ジュラとノーラの家族にも報告するため、二人はルカとヴィヴィに恭しく、それでいて元気に礼を述べると自分たちの家へと向かった。 それを見送った三人は改めて応接間で向き合う。 「ルカさん、ヴィヴィさん、この度は誠にありがとうございました。いくら礼を尽くしても足りないほどです」 「いえ、俺はきのこを採って茹でただけなので……」 二人は最も活躍した人物をちらりと見た。軽く首を傾げた女性は、さも当たり前のように言う。 「ボクがあの子助けたかっただけだ。でも、礼はもらおうかな」 「お、おい」 「ええ、是非に。この老いぼれにできることがあれば何なりと」 ルカはうろたえているが、ヤノシュは待っていましたとばかりだ。そんな相棒と老人たちが耳を疑うようなことをヴィヴィは口にする。 ※ 夜も更けてきた頃。 ルカは昨日と同じくヤノシュに借りた部屋にいた。ベッドに腰掛けているが、どこか落ち着きがなく、足を小刻みに動かしている。それと、ため息の回数も多い。 この集落がルトゥタイの影に隠れる少し前、ジュラたちの両親が礼をするためにやって来た。嬉しさのあまり泣き崩れる母親をルカが相手していると、ヴィヴィがシャベル兼斧を貸せと言ってきた。しかし、それどころではなかったので、勝手に取れ、とやや乱暴に返した。そして、本当に勝手に取ったヴィヴィは、ヤノシュの礼として借りた鍛冶場に行ってしまう。それから彼女は帰ってきていない。 もちろん様子を見に行ったが、危ないし気が散る、ということで追い返された。 この捉えどころのない女性でも気が散ることがあるのか、とルカは首を傾げながらヤノシュの家に戻ってきたのである。 夕食にも姿を見せず、ルカの心配も最高潮になる。ヤノシュ曰く、「煙突から煙が出ているので何か造られているのでしょう」とのことだ。 その〝何か〟を自分の愛用している武器が使われているのかと思うと気が気ではなかった。 そう、ルカはヴィヴィの心配ではなく、シャベル兼斧の心配をしているのだ。 長年連れ添った武器がどんな姿で帰ってくるのだろうか。そんな不安で頭がいっぱいになっていた。 やはりもう一度鍛冶場に行くべきだ。そう決意してベッドから立ち上がる。 そこへ、 「ルカ、開けてくれ」 部屋の扉の向こうからヴィヴィの声が耳に届いた。 やっと帰ってきたか。鍵は掛かっていないのに。などの言葉を頭の中で飛び交わせながら、ルカは言われた通りに扉を開ける。 「やあ、できたよ」 「……できたって、何が?」 「それを今から説明するんだ。入れてくれ」 そう言うヴィヴィの片手にはルカの武器であるシャベルがあり、もう片方の腕には先端が尖った数本の棒が抱えられていた。髪はわずかに湿っており、胞子を落とすために水浴びをしたのだろうと推察される。 ルカは眉間にしわを寄せながら、いつぞやのように怪しい女性を自身のテリトリーに入れた。 「ふう、さすがのボクでも少し疲れた。まあ座りなよ」 持っていた荷物をベッドの真ん中に置き、そのまま腰掛けると隣をぽんぽんと叩いてみせる。呼ばれた純情な少年は一瞬躊躇したが、鼻から一息吐いてからそれに従った。 「では早速、これを見てくれ。ちょっと手を加えたんだ」 ヴィヴィがシャベルの柄を手に取る。ルカは言われた通り、じーっと眺めた。 ……どこか違和感がある。 刃を見るが変わった所はわからない。 柄も見るが同じく変わった所はわからない。 そして、刃先から柄の先まで上から下へとじっくり視線をなぞらせた。すると、二点の変化に気づく。 「柄が少し長くなってる……? おい、その右手で隠しているものはなんだ」 「ふふん、これだよ」 誇らしげな顔で手が離されると、柄の底近くに押し込むタイプのレバーが付けられていた。無論、前はこんなものはなかった。 「なんだそれは?」 「それを説明するためにも、次にいこう」 ルカの疑問に答えるために、ヴィヴィは刃を柄に沿ってスライドさせ、カチッと音が鳴ったところで止めた。シャベルは斧へと変形したのだが、 「……刃の位置が下がってないか?」 「お見事、それも正解だ」 「それもって……、まだあるんじゃないだろうな……」 「あるよ。メインディッシュがね」 ルカの不安を他所にお気楽なヴィヴィは、シャベル形態の時に刃があった先端部分が見えるように柄を傾ける。そこには変形させるために必要な穴が空いていた。 「ここにこれをこうして……」 首を傾げるルカに実演するようにいじくり始める。 持って来た先端が尖った棒を手に取り、その底を先ほど見せられた穴に差し込んだ。そして、それを左に回すと、カチッという音が鳴り固定された。 姿がさらに変わった相棒に、ルカは口をあんぐりと開けたまま動かなくなってしまう。 「これでハルバードの完成だ。そして、先ほどキミが疑問に思ったこいつだが」 そう言い、謎のレバーに優しく触れ、 「握って押し込んだら、この取り付けた棒の先端、槍で言うところの穂先が爆発する」 「なっ――!」 言うや否や、ヴィヴィはレバーを押し込んだ。反射的にルカは体を仰け反らせてベッドから転げ落ちた。 