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 星々が輝く夜空の下、何かの建物があったのだろうと思われる跡地に、焚き火のパチパチという音が響いていた。川から拾い上げた木も使っているので音はそのせいだろう。  揺らめく炎を挟んで、風を凌ぐ程度の機能しか備わっていないテントが組み上げられていた。川に飛ばされなかった木の板と布を集めてルカが作ったものだ。その間、ヴィヴィはあくびをしながらその作業風景を眺めていた。 「なあ、ルカ。おなかがすいたから何か作ってくれよ」 「…………」  床板の上であぐらをかいているヴィヴィが気さくにねだる。だが、もうひとつのテントで三角座りをしているルカは、防護マスクの下で仏頂面をしたまま焚き火を見つめていた。 「なあってば」 「…………」  反応はない。そのままヴィヴィも口を閉じて沈黙が流れる。  空に星がひとつ光の線を描いた。だが、二人はそれに気づくことなく、本来なら心も温めてくれるオレンジ色の光を見ているだけだ。 「えいっ」 「――あっ!」  突然、ヴィヴィは手元にあったいくつかの木の棒を焚き火の中に投げ入れた。二人の表面を温める程度の大きさしかない火では一気に燃え移ることはできず、逆に消えかかるほど小さくなってしまう。 「なにするんだよ! 消えたらまた火をおこすのが手間だろ!」 「そうかい? 割と簡単に火種を作っていたように見えたけど」  あっけからんとするヴィヴィを咎める暇もなく、ルカは慌てて放り込まれた木の棒を取り除いた。その甲斐あってか、火は大きさを取り戻しパチパチと再び音を鳴らす。  ひと安心したルカは息を吐いて元の場所に腰を下ろした。そして、非難する目つきでヴィヴィを睨む。 「もうするなよ」 「キミがつれない態度をとるからだろ。ボクは悪くない」 「…………」  呆れて物も言えないとはこういうことなのだろう、とルカは実感する。長いため息をつくと地面を見ながら諦めたように言う。 「……何か用か」 「おなかがすいた。何かくれ」  既にヴィヴィという人柄をかなり思い知らされていたので、その物言いに今更とやかく口を挟まない。ルカは本題だけを返す。 「見ての通り何もないよ。どうしても食べたいなら暗闇の中狩りに行くか、川底をさらって家にあったはずの保存食を取ってきてくれ」  それを聞いたヴィヴィは、肩をすくめてやれやれといった態度を取ってから言い返す。 「ボクはお客だ。お客をもてなすのが主人の礼儀なんだろ」  これには意気消沈していたルカも声を荒げる。 「家もないのに主人も客もあるか! そもそもの原因はすべてお前だろ!」 「またその話? 何度も言うけどボクはむしろ命の恩人だ。キミひとりであの化け物を倒せたかい?」 「うっ……。だけど、やり方っていうものがあるだろ……」  ヴィヴィの横柄な態度を怒るたびに交わされた議論に、またもやルカは敗北してしまう。そもそも、人の良いルカが我の強い女性に勝てる道理なんてものはなかった。  またルカが火だけを見つめ、互いに口をつぐんで静かな時間が流れる。かと思われたが、ヴィヴィがそれを破る。 「まあ、失ったものにいつまでも悔やんでいても仕方がない。キミもボクと一緒にルトゥタイを目指そうじゃ――」 「断わる」  目線を上げることもせず食い気味の即答であった。ヴィヴィの美しい口元がへの字に曲がる。 「なんで?」 「俺は今の生活が気に入っているんだ。どうしてわざわざ何ヶ月も歩かないと行けない場所に行かなくちゃならないんだよ」 「そんなことは決まっている。ボクがルカを気に入ったからだよ」  好意の言葉を向けられてやっとルカが目線だけを上げた。整った顔に笑顔を浮かべるヴィヴィが映る。 「……どういうところを気に入ったんだよ」  変な期待はしていないが、一応訊ねた。  その問いにヴィヴィは口元に人差し指を当てて首をひねり、うーん、と唸る。数秒ほどそれが続き、やっと答えに至ったようで再び笑顔に戻る。 「料理ができるところかな。サバイバルにも長けているようだし、すごく便利そうだ」 「ひとりで行け!」  自分を勝手の良い召使いとして同行させようとする彼女に、ルカは吐き捨てるように怒鳴った。  パチンッ、とひと際大きく木がはじける。  防護マスクの位置を直してため息をついて、また視線を落とした。  この少年はなぜこんなに怒っているのだろう、とヴィヴィは一瞬思ったが、思っただけで気にせず変わらぬ調子で訊ねる。 「じゃあキミは明日から何をして過ごすんだい? あのボロい小屋はもうないというのに」 「お前が壊した――、いや、もういい」  声を荒げそうになったが、また言い負かさせれる未来が見えたので一呼吸置いた。そして、仕方なさそうにルカは答える。 「近くの町に行って家を建てる材料と人を調達する。町まで半日は掛かるから夜が明けたらすぐに向かう」 「それはまた大掛かりなことをするんだねえ」  少年に他人事な言葉を叱責する気力はもう残っていなかった。火のそばに置いて乾かしていた木の棒をゆっくりとくべる。 「その町の方角は?」 「……なんでそんなこと聞くんだ」 「いやあ、もしかしたらと思ったんだ。教えてくれよ」 「もしかしたら、ってなんだよ」 「ルトゥタイの方角だと思ってね」  ルカはもう一本くべようとしていたが、ゆっくりとそれを地面に戻した。  膝を抱えて押し黙るも、観念したように口を開く。 「……そうだ」 「あは、ボクの勘は冴えているね」  予想が当たって嬉しいのか楽しげな笑顔を見せられた。次に続く言葉がわかりきっている今のルカの心情は諦めである。 「じゃあ、ボクもついて行くからよろしく」 「好きにしろ……」  無駄な争いを避け、彼女を背にするようにくるりと向きを変える。そのまま硬い床板の上に寝転がった。 「おや、もう寝るのかい?」 「起きてても仕方ないだろ。火の番は二時間交代だ」 「ふむ。いいよ、ボクがずっと見ておいてやる」  その言葉に引っかかりを覚え、頭を少し動かしてヴィヴィに目線を向ける。変わらず端正な顔が笑みを作っていた。 「お前は寝ないのか?」 「正確に言うと、寝なくても平気だ。まあ、目が覚めた時に代わってくれたら良い」 「……そうか」  それだけ言ってルカは顔を背ける。  防護マスクもなしに外を歩き回っていることと言い変な奴だ。  一体何者なのだろうか。訊ねれば彼女なら教えてくれるはずだが、余計な詮索をするのは憚られた。ルカ自身が過去を訊かれたくないからだ。  明日、町まで一緒に行けば、その後は関わりが無くなる。深く知る必要もない。  そう思考していると、日中に化け物と遭遇した疲れからか強い眠気がやってくる。あくびをしながら背中を眺めているヴィヴィの気配を感じながら、ルカは眠りに落ちた。

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