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 ランタンの灯りが照らされる廊下を歩き、地下へと続く階段を降りるといくつかの扉があった。そのうちの一つをヤノシュが開いて中に入る。最後尾のルカも部屋に入り、音を立てないようにゆっくりと扉を閉めた。  部屋は地下とは思えないほど広く、老人の本職である研究に使われると思われる器具がたくさん置かれている。その中には、培養されている様々なきのこがあった。物珍しくヴィヴィと一緒にルカも入口付近から観察していると、 「そこにあるきのこは人体には無害ですので、近くで見ていただいて結構ですよ。研究用の危険性があるものは別で保管しております。あとは、ノーラの治療のためにジュラが採って来てくれたものもあります」  ヤノシュが容器を持ち、きのこを一つヴィヴィに手渡した。傘の部分に小さなトゲが付いているそれを、ヴィヴィは興味深そうに色んな角度から眺めてみる。  そんな彼女を横目に、ルカは部屋の奥へと目を遣る。白いカーテンで仕切られた空間があり、おそらくその向こうに女の子が寝かされているのだろう、と察しをつけた。  その答えを明かすようにグンタがカーテンを開く。  すると、白いベッドの上にジュラと同じ黒髪の女の子が眠っていた。ルカとヴィヴィに懐いていたメルよりも年は上に見える。 「博士、これ」  ジュラは腰に着けていた大きな革袋から、封がされた透明な袋を取り出す。その中には白く粘性のある液体を照りつかせているきのこが入っていた。 「頼んでいたやつだな。これで治療が進めば良いが……」  袋ごと受け取ったヤノシュは、それをそっとガラスケースにしまって蓋をする。  二人のやり取りを見ていたヴィヴィが静かに横たわるノーラに隣に立ち、その体に手を伸ばす。 「お、おい」  ルカが心配そうに声をかけたが、ヴィヴィの手はそのまま優しく首元まで掛かっている薄い毛布をめくった。  淡い青色の病衣を着た細い体が露わになる。その白い肌には、様々な大きさをした赤黒い斑点が散りばめられていた。観察できる首や腕だけでなく、顔を除く体中にあるように見える。 「うっ……」  女の子の悲惨な姿にルカは目を背けた。そんな相棒をちらりと横目で見たヴィヴィであったが、より詳しく観察しようとノーラの体に顔を近づける。 「体温や脈拍に異常は?」 「は、はい……、時折微熱程度にまで上がりますが脈拍は安定しております」 「そうか……」  ヤノシュから回答を得ると、ヴィヴィは顔を上げて培養されているきのこが並ぶ棚の前に移動する。  彼女は一体なにをしているのだろう、と眠っているノーラと本人以外の男たちがそう思っていた。そんな視線を意に返さず、ヴィヴィはきのこが生えている容器を順々に調べるように手に取っていく。  そして、最後に先ほどジュラが採ってきたガラスケースのきのこもじっくりと観察し、 「ダメだね。ここにあるきのこではその子を治せない」  肩をすくめてそうハッキリと言い放った。  ポカーンとする男たちを尻目に、もう一度ノーラの容態を確認する。 「ふむ……、この辺りで鉱石が採れて湿気があるような場所があったりしないかい?」 「それなら、水汲み場にしている泉の近くがあるけど……。でも、鉱石の質は悪いしあまり量は採れませんよ」 「ああ、その環境が大事なだけで鉱石が必要なわけじゃない」  意図が読めない彼女の言葉に、誰しも首を傾げる。 「場所を教えてくれないか。ボクとルカで行くから」 「お、俺?」 「そうだ、キミさ。少し働いてもらうよ」 「何かするなら俺も道案内がてら手伝いますけど……」 「いや、ボクらだけで行かせてくれ。気持ちは受け取っておくよ」  グンタの提案を、ヴィヴィはすっぱりと断わった。  ますますこの女性が何を考えているのか理解できず、皆が顔を見合わせる。  しかし、ヴィヴィは善は急げとばかりに話を進める。 「ルカ、ツルハシを借りておいてくれ。それとキミのリュックを持って出発だ」 「お、おう、わかった」  さすがのルカも勢いに押されて深く追求することができなかった。  だが、旅を共にしてきた者だけが感じ取れたこともある。ヴィヴィの顔つきがメルを心配していた時と同じものであると。

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