打順は1番に戻りバッターはゼルマ。 巧打者で足の速い彼女だ。 バットを当て、転がされれば『何かが起こる』可能性がある。 「バッターアウト!」 「み、見えない……ボールが……そんな!」 当てさせない。 これが野球の技術を使用した僕本来の力。 小細工を使用しない力と力、技術と技術の勝負。 投げる球は全球ストレートだ。 「ストライク! バッターアウト!」 『ここまで全球ストレート! BGBGsのバッターは全く手が出せずッ!』 『マンダム――いい流れだ。ひょっとしたら』 続く2番のデホを三球三振に仕留めた。 バットを構えたままデホは打席で呆然としていた。 「アラン、これがお前の本当の力」 電光掲示板に表示される球速は――169キロ! ☆★☆ 9回の表。 泣いても笑ってもこれで最後だ。 「一点差! 一点差だ!」 僕達は円陣を組み、赤田さんの言葉を聞く。 スコアは8-9とBGBGsがリードしている。 「たかが一点! されど一点! 重い一点差だ!絶対に――絶対に追いつこうッ!」 赤田さんの言葉は熱を帯びている。 続いて、監督である西木さんが僕達一人一人の目を見て語りかける。 「追いつくだけではダメだ」 西木さんの言葉は冷静で静かだ。 「我々は絶対に勝たねばならん。NPBのため――いや『野球を愛する全ての人々』のために逆転勝利だ!」 逆転勝利という言葉に覇気が込められていた。 西木さんの熱い想いが込められていた。 「最後の最後だ! 野球小僧、少女になり! 全力で勝負を楽しもう!!」 西木さんの熱い言葉が――僕達の心を貫き! ――カカッ!! 絶望を乗り越える『強さ』『確固』『決意』という真誠なる『深紅の覚悟』! ――ボボッ!! それに付け加えるは『不壊』『不滅』『不動』という金剛の生命力『白金の焔』! メガデインズは新たなる〝色〟に染まった! 「みんな! 絶対に勝とう!」 自然と漏れ出た、勇者の声! ――応オオオオオオォォォォォッ!! それに応える仲間達! これより『逆転勝利』に向けた戦いが始まる! ☆★☆ メガデインズの攻撃は森中さんから始まる。 森中亨、プロ5年目の選手だ。 下位打順ながらパンチ力と、ここぞという時の一発がある。 まさに『恐怖の8番バッター』それが森中さんだ。 だけども、黒眼鏡から見える目はどこか不安げに見えた。 (俺から攻撃か……手がブルってやがるぜ!) 緊張していた。 一つでもアウトを取られれば、相手の心理的に有利となる。 相手が有利になれば、BGBGsの勝ちが、メガデインズの負けが一歩近づく。 「ふっ……グラサンのとっつぁん坊やが」 黒野が――いや、黒野ではない誰かだ。 マウンド上で不敵に笑っている。 「貴様のような打者を打ち取ることなど容易い。この若者――黒野秀悟の力ならばな!」 体から青と紫のオーラに包まれるあいつの姿は変わらずだ。 森中さんを完全に見下した表情をしている。 「体が震えているぞ。この世界の住人にも見えているだろう? 私から溢れ出る暗黒のオーラが!」 「何をブツクサ言ってやがる! さっさと投げてみろってンだ!」 「イキがろうとも、肩に力が入っているのは丸わかりだ。バットの位置がいつもより僅かに上がっているぞ? そんなに力んでいたらスムーズなスイングが出来ないと思うが」 「くっ!」 森中さんは気持ちが上ずっている。 確かにあいつのいう通りだ。寝かしたバットが僅かに垂直に立っている。 野球はメンタルのスポーツ――と聞いたことがある。 僕がこの世界に来たばかりの頃、マリアムに渡された野球関連の書物にそう書かれていた。 肉体の強さ、野球の技術も大切であるが、重要なのは『心』だと。 心が乱れれば、バットもボールもグラブも上手く扱えないと――。 「まずはワンアウトだ! 我が暗黒球で打ち取る!」 ――ドッ! あいつは投げた。 その球は黒いオーラに包まれている。 あれは――あれこそが暗黒球だ! 「ここでビビったら!」 球速は遅い、おそらくは130キロ後半のボールだ。 でも、その球は負の力が込められている。 