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 ブルゴーが動き出す前に先手を取るべく、ヴィヴィは地を蹴ろうとした。  ――その時、甲高い鳥の鳴き声が響き渡る。  三人が空を見上げると、巨大な鳥影とともに小さな影が目に入る。  その影が人の大きさとなり地面に着地した。  ゆっくりと立ち上がったのは銀色の長い髪を持つ男であった。巨大化したブルゴーの隣に立っているのでわかりにくいが、長身で体格が良い。筋肉質な上半身を外気に晒していた。冷ややかな目はルカたちを品定めしているかのようである。 「おお、ドゥドゥ……! 見てくれよ、お前のおかげでさらに進化することができた! やっぱり俺様は最高傑作なんだ……!」  嬉々とするブルゴーに対し、ドゥドゥと呼ばれた男はその声が届いていないかのように反応がない。 「あいつがドゥドゥ……」  新たに現れた敵を前にしてルカは武器を構えた。ヴィヴィも警戒の色を強める。  家屋と血溜まりだけとなった町にブルゴーの高笑いが響く。 「待っていろ、ドゥドゥ! 俺様が食事を用意してやる。バラバラになっていて食いづらいかもしれないがな! ひゃっはっはっはっは!」  ――来る。触手が無くなったことにより、前よりは戦いやすいかもしれない。だが、隠し持っている可能性もあるので油断はできない。  そのようにルカが状況を読んでいると、 「醜悪な」  今まで黙っていた男が呟いた。ブルゴーがそちらへ目を遣る。 「なんだ――、ガッ……!」  巨大な肉の塊にドゥドゥの腕が抉り込んだ。  突然の行動にルカたちは目を見開く。  そして、ブルゴーの膨れ上がった体が、今度はどんどんとしぼんでいく。 「ひ、ひや、や、やめ、やめろ! なぜだ、なぜなんだドゥドゥ――!」 「あなたは進化を誤った。私の遺伝子を取り込んでも所詮は失敗作なのですよ」  淡々とドゥドゥは告げた。その間も肉の塊は縮み、しぼり出せれたように緑色の液体がべちゃべちゃと地面に水溜まりを作っている。 「違う……、違うんだ……! 俺様は失敗作なんかじゃ――、グギャア!」  不快な断末魔の叫びとともに、ブルゴーの頭部は内部から引っ張られたように変形した。 「うっ……」  生々しい光景にルカは顔をしかめる。得体の知れない相手を前にして無闇に動くことが出来ない。  間もなくしてブルゴーの体は消え去った。地面に緑色の液体が広がっていなければ、たった今までそこに存在していたことさえわからないだろう。  ドゥドゥの下ろした腕の先が太い針のようになっていた。それが五指の手に戻っていく。 「あいつがこの町の人たちを殺したことで間違いなさそうだ」  ヴィヴィの判断は正しい。ブルゴーが死んだ跡と町の人たちが残した跡が一致している。そして、ブルゴーが言っていた。〝ドゥドゥが食べ散らかした後〟だと。 「不味い。失敗作とはいえ同族を食べるものではないですねえ。やはり、食料は胞子に侵されていない人間に限る」  誰に言うわけでもなく呟くと、ルカたちを見遣る。そうしてニヤリと不気味な笑みを浮かべた。 「帰ってきたのですね、ヴィヴィ。お互い理性を得られたようでなにより」 「――! お前、ヴィヴィを知っているのか!」  思いがけない言葉にルカが叫ぶ。ドゥドゥは隠すことでもないと流暢に答える。 「ええ、もちろん。なにしろ私の原型ですから。あなたが脱走されてラドカーンも心配していましたよ。しかし、こうして理性を得て戻ってきたのですから、結果的には良かったのかもしれませんねえ」 「……もっとハッキリ言え。ボクは何者なんだ」  ヴィヴィの問いに、男は意外そうな顔をした。しかし、それも一瞬のことですぐに涼しげな顔に戻る。 「ふむ、記憶がないのですか? 私もつい先日に理性を得たばかりでおぼろげですが……。あなたはラドカーンの助手をしていましたが、実験台となってルトゥタイを始め様々なきのこの遺伝子を埋め込まれたのですよ。そうして姿形や体質だけでなく自身の遺伝子まで変化したあなたは、本能的で理性が無くラドカーンも手を焼いたそうです。