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 オニキアと出会った数日後、僕はクエスト通商の二階で旅支度をしていた。  いよいよメガデインズのキャンプというものが始まるのだ。 「これでよし」  準備は出来た。  これからどんな冒険が待ち受けているのか。  右も左も分からない世界、オニキアとの不穏な再会。  これまでとない不安や恐怖感がある。  しかし、僕は逃げるわけにはいかない。  元の世界で僕を待っている人達がいるんだ。  僕がいない間にも魔王軍が人々を―――そう思うと僕の心は熱くなった。 「序盤もいよいよ終了だね。これからが本格的な冒険の始まりだ」  部屋にオディリスが入ってきた。  相変わらず派手な花柄のシャツだ。 「神の無茶ぶりを恨んでいるかい?」  何だか申し訳なさそうな顔をしている。  オディリス自身も過酷な試練を与えたと思っているのかもしれない。 「いいえ」  僕は端的に答えた。  するとオディリスはニコリと微笑んだ。 「いい答えだ。迷いはなさそうだね」 ――パチン!  オディリスが指を鳴らした。  なんと木製のバットとブロンドカラーのグラブが出て来た。 「世界樹で作ったバットと、セイントドラゴンの鱗から作った特注グラブだ」 「これを僕に?」 「うん。私はケチンボな城の王様と違い、冒険前はキチンと装備品を与えるのさ」  おどけながらも目は真剣だ。  オディリスも何か胸騒ぎがしているのだろう。 「君の仲間がこの世界に来ていることが気になる。この世界に別の誰かが介入しているのは間違いない」 「それは誰ですか」 「分からないな」 「まさか魔王イブリトス?」 「あいつに異世界へと移れる術法はないはずだ」 「そうですか……」  お互いに考えるも答えは出ない。  僕は渡されたバットとグラブを装備するとオディリスに言った。 「でも待てよ」 「どうかしたんですか」 「いや何でもない」  オディリスは何か言いたげだった。少し気になるも僕は出発する。  これから何が僕を待ち受けているのだろうか。  それにしても―― (マリアム?)  出発の日だというのにマリアムの姿が見えない。  どこへ行ったのだろうか、まだ寝ているのか。  少し寂しさを感じながら僕はクエスト通商を後にした。 「勇者アランに幸運を――」  オディリスは手を振って見送ってくれている。  僕はこのクエストを必ずクリアしてやる! ☆★☆  晴天の青空、僕は宮崎というエリアに来ている。  ここはメガデインズのキャンプ地。  僕は二軍というパーティに配属されている。 「全員集まったな、私が今年から二軍監督に就任した西木育雄だ」  ここのリーダーは西木さんだ。  何でも西木さんは昨年まで、オライオンズで選手にスキルを教えていたらしい。  だが、オライオンズのギルド長と揉めて追放。そこを天堂オーナーに拾われたとの話だ。 「早く一軍へと昇格し、活躍出来るようになってもらいたい」  西木さんが発破をかけるも覇気がない。  若手以外は何だかやる気があるように見えなかった。 「暗い雰囲気だぜ全く」 「灰色のチームと言われてたけどここまでとは」  同期の河合さんと黒野は、その光景を見て複雑な表情だ。 「でも俺はやるぜ、ここなら支配下登録してもらえるチャンスはある」  黒野は直ぐに気持ちを切り替えたようだ。  ギラギラと野心を持っているのだろう。彼も僕と同じ育成選手だ。  そんな黒野を河合は冷めた目で見ている。 「まっ……頑張れよ」  何故冷めた目で見ているんだろうか。  僕がそう不思議に思っていると……。 ――トントン……  僕が河合さん達のやり取りを横目で見ていた時に肩を叩かれた。 「お前外国人か」 「あなたは?」 「紅藤田べにふじただ。てか、日本語上手すぎるだろ」  やる気のなさそうな男だった。見たところベテランっぽい。  実力はありそうだが冴えない印象だ。 「背番号『006』……育成か。どうせ独立リーグの格安助っ人なんだろうけどよ、夏頃に帰国しねぇようにせいぜい頑張るんだな。ケケケッ!」  紅藤田はケタケタと笑っている。 「練習が終わったら何する?」 「飲みに出かけようぜ」  西木さんがまだ話しているのに、数名の男達はヒソヒソとお喋りをしている。  見たところ殆どが中堅からベテランの選手だ。 (何なんだここは……)  言い表すなら――灰色。  このパーティ全体によどんだ空気が流れている。  僕が元の世界で冒険していた頃、魔王軍の策略で毒ガスが湧き、廃墟と化した鉱山町のことを思い出した。  人々に夢や希望はなく、あるのは諦め――絶望――自虐のみ。  僕はとんでもないチームに来たのかもしれない。 「よーし……それではこれから早速全体練習だ」  西木さんもその空気を感じ取っているだろう。  それにも関わらず、灰色の選手達に臆することなく言った。 「まずは諸君らにキャッチボールのやり方を教える。その後は素振りとランニングで一日は終了だ」 ――ザワザワ……  パーティがざわつき始めた。  何が問題なんだろう、普通の練習だと思うのだが。 「キャッチボールって俺達はプロ野球選手ですよ」 「基礎練習ばっかりじゃねーか」  何人かの選手から野次と不満が聞こえる。  西木さんの回りのコーチという人達は困った顔をしていた。  目をキラリと西木さんが光らせると一人の選手を指差した。  焦げ茶色のメガネに口ヒゲで一際目立つ男だ。  体格はドワーフのように小柄だが、ガッチリとしている。 「そこのお前。プロ何年目だ?」 「5年目だけど」 「一軍の成績は?」 「うっ……」 「自慢げに言えんところを見ると、無駄メシを喰っていただけのようだな」 「な、何を! 俺だってチャンスさえ貰えれば!」 「チャンスだと? そのチャンスも今まで何度かあっただろ」 「そ、それは……」  西木さんのその言葉に男は歯軋りしていた。  図星だったのだろう、下を俯いたままだ。 ――コン!  白樫のバットで地面を勢いよく叩いた。  そして、西木さんは僕達を見て叫んだ。 「諸君らの弱点は技術的なものではない! まずは体力! 体力無くして技術は身につかん!!」  次に片手に持つバットを僕達に向けた。  気迫がバットの先端から飛び出そうな勢いだ。 「高度な技術が身につけば、自ずと試合で結果が出る!!」  説得力のある言葉だ、西木さんの情熱を感じる。  皆の心を奮い立たせる言葉だ。 「これより春季キャンプを開始する!」  いよいよキャンプが本格的に始まる。  職業クラスプロ野球選手としての第一歩目だ。

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