打った瞬間、暗黒の力でバットの素材となるアオダモの生命力が吸い取られる。 立ちどころにバットは腐り、折れ、打ち取られてしまうだろう。 ところが――。 「彼女に笑われちまうぜ!」 森中さんの体から白金の炎が放出された。 ――カツーン! 音が鳴った。 ボールをバットで叩いた音だ。 『痛烈! レフト前ヒット!』 森中さんはヒットで出塁したのだ。 「ど、どういうことだ」 マウンドのあいつは呆然としていた。 自慢の暗黒球をクリーンヒットされたからだ。 「エルフちゃんに笑われたくないからな!」 ☆★☆ これは最終決戦シリーズ前の出来事。 森中亨は、アランの住む異世界で野球修行に励んでいた。 「ええか? 3球のうちの1球で女房と子供をくわせること――それが代打の仕事や」 森中は、球聖の村に住むブーチャという男に指導を受けていた。 このブーチャ、メガデインズ時代は安井という名前で活躍。 代打本塁打記録の世界レコードを樹立し、世界の代打男と呼ばれていた。 「俺はレギュラーだっつーの!」 体にミスリル製の鎧を着せられている森中。 汗だくになりながら延々とスイングしていた。 いつ終わるとも思えない修行に嫌気が差していた。 「変な鎧をつけさせやがって! こんな練習に何の意味がある!」 「文句の多いヤツやな。後で来るからちゃんとしとくんやで」 「お、おい……どこへ行こうってンだ?」 「ワイは村へ戻って畑仕事や」 「ま、待てよ! こんな魔物だらけの森に置いていくのか!?」 森中が練習する場所は人気のない森。 どこからともなく魔獣のうめき声が聞こえる。 「俺は一般人だぞ! ゲームのキャラみたいに――」 「死と隣り合わせは、最高の練習環境やで」 ブーチャはそう笑うと、 「男は度胸、一回のスイングに勝負をかけてみい」 どこかへと去ってしまった。 「ち、ちっくしょう!」 森中は半ば怒りながらスイングをする。 しかし、すぐに疲労が襲ってきた。 重い鎧をつけての練習もあるが、精神的なプレッシャーが大きい。 いつ、ゲームに出てくるような魔物が襲ってくるかわからない。 「しかし、不思議な世界に来たもんだぜ。まるでRPGの世界みたいだ」 この森に入る途中、様々な魔物の姿を見た。 まるでゲームの世界に迷い込んだかのようだった。 「俺、生きて帰れるのかな?」 森中が不安に思っていると、 ――ザッ! 森の茂みから音がした。 「だ、誰だ!」 「ふふっ! こんなところに人間がいるなんてね!」 可愛らしい声がした。 すると出て来たのは、 「一人で何やってるの?」 金髪の美少女エルフだった。 「エ、エルフ!? これが噂のエルフかよ!」 エルフ。 ファンタジーに登場する架空の種族。 一般的に美しく、長寿で魔法の才能に優れ、自然と深い結びつきを持っているとされる。 「君なんて名前? 私、メロディア」 「お、俺は森中だが……」 「モリナカ? それよりこんなところで何をしてるの?」 メロディアと名乗るエルフは、森中の顔をゼロ距離で眺める。 「や、野球の練習だが」 「ヤキュウ?」 森中はタジタジだ。 彼は生まれてこの方、女にモテたことがなかった。 「ハァ!? な、なんだ、お前! 顔を近付けるなよ!」 「顔が赤くなって可愛い♡」 小柄な森中の体にメロディアは抱きついた。 「仲良くしましょう♡」 この凄まじく、都合がよすぎる展開に森中は混乱する。 「つ、都合がよすぎる。どうなってンだ!?」 ☆★☆ ――ブンッ! ある日の野球修行。 森中のスイングを見るブーチャは目を丸くした。 修行開始時と比べ、スイングスピードが上がっていたからだ。 「お前、一皮むけたんじゃないか」 森中はキリッとした表情で答えた。 「男になったンですよ」 「ま、まさかお前」 ☆★☆ 「俺は女を知っちまったのさ」 一塁ベース上で手を叩く森中さん。 その表情はどこか自身に満ち溢れていた。
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