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 きのこの胞子に侵された女の子を救った翌朝。  ルカとヴィヴィの二人は、ヤノシュから改めて礼の言葉を丁寧に受け取る。「一宿一飯の恩があるので返せて良かった」と、ルカは朗らかに述べた。  そして、ルトゥタイの影が差す前に二人は集落を出立する。その際に、複雑な森から抜け出すためにジュラが道案内を買って出てくれた。また迷っては適わないのでルカも是非にとこれを頼んだ。  次の町は意外と近くらしい。それでも、日が昇ってから落ち始めるぐらいまでの時間は掛かるらしいが。  三人は森の中にある木々やきのこを避けながら、人や獣が踏みしめて作ったと思われる道を進んでいく。前を歩く防護服を着た二人の手には火のついた松明が握られていた。その備えが役に立つ時間帯となる。  太陽がルトゥタイの向こう側に行ってしまい、一帯が暗闇に包まれた。松明の灯りと、仄かに発光するきのこ以外に光源はない。 「二人とも俺から離れないようにしてください。知っていると思いますけど、この森はすぐに迷ってしまいますから」 「ああ。けど、大丈夫なのか? 結構集落から離れたけど」 「大丈夫ですよ。俺も買い出しでよく行くので」  そんな会話を交わしていると、少し開けた空間に出る。足元には小さな白いきのこが花畑のように生えていた。 「ここまで来たらもう少しです。あそこにあるでかいきのこを目印に――、ん? 何かいる……」  広場の中央付近に横たわっている獣をジュラが発見する。その脱力具合から死んでいるものと思われる。 「待て、俺が確認する」  だが、ルカは警戒を緩めず、シャベルを手にゆっくりとそれに近づく。  腕を伸ばせばシャベルが届く距離まで詰めたが、獣に動く気配はない。松明の灯りで全体を照らすも、やはり死んでいるようだ。  獣は人間の大人ぐらいの大きさをしており、背中にきのこが生えていて体毛は短い。危険はないことがわかったジュラも近寄りそれを見て言うには、この辺りによくいる種類らしい。 「でも、なんでこんな真ん中に……」  ジュラが頭をひねるが答えは出ない。外傷が見当たらないので自然死したと見られるが、何故わざわざこんな開けた所を死に場所に選んだのだろうか。  しかし、然程気にすることでもない、とルカとジュラは先に進もうとした。  すると、死体に目をこらしていたヴィヴィが何かに気づく。それを口に出す前に腰後ろの鞘からナイフを抜き取って死体に突き刺した。 「お、おい、何をやっているんだ?」 「ふむ、見てくれ」  突然の奇行に驚くも、言われるがままに少年二人はナイフによって切り開かれた腹を覗く。 「なんだこれ? 肉や内臓がないぞ」  傷口に灯りを近づけたが、骨と皮しか見えない。獣の体内はからっぽであった。 「長い間ここにあったんですかね……。でも最近通った時はこんなものなかったし……」  少年二人を背に、ヴィヴィは腰を落として死体を観察する。そして、何かに気づき手を伸ばそうとしたが、 「ルカ、木の枝でも棒でも良いから取ってきてくれ」  手を引っ込めて緊迫した声でそう頼んだ。  その様子にルカは口を挟むこともできなかったので、訳のわからぬまま木が生えている方へ行く。ものの数十秒で、肩から指先までの長さと同等程度の枝を取ってきて依頼人に手渡した。  受け取ったヴィヴィは、その枝を死体の体内に突っ込んで骨を擦る。そうしてから枝を抜き取ると、その先が松明の灯りに照らされてぬらぬらと光を反射していた。 「それは……?」 「状況から推測するに……、この獣は体内から溶かされている」 「はっ? なんだよそれ……」  ルカが素っ頓狂な声を出すのも仕方がない。それほどヴィヴィの推測は常軌を逸したものだからだ。  確かに、きのこには共生する種類もあれば、生物や植物の死体を苗床にするものもたくさん存在する。しかし、仮にこの獣から生えているきのこが死体を苗床にする種であったとしても、体内だけ溶かされて骨と皮だけが残っているのは不自然である。硬い殻ならまだしも、皮は腐らせることができるはずだ。獣がこのように綺麗な形で残ることはまずない。  となると、きのこ以外の何かが獣をこのような姿に変えたと考えられる。それが生物であると推測できるが、 「この辺りの生き物は草食ばかりで肉を食らう奴は……、ましてや溶かすだなんて……」  怯えの色をにじませた声でジュラがそう言った。危険な生物がいないから人が生活できているのだ。だが、その生活が脅かされようとしていた。この大きさの獣を襲うほどなのだから、犯人もそれ相応の図体をしているだろう。 「……死んでからどれぐらい経っているかわかるか?」 「あまり乾燥していないところを見ると、一日も経っていないだろう」  その検死結果に、ルカの顔が険しくなる。 「ジュラ、町はもうすぐなのか?」 「はい、ここを真っ直ぐ行けばあと十分もしないぐらいで着きますが……」  指差された方を見遣ると、木々の間にぽっかりと空間が開いていた。暗闇が続く道があるようだ。  ルカの勘がこの状況に警鐘を鳴らす。 「ヴィヴィ、急ぐぞ。ジュラは集落に戻って皆に外へ出ないよう注意してきてくれ。グンタさんにも見回るなら複数人で行うようにって念押しを頼む」 「わ、わかりました!」  切迫した声に戸惑ったジュラであったが、急を要する事態であると理解し、来た道を走って引き返した。  一人で帰らせるのはためらわれたが、土地勘もあるジュラなら成し遂げてくれるはずだ。遠のく松明の灯りを見送りながら、ルカは無事を祈った。 「行くぞ」 「ああ、本当にキミはお人好しだねえ」 「……知ってるよ」  だからこんな所まで来てしまったんだ。ヴィヴィという元凶に関わってしまった己の性格と運命を恨むしかない。本人に悪気がないのもまた性質が悪いが、文句を言っても涼しい顔のままだろう。  しかし、今はそれに嘆いている暇はない。町の人々の身を案じるルカは急ぎ足で先に進む。  いつぞやのケレットの町の時のように、ヴィヴィは嫌な予感を抱きながら松明の灯りについて行った。

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