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 金属がかち合う音とともに、一対二という構図が二箇所でできる。  ヴィヴィは主導権を握り、二体から同時に攻撃されないよう立ち回る。  刃は長いが厚みがないナイフのため、腕全体を剣として振るってくる相手に対し受け止めることは困難だ。足さばきで回避し、ナイフだけに頼らず蹴りを放ったりと柔軟な戦いぶりを見せている。 「でりゃあああああ!」  ルカの方は、なんとか戦えているといった様子だ。  一撃一撃に力を込めて打ち込んでいるものの、まだその刃は二体のドゥドゥには届いていない。反対に攻撃を受けても、ハルバードを手足のように操っていなしていく。そんな一進一退の攻防を繰り広げていた。  だが、 「くっ! この……!」  体勢をわずかに崩されたところを、二体から同時に激しく攻め立てられる。後ろにジリジリと下がりながら受け止めてはいるものの劣勢は明らかだ。後ろに大きく跳び退くにも体勢が悪く、それで攻撃の手を緩めてくれる相手でもないだろう。  そしてついにはすくい上げるように振るわれた剣により、ハルバードを弾かれた。その隙を突き、もう一体の分身がルカのわき腹を狙って剣を振るう。  しかし、その剣は駆けつけたヴィヴィが飛び蹴りを放つことにより防がれた。顔面に蹴りを受けた分身は大きく吹っ飛んだ。  着地したところに先ほどハルバードを弾いた剣が振り下ろされる。ヴィヴィはそれを避けて胸元に飛び込むと、腕を伸ばして長身の男の喉にナイフを突き刺した。すると、ドゥドゥの姿形に変化する前の状態である糸の塊に戻ったかと思うと、あっという間にほどけてパラパラと地面に落ちていく。 「無事か!」 「ああ、まだ治療はいらない!」  声を掛け合うと二人はすれ違う。ルカは彼女を追いかけて来た敵へ、ヴィヴィは地面に背中をつけた敵へ。  そして、ヴィヴィは駆けて来た勢いそのままに起き上がろうとした男の鼻っ面へ飛び膝蹴りを打ち込んだ。筋肉質な男の体を再び倒し、ナイフを振り下ろして喉を貫きトドメを刺した。  ほぼ同時に、ハルバードが大きく振るわれる。その攻撃は敵に届かず空を切った。  だが、ルカは体を回転させて勢いをつけると、ドゥドゥの分身の肩に斧の刃を叩き込んだ。体を斜めに断ち切られ、男は糸へと還る。  最後の一人となってしまった分身は横から襲い掛かった。鋭く振り下ろされた剣であったが、ルカは一歩身を引いてかわす。そのまま流れるように今度は踏み出すと、ハルバードの穂を男の体に突き刺した。 「吹っ飛びやがれええええ!」  そう叫んで柄に付いたレバーを握り込んだ。穂先が体内で爆発し、分身の体ははじけ飛ぶ。舞い上がった肉片は糸へと変わり、地面にふわりと落ちていく。 「見事なものだ」  パチ、パチ、とまばらな拍手と声が耳に届き、息をつく間も無くハルバードをそちらに向ける。そこにはドゥドゥのそばに立つラドカーンの姿があった。 「その武器はトゥーリが作ったのか? 相変わらず器用なものだ」  問いには答えず、ルカは二人の敵を睨んだ。  そこへヴィヴィも合流する。 「今のうちに穂を変えておけ。ボクが見張っておく」  隣に並び立ちナイフを構えた。  ルカは相手から目を離さないようにしながら素早く最後の一本に取り替える。その間もドゥドゥは怪しく笑みを浮かべるだけで動く気配がない。  だが、 「――っ!」  再び四体のドゥドゥが形作られた。もちろん傷などは無く、先ほど倒した分身たちとは別物である。  一戦を交える前と同じ状況に戻ってしまい、ハルバードを握り締め解決策はないかと思考を巡らせる。  すると、ヴィヴィはルカにだけ聞こえるように言う。 「気づいたことを教えてあげよう」 「なんだ?」 「数は厄介だが、一体だけに限って見れば然程強くない。動きが単調だ」 「それは俺も感じた」 「ではもう一つ。あいつは分身を同時に四体までしか出せないのだろう。だが、倒すたびに新しく現れる。キミに渡した穂が一本無駄になったわけだ」 「……お前だって最後の鏃を無駄にしたくせに」 「こんな時でもキミは細かいなあ」 「…………」  そっちから言い出したことだろ、という言葉をぐっと飲み込んだ。彼女の言う通り〝こんな時〟なのだから。 「それで?」 「本体を倒す。それが道理だろう?」 「倒すって言ったって……、すぐに再生する奴を相手にどうするんだ?」 「はあ、それを今頃気にするとはねえ……」  呆れた、と言いたげにヴィヴィは息を吐いた。それに関してはごもっともであるので、ルカは苦い顔をするだけで口をつぐむ。 「あの日、ボクがなんとかしておくって言っただろ」 「……ああ、そういえば」  ドゥドゥに斬られた体を治療してもらい、意識を取り戻した一室での出来事が甦った。未だにあの感触を思い出せる辺り、ルカの性格が表れていると言える。 「お別れの挨拶は済みましたか?」  二人の会話が止むのを見計らってドゥドゥが口を開いた。 「待っていてくれたのか? 生憎、そんな話はしていないけどな」 「おやおや。では、私を倒す算段でしょうか? そのような無駄話であれば待つ必要はありませんでしたね」  ヴィヴィの返答に男が肩をすくめると、今度は隣の老人が杖で地面を軽く突きながら愉快そうに笑う。 「まあ良いではないか。