かくいう私も、お話した通り先日までは獣同然でしたけどね」  仰々しい身振りを加えられて語られるその内容は、二人にとって衝撃以外のなにものでもなかった。嘘を吐いている可能性もあるが、その線は薄そうだ。何よりヴィヴィがラドカーンの助手であったことは、ヤノシュの家で一度議論されたことである。その時は否定されたが、ドゥドゥの言葉により事実であったと裏付けされた。  二人の反応に興味を持ったのか、男はさらに続ける。 「少年、ヴィヴィをここまで連れてきて頂き、ありがとうございます。しかし、あなたは運が良かった。もし、理性がない彼女と出会っていれば、たちまちに食べられていたことでしょう。ヴィヴィ、人間の味はどうでしたか? 私は腕から、あなたは口から。摂取する方法が違いますから、感じる味も違ったりするのでしょうか? 是非とも感想を拝聴したいですねえ」  その声に嫌味たらしさはない。純粋にそう思っているのだろう。  ヴィヴィの手がわずかに震えていることにルカは気がついた。  降って湧いたかのように自身の過去を知らされ、動揺しないほど彼女の心は冷たくない。その過去も、助手だったことや実験台になったということは信じれたとしても、人間を食べていたと意味する男の言葉は到底受け入れることができないものあった。 「どうやって食べたのかも気になりますねえ。そのナイフで切り刻んだのですか? いや、本能的に噛み付いたと――」 「黙れ! ヴィヴィはお前たちのように人を襲ったりしない!」  容赦なく紡がれる声をかき消すようにルカが叫んだ。  だが、ドゥドゥは肩を軽くすくめてからそれを否定する。 「いいえ、彼女も人間を食べてきたはず。それも大勢の。私たちが理性を得るとはそういうことなのですよ。その点でもブルゴーは知能ある生命体として失敗作でした。まあ、あやつは人間に直接胞子を植え付けるとどうなるか、という研究のために生まれた者。私たちとは部類が違うとも言えますが」 「くっ――!」  あくまでも自分とヴィヴィは同類だと男は語る。その性質が述べられるが述べられるほど、ヴィヴィの戦意を喪失していく。他人に寄り添える彼女にとって耐え難い真実であった。 「さあ、ラドカーンが待っています。私と共に来なさい」 「ボクは……」  差し伸べられた手を前に、ヴィヴィの構えていたナイフが徐々に下ろされる。ドゥドゥがほくそ笑んだ――、そこへ、 「下がってろ! 俺がこいつを倒す!」 「ルカ……」  痛々しいその姿に我慢できなくなったルカは、彼女を守るように勇ましく前へ出た。敵に向けるその刃に茜色に染まりかけた空が映る。  だが、その放たれる敵意を男は鼻で笑う。 「それはどういった感情からの行動ですか? 私が気に食わない……、彼女への好意……。ふふふ、まだまだ私も成長途中なもので。適わない相手に立ち向かおうとする者の気持ちがわからないのですよ。ヴィヴィは多くの感情を得たようですが、彼女ほど人間を食らっていない私にはまだまだ」 「黙れえええええええ!」  怒りをむき出しにしてルカは駆け出した。ハルバードを後ろに下げて一気に距離を詰める。  向かってくる少年に、ドゥドゥは呆れたように呟く。 「訊ねられたので答えただけだというのに……。まあ、いいでしょう」  すると、右腕がどろりと溶け出したかと思うと、すぐに形作り片刃の剣のようになった。  ルカが頭上に振り下ろしてきた斧の刃を、ドゥドゥは難なくその腕で受け止める。金属がかち合った音が鳴り響いた。 「先ほどのゲテモノで腹が満たされてしまいましてね。私の一部となる名誉をあなたに与えれないのが心苦しい」 「誰が、そんなもの――!」  手首を返して相手のわき腹を狙う。  水平に振られたその刃を、ドゥドゥは後方へ跳び退きかわした。  そして、着地したその足で地を蹴ってルカに突進する。振るわれた剣はハルバードの柄部分で受け止められた。

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