射られた矢はラドカーンの背中を目掛けて一直線に飛んだ。だが、その小柄な体に届く前に大柄な体が割り込む。――その瞬間、ヴィヴィは目を疑った。  高温の炎とともに爆風が吹き荒れ、爆発音がルトゥタイにこだました。地面に伏せていたルカだが、体が浮き上がり後方へ吹き飛ばされる。 「いてて……」  ゴロゴロと転がった体の痛みに耐えながら立ち上がると、隣にはヴィヴィの姿があった。いつものことながら爆風を上手く回避したようだ。しかし、その顔は険しい。  ルカが彼女の視線を辿ると、ラドカーンとドゥドゥの姿があった。二人とも無傷に見え、爆心地から離れていることからドゥドゥがラドカーンを抱えて跳び退いたのだろう。  だが、そうなると不可解な点が浮かび上がる。  爆発が起こったのだから矢は確かに命中したはずだ。となると、誰に当たったのか、とルカは奇妙に思う。  その答えを知っているヴィヴィが、この上なく腹立たしいといった様子で呟く。 「増えやがった……!」 「――うん? どういうことだ?」  意味が掴めずルカは混乱した。  弓と矢筒を地面に落とし、その疑問を自身の中でも割り切るために答える。 「そのままの意味だ。矢を受け止める方と、ラドカーンを守る方に分かれたんだ」 「分かれた……?」  だが、理解が及ばない説明に少年はますます混乱した。 「まあ、キミもすぐわかるだろう」  それ以上は口を閉ざし、ヴィヴィは鞘からナイフを抜き取り戦闘態勢に入る。  釣られてルカもハルバードを構えた。思考していた頭を切り替え敵を見定める。  それを受け、ドゥドゥがラドカーンから離れ、二人の方へ一歩一歩と近づいてくる。  そして、互いが駆け出せばすぐにぶつかり合う間合いまで詰まった所で、男は足を止めた。変わらず余裕のある涼やかな表情をしたままである。  次の一手が読めない相手だが、どう動かれても対応できるようにハルバードを後ろに構え直した。その時、 「なにっ――!」  ルカは驚愕する。  突然、四人の男がルカたちと相対するように現れた。地面から生えた糸のような物体が人の形を作ったのだ。さらに、糸の塊だった物が一瞬で人間に変わる。  その誰もがドゥドゥを鏡で映したかのような見た目をしていた。目を擦ってみるも、確かに実在しているようだ。 「ほら、すぐにわかっただろ」 「なんでそんな誇らしげなんだよ……」  敵が増えて危機的状況だというのに暢気なヴィヴィに、ルカは呆れたように言葉を返した。  その会話が聞こえていたのか、四人の分身の後方にいるドゥドゥが笑みをこぼす。 「ふふふ、もっと驚いてもらえると思っていたのですけどねえ。どうですか、成長した私の力は? あれからも人間をいくらか食べ、やっとこんなことができるようになりました」 「正直かなり驚いたよ。魔法使いにでもなったのか?」 「ご覧の通り、己の分身を生み出すほどですがね。あなたもラドカーンの元に戻れば、私のようにルトゥタイの力を発現させれるかもしれませんよ。いかがですか?」 「ふん、あいつも言っていただろ。ボクがおとなしく従うと思っていないって」 「そうでしたね。これで振られたのは三回目になりました。と言っても、最初の一回はそこの少年に邪魔をされて、ですが」  視線を向けられ、ルカの体が強張る。一度自分を死へと追い込んだ相手と刃を交える時を間近にし、気持ちとは裏腹に恐怖が刻み込まれていた。  そんな相棒の変化を感じ取ったヴィヴィが、 「心配するな。また斬られてもボクが治す」 「…………」  何一つ励ましになっていない言葉を掛けた。だが、本人は至って真面目だ。  ルカは大きく息を吐いた。ヴィヴィが何かをやらかした時にするお決まりの所作だ。  そのおかげか、緊張がほぐれるのがわかった。  感謝を示すのは憚れたので、もう平気であると敵に飛び込める体勢を取る。それに倣うようにヴィヴィも構えた。  そして、何かの合図があったわけでもなく二人は同時に地を蹴る。 〝四体〟のドゥドゥが片腕を剣のように変えて待ち構える。  ルカとヴィヴィは二手に分かれると、両端の敵を目掛けてそれぞれの武器を振るった。

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