多重に分身したアルセイス。 その目は冷たく鋭い――本気で僕を殺す気だ。 「そういえば武器を持ってないな」 「武器?」 「受け取りな」 アルセイスは僕にナイフを投げ渡した。 ミスリルという鉱物で作られた刃物、冒険の序盤で売られている武器の一つだ。 「これは――」 「これから殺し合いを行う」 「こ、殺し合い?」 「いくぜ!」 アルセイスは素早い動きで襲って来た。 僕はミスリルナイフを手に取るも斬撃ではなく―― 「はッ!」 僕は前蹴りを放った。だが渾身の蹴りは空かされてしまう。 残像だ……咄嗟に放った一撃は当たらなかったようだ。 「ハズレだね!」 アルセイスの声が直ぐ傍で聞こえた。 真横にいる。 「たァッ!」 「くっ!」 小刀での斬撃を僕は何とかミスリルナイフで防いだ。 アルセイスは曲芸師のように空中で回転しながら飛び退いた。 「ナイフは斬るためのものだよ?」 「……」 「斬れないか。この姿だもんね」 小刀を構えながらジワジワと間合いを詰める。 アルセイスは不敵に笑っている。 「ふふっ……本当にあんたはこの魔物が好きなんだね」 「黙れ……」 「口の利き方がなってないね!」 再びアルセイスは小刀で襲いかかってきた。 ――そこから何ターンが経過しただろうか。 攻撃するも残像であったり、カウンターを試みても素早くかわされる。 同じような攻防が延々と続く――僕は防戦一方だ。 「ハァハァ……意外と粘りやがる」 それはアルセイスも同じ。 攻撃は当たらないにしても、僅かにカスったりして当てた感触はある。 でも徹底的な攻撃を与えられないでいる。クリティカルヒットが生まれないのだ。 そもそも僕はミスリルナイフで攻撃しない。全て素手で攻撃している。 「フゥフゥ……」 僕はスキル【律動調息法】により呼吸を整えるも、これでは埒が明かない。 麦田さんとの闘いで得た特技【爆砕拳】を使うか? いや……あの攻撃は威力が高すぎる。 「あはははははっ!」 「な、何がおかしい」 「あんたはやっぱり『優しい人』なんだと思ってね」 「何が言いたい」 「攻撃に甘さがある。マリアムの顔が浮かぶんだろう?」 図星だった。 僕はこのアルセイスの姿を借りた魔物を斬れない。 ずっと素手で攻撃を行い致命傷を与えないようにしていた。 何故ならば、僕はマリアムを―― 「うぶだね」 アルセイスから笑みが消えた。見ると小刀を腰の後ろに差している。 「愛や優しさも結構だが――」 ――タタタッ! 「プロは目標を達成させるためなら『甘さを捨てないとね』!」 突進してきた! 左右に細かく動きフェイントをかけつつも、更にそこから多重の残像を生み出す。 幻惑――まるでナックルボールかのような動きだ。 ――特技【霞斬り】! 飛燕の斬撃を受けた。 僕は何とかミスリルナイフで防ぐも右脚を斬られた。 切り裂かれたのは右の大腿部、その傷口からは出血する。 「致命傷は避けたか」 どうする――やはり覚悟を決めるしかないのか。 だが、直接攻撃は素早い身のこなしや残像で避けられる可能性がある。 「足を斬った。これであんたの機動力は落ちた」 アルセイスが持つ小刀の切っ先が僕に向けられる。 僕を仕留める気だ。 ――コッ……。 何かにぶつかった。 「これは……」 僕の足元に石が転がっていることに気付いた。 石の大きさはボールと同じサイズで丁度良い。 その石を見て僕は高橋さんとの闘いを思い出した。 (そうだ風水術!) ――ブン! 高橋さんの風水術ではないが、僕は石つぶてを投げた。 握りは直球だ。その握りと投擲動作を見てアルセイスは呆れた表情だ。 「苦し紛れに石つぶてかい? 弾き返して――」 ――ククッ! 「カ、カーブ!?」 リリースする瞬間に、僕は石の握りをカーブに変えた。 高橋さんの戦闘方法を参考にした投擲術だ。 「くっ!?」 石つぶては見事アルセイスの右脚に命中。 当てられたアルセイスはニヤリとしている。 「やるじゃないか」 「君が教えてくれたカーブだ」 「ふふっ……そうだったね。