勇球必打!
ep100:殺人球活人球

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 多重に分身したアルセイス。  その目は冷たく鋭い――本気で僕を殺す気だ。 「そういえば武器を持ってないな」 「武器?」 「受け取りな」  アルセイスは僕にナイフを投げ渡した。  ミスリルという鉱物で作られた刃物、冒険の序盤で売られている武器の一つだ。   「これは――」 「これから殺し合いを行う」 「こ、殺し合い?」 「いくぜ!」  アルセイスは素早い動きで襲って来た。  僕はミスリルナイフを手に取るも斬撃ではなく―― 「はッ!」  僕は前蹴りを放った。だが渾身の蹴りは空かされてしまう。  残像だ……咄嗟に放った一撃は当たらなかったようだ。 「ハズレだね!」  アルセイスの声が直ぐ傍で聞こえた。  真横にいる。 「たァッ!」 「くっ!」  小刀での斬撃を僕は何とかミスリルナイフで防いだ。  アルセイスは曲芸師のように空中で回転しながら飛び退いた。 「ナイフは斬るためのものだよ?」 「……」 「斬れないか。この姿だもんね」  小刀を構えながらジワジワと間合いを詰める。  アルセイスは不敵に笑っている。 「ふふっ……本当にあんたはこの魔物が好きなんだね」 「黙れ……」 「口の利き方がなってないね!」  再びアルセイスは小刀で襲いかかってきた。  ――そこから何ターンが経過しただろうか。  攻撃するも残像であったり、カウンターを試みても素早くかわされる。  同じような攻防が延々と続く――僕は防戦一方だ。 「ハァハァ……意外と粘りやがる」  それはアルセイスも同じ。  攻撃は当たらないにしても、僅かにカスったりして当てた感触はある。  でも徹底的な攻撃を与えられないでいる。クリティカルヒットが生まれないのだ。  そもそも僕はミスリルナイフで攻撃しない。全て素手で攻撃している。 「フゥフゥ……」  僕はスキル【律動調息法】により呼吸を整えるも、これではらちが明かない。  麦田さんとの闘いで得た特技【爆砕拳】を使うか?  いや……あの攻撃は威力が高すぎる。 「あはははははっ!」 「な、何がおかしい」 「あんたはやっぱり『優しい人』なんだと思ってね」 「何が言いたい」 「攻撃に甘さがある。マリアムの顔が浮かぶんだろう?」  図星だった。  僕はこのアルセイスマリアムの姿を借りた魔物を斬れない。  ずっと素手で攻撃を行い致命傷を与えないようにしていた。  何故ならば、僕はマリアムを―― 「うぶだね」  アルセイスから笑みが消えた。見ると小刀を腰の後ろに差している。 「愛や優しさも結構だが――」 ――タタタッ! 「プロは目標を達成させるためなら『甘さを捨てないとね』!」  突進してきた!  左右に細かく動きフェイントをかけつつも、更にそこから多重の残像を生み出す。  幻惑――まるでナックルボールかのような動きだ。 ――特技【霞斬り】!  飛燕の斬撃を受けた。  僕は何とかミスリルナイフで防ぐも右脚を斬られた。  切り裂かれたのは右の大腿部、その傷口からは出血する。 「致命傷は避けたか」  どうする――やはり覚悟を決めるしかないのか。  だが、直接攻撃は素早い身のこなしや残像で避けられる可能性がある。 「足を斬った。これであんたの機動力は落ちた」  アルセイスが持つ小刀の切っ先が僕に向けられる。  僕を仕留める気だ。 ――コッ……。  何かにぶつかった。 「これは……」  僕の足元に石が転がっていることに気付いた。  石の大きさはボールと同じサイズで丁度良い。  その石を見て僕は高橋さんとの闘いを思い出した。 (そうだ風水術!) ――ブン!  高橋さんの風水術ではないが、僕は石つぶてを投げた。  握りは直球だ。その握りと投擲動作を見てアルセイスは呆れた表情だ。 「苦し紛れに石つぶてかい? 弾き返して――」 ――ククッ! 「カ、カーブ!?」  リリースする瞬間に、僕は石の握りをカーブに変えた。  高橋さんの戦闘方法を参考にした投擲術だ。 「くっ!?」  石つぶては見事アルセイスの右脚に命中。  