勇球必打!
ep70:スクイズ

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「GUAAAAA! よくも私の頭を――華麗で頭脳明晰で高貴な頭をッ!!」  バットで頭を強打されたアルストファー。  キャッチャーボックスで悶えながら呪いの言葉を吐いている。 「人間め! 全員皆殺しだ! そして、ゴブリンやオークのエサにしてやる!!」 「さっきまでのお上品な態度は演技だったのかい。ちょっとバットが当たったくらいでピーピーわめくなよ」 「特に貴様は許さん……許さんぞ……GRUUUUU!!」  立ち上がったアルストファーは牙を剥き出しにしている。  ヴァンパイアとして醜悪な正体が露わとなっていた。 「審判! コイツを退場させろ! そして、殺させろ!!」  主審の万字さんは、アルストファーの本性に怯えながらも告げる。 「あ、あのこれは野球で……」 「構うものか! コイツの全身の骨という骨を砕き! はらわたを食い破らんと気が済まんッ!!」 「俺とろうってのか」  元山も元山だ。バットを構え戦闘準備完了といった具合。  このままでは乱闘になりかねない。 ――殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!  完全アウェイの瞑瞑ドームは不穏な空気になって来た。  多くの魔物達の血が騒ぎ始めている。  殺伐とした空気感。両軍がいつでもいけるよう身構えた時だ。 「アルストファーッ!」 ――ビリリ!  瞑瞑ドームに怒号が木霊した。マウンドに立つ鐘刃だ。  その一声で荒ぶる瞑瞑ドームの雰囲気は一気に鎮まった。 「か、鐘刃様……」 「タイムだ」  鐘刃がタイムをかけた。  そして、つかつかとダートサークルまで歩む。 「主審、ピッチャーとキャッチャーの交代をする」 「えっ!?」 ☆★☆ 『私の実況人生――いえ野球観戦歴で初めてのことです!』 ――シュッ! 『投げるのはピッチャーのアルストファー!」 ――バシィ! 『受けるのはキャッチャーの鐘刃周!』  突如起こった采配の魔術。  アルストファーがマスクを脱ぎマウンドへ。  そして、鐘刃はマスクを被ってボールを受けている。 『これは一体どういうマジックだ!?』 『マンダム――常識では考えられない采配だぜ』  アルストファーは右のスリークォーター。  特に癖もなく普通のフォームだ。 「見る限りは普通の右投手だな。球速はざっと140キロ後半か」  ツーアウトで次の打順は6番の鳥羽さんからだ。  ベンチで元山は声を張り上げる。 「チャンスじゃねえか! 鳥羽、バットで鐘刃の頭をカチ割っちまえ!」  も、元山……お前が味方でよかった。 「ド突け! バットで粉砕しろ! やっちまえ!」  声出しも物騒で荒々しい。  そんな興奮状態の元山であるが、後ろから頭をパシリと叩かれる。 「あいた! だ、誰だァ!?」 「バカ!」 「オ、オニキア……」  オニキアだ。かなり怒っている。 「あんなラフプレーをして! あんたが退場処分を受けてたら、チームがどうなってたか想像できる!?」 「知るかバカ! 野球はファイトだ殴り合いだ!」 「このスライム脳みそ! ただでさえチームに人がいないのに、これ以上少なくなったらどうするの!」 「う、うぐ……」 「それにもしあんたが……」 「ん?」 「何でもないわよ」  先程のプレイで乱闘劇でも起きようものなら、誰かが退場処分を受けていただろう。  この世界の住人は、純粋な戦闘経験が少ない。下手をすると魔物に殺されていたかもしれないのだ。  そう――野球という枠組みで闘わなければならない。  それは作られたルール内での死闘を意味していた……。 「うわあッ!?」  鳥羽さんが速い直球を脇腹に直撃された。 「ぐっ!?」  ドカがフォークらしき変化球を膝の上に当てられた。 「げっ……」  森中さんの左手に固い硬球の一撃が入る。 「おっと手が滑ってしまいました」 『れ、連続死球だッ!!』  