勇球必打!
ep32:遊び人

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「ナイスプレーよ判官」 「ノホホホ! あの矢のような返球には驚かされたでおじゃるがな」 「……」 「弁天、何を黙っておじゃるか。【鬼神斬り】は不発に終わったが、芯に当てれば逆方向でもホームランぞよ。与えられた力は誠にいと凄しよのォ。お主のような投手でも野手並みの打撃力を――」 「……」 「さっきからどうしたでおじゃるか」 「拙僧の手が痺れているのだ。あの小僧の投げる球、まるで鉄球のような重さが――」  ベンチ前でオニキア達が何やら話しているが――  次は4番DHのギルノルドに打順が回る。  事前情報では調整等の理由で開幕に出遅れたが、今季初シーズンの打席となる新外国人とのこと。  フェイスガードが取り付けられた独特のヘルメットを被っている。 『一点を先制しましたバイソンズ。次は期待の新外国人ギルノルドであります』  湊は大丈夫だろうか。  1球……2球……3球と全てボールゾーンであるが。 「バッターアウト!」 『空振り三振! 全てボール球に手を出しましたッ!』 「あの新外国人ダメだな」 「ハズレ引かされたでホンマ」  どうやら大型扇風機のようだ。  ギルノルドはボール球を強引に手を出して三球三振。  一点先制されたとはいえ、これでスリーアウトチェンジ。  次の1回裏はホームであるメガデインズの攻撃であるが―― (魔力マナを確かに込めていた)  ベンチに戻る途中、僕は国定を横目で見る。 「アランくん」  国定はその視線に気付いたようだ。  味方といえども、魔法を込めた送球を投げたのだ。  ワーウルフの一件もあり、この国定という男も魔物かもしれないと僕は警戒した。 「見えたでしょう?」 「ああ……確かに見えたよ」 「流石は勇者様」  その言葉を聞いて、僕は自然と肩に力が入る。  国定はその姿を見て笑いながら言った。 「ハハッ……私は味方ですよ」  味方ね、そうは言っても油断ならないのは変わらない。  僕の表情が強張るのが自分自身でも分かる。 「単刀直入に言おう……魔物か?」  小声で尋ねた。 「人間ですよ」  国定はそう述べるとベンチの隅に座り、スパイクの紐を締め直していた。  一方僕は国定とはなるべく離れた位置に座ることにした。  あんなものを見せられては警戒するなというのが無理な話だ。 「まだ一点、 勝負はこれからだ」  ベンチに声が響いた、赤田さんの野太い声だ。  赤田さんは日暮里さんの休養に伴い、二軍から昇格している。 「ボール球には手を出すなよ!」  オニキアの最速は142キロ。  持ち球はカット、カーブ、スライダー、シンカー、フォークと多彩だ。  ミーティングでボール球には手を出さないように言われている。  さて、1番はショートの安孫子さんであるが……。 「待ちな、それは俺のバットだぜ」 「これは失礼」 「頼むぜ、大事な商売道具なんだからよ」  国定がベンチ内に設置しているバットケースからバットを抜き出すも、自分のバットと安孫子さんのバットを間違えて出したようだ。  安孫子さんはやれやれといった顔で打席へと向かう。 「久々の一番ってのに調子が狂うぜ」  安孫子さんは北海道カムイ時代から〝殺し屋ジョー〟の愛称で知られている。  ちょっと強面だが守備範囲が広く、ここぞという場面で打つところからそう呼ばれているらしい。  何故、実力者の安孫子さんがメガデインズに金銭トレードで移籍したかというと、前に元山が言っていた炎原監督の『さわやかガッツ路線』の煽りを受けてのことだ。  それまでの北海道カムイは『北海の暴れん坊』と呼ばれるくらい血の気の荒い選手が多かったが、チームイメージを変えたい球団と炎原監督がそういった選手をトレードあるいは解雇していった。  今では、イケメン選手やアマチュアのスター選手を中心にチーム作りをしている。 『一番は殺し屋ジョー! 安孫子譲が入ります!!』  安孫子さんは右打席で構えに入る。バットを寝かせた教科書通りの構えだ。 『ピッチャーはオニキア! 我々、野球ファンは彼女をただの客寄せパンダと思っていましたが意外や意外!開幕してから既に2勝! その実力は本物と呼べる働きぶりです!』  そして、京鉄の先発はオニキア――。  彼女は開幕と違い無表情、ポーカーフェイスといえる。 ――ビュッ!  左のサイドハンドからボールが投げ込まれる。  1球目はカットボールが外れボール。 「へっ……初球は振らねえぜ」  初球は見逃し、これが安孫子さんの流儀である。  相手に1球でも多く投げさせることと、続くバッターに球筋を読ませるためだ。  2球目はカーブが外角に外れ、3球目はストレートが高めに入りストライク。  これでツーストライク、ワンボールだ。 (次でトドメ!)  オニキアが次に投げたのは、指先に風の魔力マナを込めたフォーク。  ストライクゾーンからボールゾーンに落とす三振を狙った球だ。 ――カツーン! 「えっ!?」  安孫子さんがバットを振ると弾丸ライナーを放った。  方向は三遊間から、ややショートよりの打球。抜ければヒットは間違いない。 「そうはさせぬ!!」 ――特技【跳躍】! 『判官、スーパープレー! 好守によりアウトをとりました!』  惜しい、判官がネコ科動物のような身体能力でジャンピングキャッチ。  安孫子さんは舌打ちしながらベンチに戻って来た。 「ちっ……球は捉えたと思ったのによ」  まだ2球しか投じていないが、オニキアの調子がよくないように見えた。  開幕戦では、指先に魔力マナを込めたボールはスピンが加わりキレがあった。  僕の目にはスピンが前回よりも少なく見える。  彼女の魔力マナは体調に左右されないはず。それが異世界から来た者の強みだ。 『2番 ライト 国定 背番号98』  そして、いよいよ国定の打順だ。 『バッターは今期加入の国定造酒選手。手元にある資料によると年齢は27歳、6年前にメガデインズを自由契約。その後の球歴はわかっていませんが、天堂オーナー自らが開幕して数日後に獲得した選手とのことです』  国定はバットを水平にして、胸前に掲げ左打席へと入る。  独特のルーティンだ。  対してオニキアはずっとボールを見つめていた。 (私の魔法は完璧のはず) 「この元山という男、オニキアにキャプテーションをかけられている……」 「キャプ?」 「審判さん、独り言ですよ」  国定はスッと構えた。  バットを垂直に立てた力感のないフォーム。  河合さんはその姿を見て感心していた。 「アラン、ありゃいい型だ」  構えは自然体。剣も同じ、力が入っていては次の動作にスムーズに入れない。  僕も感心して『98』という背番号をじっと見ると……。 ――カツーン!  雷鳴のような音が球場に鳴り響いた。  国定はオニキアの直球をスタンドに叩き込んでいたのだ。 「バカな!?」 「闇の術法に手を出すからだ」 「な、何者だ」 「ただの遊び人さ」  確かに言った『闇の術法』と――

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