だが、しばらくしても何も起きない。 「あは、あはははは!」 しーんとしていた場に、ヴィヴィの高笑いが響く。 なんとも楽しそうな声に、ルカは顔をひきつらせながらゆっくりと立ち上がった。ベッドに腰掛ける悪戯小僧――女性だが――に冷たい視線を浴びせる。 「……騙したな」 怒りと悔しさを混ぜ込んだような声でルカは呟いた。 それに対し、大笑いして浮かんだ涙を拭きながらヴィヴィが答える。 「ははは、騙してはいないよ。ただ、爆発させるための手順を飛ばしただけだ」 「……と、言うと?」 「まず相手を突き刺す。その時に、この穂がさらに奥へ押し込まれるようになっている。その状態でさっきボクがしたようにレバーを握れば、どかーん、だ」 「それって誤動作したらかなり危ないんじゃ……」 「その可能性は低いと思ってくれて構わない。かなり強めに穂先を突き刺さないと作動しないからね。そもそも必要な時以外は取り付けなかったら良いだけだ。それと、これを作るためにボクお手製の鏃を何個か分解したんだ。大事に使ってくれ」 「うーん、わかった。――ん?」 納得しかけたルカであったが、大事なことを見落としていることに気がついた。恐ろしいことになりかねない事態を危惧する。 「なあ、武器を持っている方の俺はどうなるんだ……?」 突き刺して作動させるということは、ルカ自身のすぐそばで爆発が起こるというわけだ。あの鏃の爆発力を知っている身としては、自分もただでは済まないのでは? と、身の毛がよだつ思いを味わう。 だが、そんなことは大した問題ではない、と言わんばかりにいつもの涼しい顔でヴィヴィは答える。 「それは使ってみてからのお楽しみだね。爆発するのは本当に先端だけだし、柄も長くしたんだ。計算では相手の肉片が飛んでくるぐらいで、キミ自身が怪我することはないよ」 「…………」 ――絶対に使わないでおこう。ルカはそう心に誓った。 「さて、疲れたから自分の部屋に戻るよ。ああ、それとこれも渡しておこう」 伸びをしながら立ち上がったヴィヴィは、腰に携えている小袋から小さな革製品を三つ取り出した。それを怪訝な顔をするルカに手渡して言葉を続ける。 「その穂を腰からぶら下げるための入れ物だよ」 「……なんでここまでしてくれるんだ?」 それも当然の疑問であった。今までルカから何かをしてあげることがあっても、ヴィヴィから何かをしてもらうことは、皆無と言っても良いほどである。 ヴィヴィは端正な顎先に人差し指を当て、「んー」と思慮すると、 「この先のことを考えると武器ぐらい強くしても良いかと思ってね。まあ、あとはナイフを買ってもらった礼かな」 嘘偽りのない言葉を述べた。 その回答にルカは内心驚いてしまう。 確かにルトゥタイまでの距離もあと少しとなり、いつブルゴーというあの男と出会うかもわからない。それに、仲間と思われるラドカーンの元へ行くのだ。用心に越したことはないだろう。 しかし、ナイフの礼なんていつの話だ。大事な旅立ちの前日にねだられて買ってやった物だが、そこそこの日数は経過している。今更か、というのが感想であった。 だが、とても嬉しく思っている面があるのも事実だ。あの日の感謝を持っていてくれたことや、その感謝を返そうとしてくれたことも。普段の彼女の態度からでは決してわからないものを知れて、なんとも言えぬ温かさを得ていた。 とは言え、あくまでもルカの奥深くにある感情なので本人に自覚はない。――なかったが、すぐにその感情に紐付けされて、この女性を強く意識させられることになる。 「これで渡す物はすべて渡したかな。それじゃ」 ヴィヴィは手をひらひらと振って扉へ向かう。 「待て。ひとつ聞かせてくれ」 取っ手に手を掛けようかというところで、ルカがその背中を呼び止めた。そして、そのまま言葉を続けようとしたが、息が一瞬だけ喉に詰まる。 なぜならば、不思議そうに振り返ったヴィヴィの顔に、出会った時とはまた違う美しさを覚えたからだ。 別に彼女の姿形が変わったわけではない。中性的であり芸術的な顔のままである。 しかし、ルカはそこに女性らしさを感じた。これまでも意識させられる場面は何度かあったが、より強く知覚したのだ。 「どうしたんだい?」 優しげな声に、意識がハッとした。 なんとなく、今訊ねることではない、という気持ちに切り替わる。 「い、いや、またで良い。お前もたまには寝ろよ」 「? ああ、そうするよ」 挙動不審な少年にヴィヴィは首を傾げたが、変なのはいつものことか、とひとり納得する。そして、男心を理解すること無く、再び背中を向けて部屋を出て行った。 閉められた扉をしばらく見つめていたルカは、大きく息を吐いてベッドに倒れ込んだ。 「記憶のこと訊く前に武器の礼を言うべきだったな……。まあ、訊けなかったんだけど……」 そんな独り言を宙に呟き、後悔の念に駆られる時間が丑三つ時まで続くのであった。
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