ならばこれはどうだい?」 アルセイスは多重の残像を作り出した。 そして、再び小刀を腰の後ろに差した。あの飛燕の斬撃をするつもりだ。 「特技【多重抜刀霞斬り】……今度こそあんたを殺る!」 左右に細かく体を振りながら襲って来た。 多重の残像を描きながらの攻撃――機動力は先程の一撃で落ちているが逆に相手を考えさせる。 相手が悩み、攻めあぐねている隙に斬り倒すつもりだろう。 (おそらく本物はあれだ) 僕は本体を見つけ出していた。 あれだ――あれに違いない。 「ごめん!」 僕はミスリルナイフを挟んで投擲した。 「武器を投げ捨てるだなんてバカだね!」 直球の軌道で向かうミスリルナイフ。 だが、ミスリルナイフが刺さったのは残像だ。空かされスコンと地面に突き刺さる。 「何を考えてるか知らないけ……どッ!?」 僕はクイックモーションで石つぶてを投げた。 云わば投げたミスリルナイフは囮だ。 「本物は君だ!」 「ちィ!」 本体の特徴。 それは影がついていることだ。 「ストレートかカーブか……どちらでも対応してやるぜ!」 小刀で石つぶてを弾こうとするも―― ――ググッ! 「落ちた!?」 僕は石つぶてに変化をかけていた。 それはカーブではない、麦田さんの握りと投球を参考にしたフォークだ。 回転は速いストレートの軌道を描きながらストンと落ちると……。 ――ガギッ! アルセイスの左足に直撃した。 「うぐっ!」 足に当たり蹲った。 チャンスは今しかない! 「エアカンダス!」 僕はエアカンダスを唱えて素早さを上昇。 懐に潜り込み――僕は叫んだ! ――セイントフレア!! 聖属性の最上級魔法セイントフレアを唱えた。 聖なる白炎弾がアルセイスを消し飛ばした―― そう僕は容赦なくアルセイスを殺したのだ。 これまで何体も冒険の中で魔物を倒したが―― (何だこの不快感は……) これまでとない不快感が僕を襲う。 何故だろうか――それは敵がアルセイス……マリアムと重なったからか。 「ふぃ……危く死ぬところだった」 「えっ!?」 傍を見るとネノさんがいた。 黒い鎖帷子はボロボロ、ところどころに傷がある。 「最終試練は合格だ」 「あ、あの……」 「倒したアルセイスは傀儡だ」 ネノさんが指差す方向にバラバラに消し飛んだ木人形があった。 焼き焦げているところからするとまさか先程のアルセイスは―― 「特技【傀儡の術】。ずっと戦っていたのは、俺が操っていた人形さ」 「に、人形って……」 「しかし、危なかった。この術は遠隔で動かすんだけど、受けるダメージは術者にも直接来るもんだから、ヘタすると俺まで死ぬところだったぜ」 ずっと戦っていたのはネノさんがアルセイス――いやマリアムに似せて作った人形だったのか。 「これで最後のレアスキルをゲットだ」 ネノさんは地面に突き刺さったミスリルナイフを拾い上げた。 横一文字に構え白く輝く刀身には、僕の顔が映り込んでいる。 「その名もレアスキル【殺人球活人球】!」 ――アランはスキル【殺人球活人球】を覚えた! スキル【殺人球活人球】 野球における活殺自在の攻めが行えるレアスキル。 特定の条件――〝黒い意志〟と〝鬱金色の炎〟という闇の決意を胸に秘めることで発動。 容赦のない内角攻め、大差での盗塁、大量に追加点を挙げる死体蹴り……。 『野球の不文律』を破ってでも必ず勝つ! という覚悟により潜在能力を呼び起こす。 効果は全ステータスup! 「レアスキル【殺人球活人球】……」 僕の中に眠っていた新しい力が生まれた。 それはどす黒い力ではない。高潔な黒い力だ。 「これで全Lessonは終了だ」 ネノさんの言葉を聞き、僕は拳を固く握った。 そう僕は勝たなければならない。NPBの秩序を取り戻すため―― そして、元の世界へ戻り魔王イブリトスを倒すために――
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