儂としても足掻いてくれると助かる。人間だったお前たちの身体能力がどこまで変化したのか知るのにいい機会だ。小僧もおとなしく研究材料になればこいつらのようになれるかもしれんぞ?」 「誰が――!」 「ラドカーン、あなたは人が悪い。どれだけの旅人を廃棄してきたかお忘れか?」 「カッカッカ、そう責めないでくれ。儂も日々成長しているんだ」 「くっ……!」  自身を歯牙にも掛けず言葉を交わす敵に、ルカは唇を噛んだ。 「油断させておけ。その方がボクの秘策が成功しやすい」 「……わかった」  彼女の秘策がどのようなものかわからないが、いつも通りの自信あり気な声を耳にし気合を入れ直す。  そして、再び刃が交わる時が訪れた。  二人が敵に向かって一気に駆け出す。それに反応し、ドゥドゥの分身である四体の男が片腕を剣に変えて地を蹴った。両者の間は一瞬で無くなり、金属音が荒野に響く。  しかし、今度は一対二で分かれるのではなく、二対四で入り乱れての戦いとなった。ルカたちが意図したものではない。分身たちがそうなるように動いたのだ。  本体であるドゥドゥの指示によるものか、分身たちが自発的に戦法を変えたのか。  どちらにせよ、先ほどと同じ結果を得るのは難しくなった。いや、本体であるドゥドゥを倒さなければ泥沼にはまってしまうのだ。同じ結果以上のものが求められる。  そのためにはヴィヴィが抜け出して本体に向かわないといけないのだが、そうするとルカが一人で四体の分身を相手にすることになってしまう。一瞬で片を付けれるとは限らないので、そのような状況は作るのは得策ではない。 「おい! 出来損ないの分身ばかりに戦わせてないで貴様も加わったらどうだ!」 「――な、なにを言い出すんだ!」  攻撃を巧みにかわしながらヴィヴィが声を上げた。ルカの方は、ただでさえ精一杯だというのに相手を挑発する彼女に一驚する。 「前の町でどうだった? ボクに一瞬で倒されてたよなあ。このルカにだって、貴様に再生する力がなければ負けていた。つまり貴様は、威張ってるくせに大したことはないということだ!」 「ほう? そんな話は聞いておらんが、本当か?」  ラドカーンがドゥドゥに問いかけた。その筋肉質な体が震えているのが一目でわかる。  だが、震えがぴたりと止むと、ドゥドゥはやれやれと首を振った。 「安い挑発ですね。私がそんなものに乗るとでも?」 「いや? 貴様は恐れている。ボクたちに打ちのめされるとな。こんな風に――!」  直後、地面ギリギリまで身を屈めて振るわれた剣をかわす。反撃にその分身の足を払った。体勢が崩れたところをルカのハルバードでなぎ払われ顔が吹き飛んだ。 「ぬう……」  鮮やかに倒す様に、ラドカーンが唸った。雲行きが怪しくなり始め、ドゥドゥの表情から笑みが消える。 「うおおおおお!」  叫んだルカは全力で二体の分身に向かって刃を振るった。当たれば致命傷になるが、大振りなため身を引かれてかわされる。  その牽制に乗じるようにヴィヴィが追撃を掛けた。意識を逸らした二体の間に飛び込み、すれ違いざまに左側にいた分身の首をナイフで切り裂く。着地するとすぐに振り返り、右側にいた分身の攻撃避けて腹を蹴り飛ばした。それにより後ろへよろけた分身の脳天へ、ルカは刃を振り下ろす。鈍い音が響き、二体とも糸へと還った。  だが、ヴィヴィは止まらない。  身を低くし最後の一体に駆け寄る。肉薄し先に分身が剣を振るうも、容易くかわす。ただかわすのではなく、片足をすっぱりと切断したのだ。そして、体を伸ばして背後から剣に変化している腕も切り落とした。仕上げと言わんばかりに飛び上がり、バランスの崩れた分身の首にヴィヴィの長い脚を掛ける。そのままバク宙をするように体を捻ると、彼女より遥かに体格の大きい男は半回転して地面に顔面を叩きつけられた。 「ふう、どうだいご気分は?」  余裕が消えた表情をしているドゥドゥにヴィヴィが投げ掛ける。  同時に、片腕と片足を失うも起き上がろうとする分身の後頭部を足で踏みつけた。 「出来損ないの分身とはいえ、自分とソックリな奴がこんな目に合わされて悔しいだろ? だが、これは貴様の未来の姿でもあるんだぜ」  そう言うと、見せつけるように分身の頭を踏み抜いた。頭蓋骨が粉砕され、ヴィヴィの足元には糸が残る。 「クックック、やられたのう」 「……ラドカーン。ヴィヴィは殺しても?」 「ならん。しかし、儂の見立てによればちょっとのことでは死にはせんだろう」  ドゥドゥに笑みが戻る。涼やかなものではなくおぞましい表情だ。  ゾクリとルカの背に寒気が走った。 「来るぞ……!」 「望むところだ」  ついに本体が動く。そう思い武器を構えたのだが、また地面から糸が生えてドゥドゥの分身へと変化した。その数は三体。 「どうした? もう分身を作る材料が切れたのか?」  その声に男は答えない。変わらぬ表情で二人を見据えている。  すると、三度目の戦いは分身たちが先手を取った。一斉に片腕を剣に変えて向かってくる。  それらを迎え撃とうとしたところ、予測していなかった動きを見せられる。  ヴィヴィに向かってきていた一体が方向を変えたのだ。分身たちはヴィヴィを放置し、ルカに狙いを定めた。

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