勇球必打!
ep79:イフリガの刻印

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 ムラマサバットで僕と同じ〝霞の構え〟を取る鐘刃。  バットの先端から妖気を放ちながらヤツは言った。 「貴様は〝霞の構え〟と呼んでいるそうだな――私の場合はこの構えフォームを〝瘴気の構え〟と呼んでいる」 「瘴気の構え……」 「異世界の住人であったお前なら、このバットから放たれる妖気を肌で感じておろう。さァ投げろ! ストレートでもチェンジアップでも――ご自慢のクサナギシュートでもォッ!!」  口調は荒ぶっているものの、それに相反する形、鐘刃は静かに構えている。  その雰囲気はまさに強打者――投手としても打者としても超一流ということか。 ――ジャーン♪ ジャーン♪ ジャラララッ♪  僕が投球フォームに入ろうとした時だ。  ライトスタンドにいる魔物の軍勢から楽器音が鳴り響いた。 「闘魂込めて応援するたい!」 「ウオオオッ!」 「頼むぜェ! ヨハネの旦那ァ!」 「まかせんしゃい!」  ゴブリンやオークがトランペットやドラムを持っている。  その中央には赤いローブに、黒い魔法帽を被った妖魔がいた。 「気合入れて応援たいィ!」  懸命に腕を振り、笛を吹きながら団員達を指揮している。 「応援団〝魔龍狂騒會まりゅうきょうそうかい〟の団長……ヨハネ岡! 種族は妖魔アイレンだ」 「応援団長だと……1回の表の時は姿が見えなかったぞ」 「私の公式戦初打席から、彼が作曲せし応援歌を演奏すると決めていたのでな」 「作曲!?」 「フフッ……ヨハネは貴様が倒したパウロの従兄いとこだ。彼は魔曲を使用出来ないが、魔界楽器の名手で各道具アイテムを的確な場面とタイミングで使用してくるぞ」  パウロ――ブッフ親衛隊で魔曲を演奏して僕に呪いをかけたアイレンか。  鐘刃の言葉通りなら、魔物達が持つ楽器は攻撃力を上昇させる闘争のドラムなどに違いない。  特殊効果が発動する道具アイテムを使用してくるのは厄介だ。 ――チャラララ♪ チャラララ♪  魔物の群れは闘争のドラムを打ち鳴らした!  BGBGsの打撃力が向上した! ――ズチャチャ♪ ズチャチャ♪  魔物の群れは雷獣のトランペットを吹き鳴らした!  BGBGsの素早さが向上した! ――オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! Let’s go 鐘刃様!  魔物の群れはおたけびを上げた!  メガデインズにはきかなかった。 ――みなぎる闘志を奮い立て!  魔物の群れはおたけびを上げた!  MegaGirlsと天堂オーナーは……。 「と、統率された応援歌や」  マリアムにはきかなかった。 「ハッキリと歌詞が聞き取れる……」  アサミにはきかなかった。 「応援団のダンスも統率がとれているわ」  美桜にはきかなかった。 「体に音と声が響きますゥ」  穂乃果にはきかなかった。 「ひ、ひイイイィィィ!」  天堂は驚きすくみあがった。 ――お前が打たなきゃ誰が打つ!  魔物の群れはあやしいおどりを踊った!  国定にはきかなかった。 「あやしいおどりか……私のMP魔力を削る作戦か」  何という歌と楽曲だろう。  統率された歌と楽曲で自軍の能力を向上させ、相手の状態異常を引き起こそうとしている。  魔曲は使用していないが、これはこれで面倒だ。 「アラン! 相手のペースに引き込まれたアカンで!」  ドカがミットをしっかりと構え声を出した。  その通りだ。相手応援団の声と音に惑わされてはいけない。  僕はしっかりと集中し、投球モーションに入ろうとした時だ。 「タイム!」  鐘刃は突然タイムをかけた。  打席を外すとライトスタンドを見ていた。 「お前は不適切なフレーズだ!」 ――イフリガ!  鐘刃は右手から火球を飛ばした。  あれは――火属性最上級魔法『イフリガ』だ!  僕は魔王イブリトスとの最終決戦ラストバトルでのトラウマが蘇る。 「くゥ!」  巨大な火球が僕を横切った。  そう――あの時と一緒だ。  向けられた先はデホやブルクレスではないのは当然であるが……。 「あ、あれは!?」 「イ、イフリガ!」  彼らもトラウマになっているのだろうか。  顔が恐怖で歪み、体がすくんでいるように見えた。  人によれば、ただの火属性の魔法でそこまで恐怖する必要はないと思うのかもしれない。  ただのイフリガだ……でも、たかがイフリガされど、イフリガ。  僕にとっては信頼していた仲間の裏切り――デホやブルクレスにとっては、絶望と恐怖を思い出させる曰く付きの魔法だ。 「ウギャ――ッ!?」 「ぴぎゃあッ!!」  応援団の一部魔物達が紅蓮の炎に包まれた。  あの時のデホとブルクレスと同じく魔物達は炭屑と化した……。 「か、鐘刃様! 何をするたい!!」  応援団の指揮するヨハネがメガホンを取り出して尋ねた。  彼らは味方だ。それが何故、鐘刃はこのような暴挙を行ったのだろうか。 「応援歌の歌詞だ! この絶対支配者である鐘刃に『お前』とは何事か! 死んだパウロはそんな教育上よろしくないフレーズは使わなかった!!」 「は、はわァ……」 「今すぐ応援歌を訂正しろ! さもなくば次に消しカスになるのはヨハネ! 貴様だと知れィ!!」 「は、ははァ!」  ヨハネというアイレンは平伏していいた。  土下座に近いポーズをライトスタンドで行っている。 「さて……仕切り直しであるが」  鐘刃は再び打席で構える。  僕はそれに応じてセットポジションを取ろうとしたが……。 (えっ……!?)  体が動かない!  何故だ――何故体が動かないんだ!? 「おや?」  鐘刃が不思議そうな顔で僕を見ている。  おかしい、腕も動かないし足も上がらない。 「ど、どないしたんや」 「ボーイ?」  ドカやスペンシーさんが不思議な顔で僕を見つめている。 「おーい! どうしたんだ!」 「さっさとセットポジションを取れよ」  鳥羽さんや森中さんが声を出すも反応できない。 「大丈夫か?」  安孫子さんが心配してか僕に声をかけた。  しかし、僕は答えられず―― ――カタカタ…… 「ア、アラン……」  勇者……いやプロ野球選手にあるまじき震えが起こっていた。 (ま、まさか!?)  先程の鐘刃が唱えたイフリガが原因か!? (そんな……あのイフリガで……)  死に追いやったブラッドサンダーよりトラウマだったのか。 (そうか!)  仲間の死――勇者としての挫折――絶望と恐怖――そして敗北と死ゲームオーバー。  思えばあのイフリガから始まったのだ。  順調過ぎた冒険での初めての失敗は、僕にとって最大級のトラウマとして残されていたのだ。 (僕は恐怖を解消していなかったのか!?)  でも、今はそんなことを言っている時ではない。  これは最終決戦ラストバトルなのだ! (動け!)  僕は懸命に動こうとするも動けないでいた。  こんな時に、何で体を動かすことが出来ないんだ! 「タイム!」  ただならぬ異変からか、ベンチから西木さんが現れた。  そして、僕の顔をしっかりと見据える。 「どうしたんだ、しっかりせんか!」  語り口は厳しい。  僕も動きたい……動きたいのであるが……。 ――カタカタ……  どうしても体の震えは止まらず、動かなかった。

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