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 次々と人格が変わる不気味な男を前に、ルカの背に冷たい汗が流れる。武器を握る手にも力が入る。  しかし、その反応とは対照的に、ヴィヴィは弓を下ろすと男を鼻で笑った。 「はっ、そのドゥドゥってのは貴様のお友達か? ラドカーンに頼るとか言っていたけど相手にされなかったんだな。可哀相に、ラドカーンにとって貴様はなにひとつ価値がないということだ」 「――がっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええええええ!」  ブルゴーが咆哮するように叫び空気を震わせる。体中から伸びた触手が暴れ狂う。  ヴィヴィは不自由な左手で鏃のない矢を取り出し、山型の鏃を装着する。その時間を稼ぐため、さらに精神的にも追い詰めるために大きく啖呵を切る。 「黙る前にもうひとつだけ付け加えておこう。貴様は自分を過大評価しているようだが、所詮は人に頼らなければ何もできない惨めな男だ。今からボクらの手によって殺されるんだから、ラドカーンも喜ぶだろうよ。泣きついてくるお邪魔虫が減るんだからな!」  この男の肉体だけでなく自尊心まで踏みにじってやらねば、犠牲になった人々が浮かばれない。どれだけ痛めつけたところでヴィヴィ自身も到底許すことはできそうにないが。 「ぐっ……! があ……! 俺様は……、ブルゴー様は……! 失敗作なんかじゃないんだああああああああああ!」  無数の触手がブルゴーを包み込んだ。そうして、コンターギオのように巨大な生物を彷彿させる姿となる。  ヴィヴィは半身に構えて弦を引き両端の滑車を回した。化け物に向ける矢の先には山型の鏃が取り付けられている。 「伏せてろ!」  その声で彼女がなにをやろうとしているのかを察したルカは、ブルゴーから背を向けて地面に飛び込んだ。次の瞬間、爆発音が人気のない町の隅々まで響き渡った。  ――爆風が止み、ルカは顔を上げる。周りにある家屋の窓ガラスは全て吹き飛んでしまっているが、ルカの家であったボロ小屋のように全壊するまでには至らなかったようだ。  立ち上がって爆発の中心地を見遣る。そして、すぐに我が目を疑う。 「き、効いてないのか……!」 「チッ」  ルカは驚愕し、ヴィヴィは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。  緑色の塊となったブルゴーは健在であった。コンターギオを跡形も残さず消し去った爆発を受けてなお触手は蠢いている。  そして、その異形の化け物が同時に二人へと襲い掛かる。触手の硬さを思い知らされたので切ることはせずに身をかわす。  絶え間なく飛んでくる攻撃を避けながらブルゴーとの距離を取り、二人は合流する。 「お、おい、どうするんだ! あんなに煽るから手が付けられなくなったぞ!」 「結局はあの姿になっていただろう。さっさと手札を出させて倒した方が良い」 「それで倒す手段は!」 「考え中だ」  会話を交わして二人は両方向に跳び退いた。触手が先ほどまでいた地面を抉る。  武器を構える間も与えてくれない触手の雨に、本体へ近づくことも矢を射ることもできない。  だが、観察することはできる。ヴィヴィは軽快な足さばきでかわしながら、相手に弱点はないかと目をこらしていた。  それから、十何撃目かを避けたところであることに気づく。 「触手を飛ばした瞬間にあの男の体が見える! そこを狙え!」 「狙うったって、近づけないぞ!」  ルカの言う通り攻撃が激しい。それでも、唯一の突破口に勝機を見出すしかない。  ブルゴーを倒すための手順を脳内で組み立てる。そして、目の前の化け物の向こうにいる化け物が目に入り、すべてのピースがはまった。 「あれに賭けるしかないか……」  未だ痺れが残る左手に不安を覚えるが、ヴィヴィは決心する。 「そのハルバードでトドメを刺せ! お膳立てはしてやるが、しばらく気を引いてくれ!」 「どうやって!」 「自分で考えろ!」  そう叫ぶとヴィヴィはブルゴーを迂回するように駆け出した。触手による攻撃を掻い潜って向こう側へ行ってしまう。 「くそっ、やってやる!」  相棒を信じ、ルカはハルバードの刃を後ろに下げて構える。 「うりゃあああああ!」  気合いとともに飛んできた触手を力いっぱい切り上げた。切断することは叶わなかったが、触手は大きく打ち上げられる。  それが気に障ったのか、ルカを襲う触手の本数が明らかに増える。姿は変わってもブルゴーの性格は変わっていないようだ。こちらも形は少し変わったが、長年の頼れる得物を手に触手を次々と打ち払っていく。  自身への攻撃が止み、ヴィヴィは目的の場所にたどり着く。そこは、化け物並みの巨体をした蜘蛛の前であった。頭を割られ息絶えたその上顎から、緑色の液体が今なお垂れ落ちている。 「こいつで……!」  感覚のない左手に弓を持ち替え、矢筒から抜き取った一本を上顎の根元に突き刺した。すぐさま引っこ抜くと鏃に緑色の液体が纏わりついていた。  自分に付着しないように注意しながら、ブルゴーを弓の射程に入れる。 「こっちだ! 役立たずのゴミ野郎!」  叫ぶと同時に右手で矢をつがえ滑車を回す。  そして、その罵倒が耳に届いたのか、触手が一気にヴィヴィを襲った。  瞬間、ほんの一点に現れたブルゴーの体を捉える。  利き手でない上に、弓は感覚がない手で引っ掛けるように持っているので、狙いを定めるのは非常に困難であった。