当てられたアルセイスはニヤリとしている。 「やるじゃないか」 「君が教えてくれたカーブだ」 「ふふっ……そうだったね。ならばこれはどうだい?」  アルセイスは多重の残像を作り出した。  そして、再び小刀を腰の後ろに差した。あの飛燕の斬撃をするつもりだ。 「特技【多重抜刀霞斬り】……今度こそあんたを殺る!」  左右に細かく体を振りながら襲って来た。  多重の残像を描きながらの攻撃――機動力は先程の一撃で落ちているが逆に相手を考えさせる。  相手が悩み、攻めあぐねている隙に斬り倒すつもりだろう。 (おそらく本物はあれだ)  僕は本体を見つけ出していた。  あれだ――あれに違いない。 「ごめん!」  僕はミスリルナイフを挟んで投擲した。 「武器を投げ捨てるだなんてバカだね!」  直球の軌道で向かうミスリルナイフ。  だが、ミスリルナイフが刺さったのは残像だ。空かされスコンと地面に突き刺さる。 「何を考えてるか知らないけ……どッ!?」  僕はクイックモーションで石つぶてを投げた。  云わば投げたミスリルナイフは囮だ。 「本物は君だ!」 「ちィ!」  本体の特徴。  それは影がついていることだ。 「ストレートかカーブか……どちらでも対応してやるぜ!」  小刀で石つぶてを弾こうとするも―― ――ググッ! 「落ちた!?」  僕は石つぶてに変化をかけていた。  それはカーブではない、麦田さんの握りと投球を参考にしたフォークだ。  回転は速いストレートの軌道を描きながらストンと落ちると……。 ――ガギッ!  アルセイスの左足に直撃した。 「うぐっ!」  足に当たりうずくまった。  チャンスは今しかない! 「エアカンダス!」  僕はエアカンダスを唱えて素早さを上昇。  懐に潜り込み――僕は叫んだ! ――セイントフレア!!  聖属性の最上級魔法セイントフレアを唱えた。  聖なる白炎弾がアルセイスを消し飛ばした――  そう僕は容赦なくアルセイスを殺したのだ。  これまで何体も冒険の中で魔物を倒したが―― (何だこの不快感は……)  これまでとない不快感が僕を襲う。  何故だろうか――それは敵がアルセイス……マリアムと重なったからか。 「ふぃ……危く死ぬところだった」 「えっ!?」  傍を見るとネノさんがいた。  黒い鎖帷子はボロボロ、ところどころに傷がある。 「最終試練は合格だ」 「あ、あの……」 「倒したアルセイスは傀儡だ」  ネノさんが指差す方向にバラバラに消し飛んだ木人形があった。  焼き焦げているところからするとまさか先程のアルセイスは―― 「特技【傀儡の術】。ずっと戦っていたのは、俺が操っていた人形さ」 「に、人形って……」 「しかし、危なかった。この術は遠隔で動かすんだけど、受けるダメージは術者にも直接来るもんだから、ヘタすると俺まで死ぬところだったぜ」  ずっと戦っていたのはネノさんがアルセイス――いやマリアムに似せて作った人形だったのか。 「これで最後のレアスキルをゲットだ」  ネノさんは地面に突き刺さったミスリルナイフを拾い上げた。  横一文字に構え白く輝く刀身には、僕の顔が映り込んでいる。 「その名もレアスキル【殺人球活人球】!」 ――アランはスキル【殺人球活人球】を覚えた!  スキル【殺人球活人球】  野球における活殺自在の攻めが行えるレアスキル。  特定の条件――〝黒い意志〟と〝鬱金色の炎〟という闇の決意を胸に秘めることで発動。  容赦のない内角攻め、大差での盗塁、大量に追加点を挙げる死体蹴り……。  『野球の不文律』を破ってでも必ず勝つ! という覚悟により潜在能力を呼び起こす。  効果は全ステータスup! 「レアスキル【殺人球活人球】……」  僕の中に眠っていた新しい力が生まれた。  それはどす黒い力ではない。高潔な黒い力だ。 「これで全Lessonは終了だ」  ネノさんの言葉を聞き、僕は拳を固く握った。  そう僕は勝たなければならない。NPBの秩序を取り戻すため――  そして、元の世界へ戻り魔王イブリトスを倒すために――

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