ワザとだ! ワザとアルストファーは当てている! 「ヒヒッ!」  一塁側ベンチのトルテリJr.がグラビティフォールを発動させ、皆を金縛りの状態にしていた。  術者であるジュニアは醜悪な表情を浮かべ、僕を指差している。 「先程のお前の打席で、このグラビティフォールを何故唱えなかったか分かるか? オイラはお前を苦しませてやりたいのさ、仲間の傷つく姿をトコトン見せてな」 「こ、こいつ!」  僕は今にも飛び出しそうだった。  そんな僕を見てジュニアは更なる挑発をした。 「おっと! これは人間様の作った野球というゲーム。球とバットでなけりゃオイラ達を倒す方法はねェぜ!」 「くっ!」  歯噛みする。こんなに悔しいことはない。  死球を受けた仲間達は痛みを堪えながら出塁しているのだ。  ベンチにいる皆も気持ちは一緒。ジッと我慢して戦況を見守っている。 「満塁か……河合ちょっといいか」 「ん?」  ただ一人冷静なのは監督である西木さん。  9番バッターであるネノさんを呼び何やら話しかけている。 「――ということだ」 「そうかやってみるぜ」  ネノさんは左打席に立った。  ツーアウト満塁、ここで打てば先制点をあげられるが……。 『ツーアウト満塁で河合子之吉! ここで先制点をあげられるか!?』  バットを構えたままのネノさん。  今もスキル【変身】を使っているので、河合子之吉という男の姿だ。  ネノという本来の女性の姿なら本領を発揮しやすい。  スキル【変身】中は特技や他のスキルが発動出来ないからだ。  だが、この姿でないと登録外選手の出場と相手から指摘される可能性がある。  そうなれば没収試合になりかねない。 「河合! 絶対に打たんかい!」 「がんばってーっ!」 「打たないと応援してあげないんだから」 「ゴーゴー!」  三塁側の内野応援席から、マリアムを始めとするMegaGirlsの応援が聞こえる。 「コンパクトに巧打を見せろ! かっ飛ばせー河合!」  天堂オーナーの下手な応援歌も聞こえる。  アルストファーといえば、サインに頷きセットポジションに入る。 (流石に1点先制されるワケにはいきません。ここは普通にアウトを取らせてもらいますよ)  そのままクイックモーションから―― ――シュッ!  投げた。 ――ククッ!  何の変哲もないカーブだ。 「今です!」 「アイアイサー!」 ――グラビティフォール!  アルストファーの声に合わせ、ジュニアはすかさずグラビティフォールを唱えた。  魔物同士の連携技……ズンとした重みがネノさんを襲っているだろう。 「くゥ!?」 「グッジョブですよ! ジュニア!!」 「ヒヒッ! グラビティフォールでミミックになってろよ」 「ミミックね……俺は元の職業柄でお宝の方が好きでな」 ――コン…… 「好きなお宝は必ず手に入れてみせる」  〝!〟  ――という感嘆符の表現が相応しいだろう。  瞑瞑ドーム内の全てが驚く作戦が実行されたからだ。 『ス、スクイズゥ――ッ!!』  ネノさんはバットを振らずに軽く当てて転がした。  振り切るのは難しいが当てるだけなら可能――この場面でスクイズを試みようとは。 「ちィッ!」  ただし重力に抗いながらの走塁だ。  汗をかきながらネノさんは駆けている。  体に負荷が来ようとも一点を取るために必死で走る。  一方のボールが転がる方向は三塁側。  勢いを殺したいいプッシュバントだ。 「吼オオオオオオオオ!」  三塁を守るレスナーが急いでチャージをかける。  そうか……守備位置が定位置のままだったのか。 ――ザァ……!  時は既に遅し。  ボールを取る前に、鳥羽さんは猛スライディングで本塁へと突入。 「よっしゃ!」  飛び跳ねガッツポーズする鳥羽さん。先制点をあげたのはメガデインズだ。  奇襲をかけられた鐘刃は三塁ベンチの西木さんをじっと見ていた。 「小癪なマネを……」

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