蜘蛛との戦いでは目を外し、ルカを掴んだブルゴーの頭を射抜きたかったが、自信を持てず背中を狙ったほどだ。だというのに、比べ物にならないほど小さな的を射抜かなければならない。  しかし、ヴィヴィに迷いは存在しなかった。時間を作ってくれたルカに報いるためにも、自身の役目を果たさなくてはならない。  矢を放つ。  一直線に飛翔したそれは、寸分の狂いも無く触手と触手の隙間をすり抜け、ブルゴーの体を射抜いた。  すると、あれほど暴れ回っていた触手がぽとりぽとりと力なく落ちていく。  その本体である緑色の塊も地面に落ちると、花開くつぼみのように触手がほどけていく。そして、中心にいたブルゴーの姿が露わになった。 「が、があああああ! 何をしやがったああああああ!」  膝を地に着けて両腕をだらりと垂らす男は、追い詰められた獣のように叫んだ。 「ルカ! 今だ!」  急な出来事にルカも呆気に取られていたが、彼女の声によって我に返るとすぐさまハルバードを構えて突進する。 「うおおおおおおおお!」  自らを鼓舞する声を上げた。  力なく跪くブルゴーには一本の触手も纏わりついていない。  ハルバードの柄を握り締め、槍部分である穂先を力強く押し出した。その一撃はブルゴーの心臓を貫き、 「くらええええええええ!」  左手が柄の下部にあるレバーを握り込んだ。一拍の間も置くことなく、パーンッという大きな響く音とともにブルゴーの体がはじけ飛ぶ。  触手の切れ端が雨のように降り注ぎ、辺り一面に散らばる。その中に混じって、頭部だけとなってしまったブルゴーも地面を転がった。 「クソがあ……! なんで俺様が……!」  恨み節を口をする男に、二つの影が掛かる。 「まだ生きているのか。しぶといやつだ」 「ヴィヴィ、離れてろ。俺が叩き潰す」 「早くした方が良さそうだ。もう内臓が再生されようとしている」 「わかった。潰した後はすぐに燃やそう」  首の切断面から管が伸び、小さな肺や心臓と繋がっていた。ゆっくりとではあるが、本来の形を取り戻そうとしていることがわかる。  ルカは切っ先の無くなった穂を念のためにと新しく取り替えた。そうしてから斧の刃をブルゴーに向ける。 「ひっ……! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああ! 死にたくなあああああああい!」  自らの死期を悟った男は泣き叫んだ。だが、二人に慈悲を与える気などさらさらない。悪逆非道を重ねてきたこの男にふさわしい当然の報いである。  大きく息を吸いながらハルバードを振りかぶり狙いを定める。  そして、ルカの手に力が込められ刃が動き出そうとした。その瞬間、喚き散らしていたブルゴーが悪魔のような笑みを浮かべる。ヴィヴィにゾクリと悪寒が走った。 「危ない!」  ブルゴーが大口を開けたかと思うと、喉奥から触手が飛び出してルカに襲い掛かる。  少年の心臓を貫こうと鋭く飛んでくるそれをヴィヴィは左手を伸ばして盾にした。触手は手の平を貫通したところで止まり、その先端から鮮血が垂れ落ちる。 「――こいつ!」  ルカはハルバードを振り下ろした。だが、刃はブルゴーを捉えることなく地面を抉る。頭部の側面から伸ばした触手を使って大きく跳び退かれたからだ。 「ああ……、所詮劣等種と私のような優等種はわかり合えないということなのでしょうか……。嘆かわしい……、実に嘆かわしい!」  頭部から生えた触手で立ち上がり、また人格が変わったようにブルゴーは苦悩する。  首より下にも触手が纏わりついて、着実と再生しているようであった。 「ルカ……、完全に再生する前に……」 「ああ、わかってる!」  もう一度内部から爆破し、頭部が残っていればすぐに潰してやる。そう意気込んでルカは再びハルバードを構えた。  しかし、活力を取り戻した触手が次々と襲い掛かってくる。二人はそれらを足さばきでかわした。 「チッ、体が吹き飛んだせいで毒の効果も無くなったか」  悔しげにヴィヴィはそう分析した。  あの巨大な蜘蛛の毒を利用してブルゴーを麻痺させたが、頭部にまで毒は回らなかったようだ。侵された体から切り離されたことにより、元の動きに戻ってしまった。  防戦一方に追い込まれてしまう。  そうしている間にもブルゴーの体は再生していく。だが、様子がおかしい。 「なんだあの形は……」  異変に気づいたルカが呟いた。  男の首より下がどんどん肥大化していた。まるで風船のように膨らんでいく。 「救いを……! 赦しを……! この劣等種たちを、あが、あがが、あがああああああああ! ぶっ殺してやるうううううううううう!」  憎しみに満ちた叫び声を大気に響かせた。  そして、その体に纏わりついていた触手が内側からはじけ飛んだ。それにより巨大な体が露わになる。 「こいつは……!」  ルカの表情が歪んだ。同様にヴィヴィも不快感を示す表情に変わる。  肉の塊としか呼称できない。ぶよぶよとしたその肉の塊に、節足動物のような四本の足が付いている。とても醜くこの世のものとは思えない姿形になった男は、先ほどまでと打って変わって愉快そうに笑う。 「ひひひ、ひゃっはっはっはっはっは! 最高だあ……、最高の気分だあ……」  恍惚とするブルゴーに、ルカはたじろぐ。左手に大きな怪我を負い、弓が使えなくなったヴィヴィは選択の余地無く右手でナイフを構える。

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