――フゥ……ハッハッ…… 兎角さんと洞窟内を何百周も走る。 まるでダンジョン内で経験値稼ぎや宝箱を探索するようだ。 あるいは迷ってしまったというか。 いや……それはもちろんここは洞窟内のダンジョンなんだが。 ――フゥ……ハッハッ…… そして、呼吸はリズムという意味がようやく理解出来た。 走っている最中も、話している最中も、全てバランスのある良いリズムだ。 終始、兎角さんは一定のリズムを刻みながら呼吸していた。 「イイ感じにリズムが整ってきたなァ」 「はい」 最初は呼吸の形をマネだけで上手くいかなかった。 何度も失敗しては倒れ、考えうることを様々に試していくうちに少しづつものにしていった。 そして、ようやく形から型へとなり呼吸のリズムをものにしていったのだ。 「経験を積み習得できるのは、異世界の住人の特権だわな」 兎角さんは汗を拭いながら言った。 「漫画とかでよ、呼吸の重要性を説いているが――それは何も珍しいことじゃねェ。古くは武術家やヨガ行者が心得ていたことだ 。そういった自然の力の使い方を多くの人間が忘れちまっただけだ」 ――フゥ……フゥハッ…… 息が乱れてきた。 「なあアラン、お前覚えているか?」 「何がですか」 「魔物を倒した時だよ」 ――ハッ……ハッフゥ…… それは僕ではない。 一緒に走る兎角さんの呼吸が乱れて来たのだ。 「兎角さん……」 「多くのビギナー冒険者達に、経験値とゴールド稼ぎ目的に仲間が殺されていった」 ――ゼェ……ゼェ…… お互いの足が止まり、息を乱して項垂れた。 それは僕ではなく兎角さんだ。 「こうやって久方ぶりにダンジョンに入るとな……ふと転生前のことを思い出しちまってな」 「僕はどこかで――貴方の仲間を殺してしまったのかもしれません」 「弱肉強食は自然界の掟だ。それに人間にも良いヤツと悪いヤツがいることくらいは理解している」 そう述べると兎角さんは地面に座り込んだ。 ――シュバッ! 兎角さんはポケットから煙草を取り出すと火をつける。 スパスパと吸い始め、紫煙を燻らせた。 「俺はデッドラビットという魔物でありながら、仲間モンスターだったこともあるからなァ」 「仲間モンスター?」 「あるパーティの魔獣使いに飼われていたんだよ」 魔獣使いとは僕達の世界にある職業の一つだ。 本来であれば相容れぬ存在である魔物の邪心を払い、倒すことで味方に出来る特殊職業だ。 「その魔獣使いはお人好しなところがあってな。むやみやたらに魔物を殺そうとする仲間にいつも注意してた」 「その人は?」 「魔物に殺されちまったよ」 煙草の呼出煙が漂う中、兎角さんは僕をチラリと見る。 「仲間になろうとする素振りを見せた隙を突かれてな」 虚空を見上げるその姿は何だか悲しそうだった。 薄っすらと涙を流しているようにも見えた。 「いい人間だった……その影響か、俺は心のどっかで『人間になりたい』とかいう、どっかのスライムみたいな夢を持っちまった」 兎角さんは紫煙と共に、昔の良い思い出に耽っているように見えた。 「まっ……俺もその時に殺されて、神の悪戯で人間に転生させられたがな。野球という遊戯に参加するために……」 「オディリスですか?」 「そうだ、与えられたクエストは『メガデインズでタイトルホルダーになる』という比較的優しいイベントだ。クリアした褒美は『その魔獣使いを蘇生する』という約束でな」 「なんて神だ! 兎角さんの気持ちに付け込んで――」 「俺は逆だね、オディリスには感謝している。夢だった人間にさせてもらっただけでなく、俺の想い人を蘇らせてもらえるチャンスもくれたからな」 オシャレな携帯灰皿を取り出すと、煙草の先をジャリジャリと潰し始めた。 「そもそも、クエスト失敗の原因は俺にある」 「どういうことですか?」 「こいつの味を知ってしまったからよ」 兎角さんは煙草を見せた。 「不摂生な生活は体を蝕む、俺はプロ野球選手として大成出来ずに引退した。ただ有難いことに、こうして打撃投手として雇ってくれたがね」 「それだけの体力があってですか?」 「肝心要の集中力がなかった。勝負所で打たれて一軍と二軍を行ったり来たりさ」 その言葉と同時に洞窟の壁面が扉のように開いた。 僕が突然のことに驚いていると兎角さんがニヤリとしながら言った。 「最初の試練突破オメデトウ、スキル【律動調息法】の習得だ。その呼吸のリズムとテンポを忘れるな」 「はい!」 ――アランはスキル【律動調息法】を覚えた! スキル【律動調息法】 正しい呼吸のリズムにより力を解放できるレアスキルの一つ。 効果はスタミナの回復が非常に早くすることが可能。 また直球や変化球などを発動させる際に、スタミナ消費量を50%軽減させる効果を持つ。 ☆★☆ 試合の方だが、カウントは2ストライク1ボール。 勝負球を投じなければならない。狙いは低めのアウトローだ。 僕は呼吸を整えリズムよく投げる。 ――ブン! (これしきの直球など!) 糸を引いたようなストレートをゼルマは打った。 (お、重い!?) ――カツ…… 乾いた音がするも、振り遅れ気味のスイング。 逆方向であるサード前に転がり、森中さんは余裕で捌くと一塁へ送球。 「アウト!」 「ちっ……」 僕は先頭打者のゼルマをサードゴロに打ち取った。 一塁側ベンチでは田中やアルストファーが驚いた表情をしている。 「肩や肘はパンパンのハズなのに球のキレが全く落ちていねェ……」 「アラン、アラン、雨、アランという具合に連投したというのに、何故ヤツは平然と何事もなく投げ続けていられるのだ」 続いて、カイザートロルのレスナーと鳥人間のフレスコムが吠えていた。 「回復アイテムの使用や呪文でも唱えて、毎試合ベストコンディションを整えさせたか!?」 「これでは、鐘刃四天王の当て馬としての意味がないじゃねーか!」 どうやらBGBGsとしては勝手が違うようだ。 確かに疲労感はあるが、僕には試練を乗り越えて得たレアスキルがある。 「うろたえるな」 静かで冷たいながらも威厳ある声がした。 三塁ベンチのど真ん中に座る鐘刃だ。 「ザコチームを何度もぶつけたところでザコはザコ。多少の疲労感を与えたとはいえ、個の極致の前では草野球チームに等しい存在だったというわけだ。その証拠に鐘刃四天王は『全試合0コマ死』であった」 観客の魔物達は感嘆の声を漏らす。 「そういや、ダークボールマガジンのコラムにも載ってたぜ! 鐘刃四天王はお遊びで作ったチームだって!!」 「鐘刃サタンスカルズが2Aなら、鐘刃四天王は3Aってことか」 「鐘刃様を信じるのだ!」 まるで「なんという冷静で的確な判断力なんだ!!」と言わんばかりの表情だ。 鐘刃といえば表情を変えず、複雑なサインを出している。 「へっ! 俺をさっきのチビと一緒にするなよ」 次のバッターは裏切り武闘家……つまりはデホである。
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