勇球必打!
ep120:エルフを知った男

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 打順は1番に戻りバッターはゼルマ。  巧打者で足の速い彼女だ。  バットを当て、転がされれば『何かが起こる』可能性がある。 「バッターアウト!」 「み、見えない……ボールが……そんな!」  当てさせない。  これが野球の技術を使用した僕本来の力。  小細工を使用しない力と力、技術と技術の勝負。  投げる球は全球ストレートだ。 「ストライク! バッターアウト!」 『ここまで全球ストレート! BGBGsのバッターは全く手が出せずッ!』 『マンダム――いい流れだ。ひょっとしたら』  続く2番のデホを三球三振に仕留めた。  バットを構えたままデホは打席で呆然としていた。 「アラン、これがお前の本当の力」  電光掲示板に表示される球速は――169キロ! ☆★☆  9回の表。  泣いても笑ってもこれで最後だ。 「一点差! 一点差だ!」  僕達は円陣を組み、赤田さんの言葉を聞く。  スコアは8-9とBGBGsがリードしている。 「たかが一点! されど一点! 重い一点差だ!絶対に――絶対に追いつこうッ!」  赤田さんの言葉は熱を帯びている。  続いて、監督である西木さんが僕達一人一人の目を見て語りかける。 「追いつくだけではダメだ」  西木さんの言葉は冷静で静かだ。 「我々は絶対に勝たねばならん。NPBのため――いや『野球を愛する全ての人々』のために逆転勝利だ!」  逆転勝利という言葉に覇気が込められていた。  西木さんの熱い想いが込められていた。 「最後の最後だ! 野球小僧、少女になり! 全力で勝負を楽しもう!!」  西木さんの熱い言葉が――僕達の心を貫き! ――カカッ!!  絶望を乗り越える『強さ』『確固』『決意』という真誠なる『深紅の覚悟』! ――ボボッ!!  それに付け加えるは『不壊』『不滅』『不動』という金剛の生命力『白金の焔』!  メガデインズは新たなる〝色〟に染まった! 「みんな! 絶対に勝とう!」  自然と漏れ出た、勇者の声! ――応オオオオオオォォォォォッ!!  それに応える仲間達!  これより『逆転勝利』に向けた戦いが始まる! ☆★☆  メガデインズの攻撃は森中さんから始まる。  森中亨、プロ5年目の選手だ。  下位打順ながらパンチ力と、ここぞという時の一発がある。  まさに『恐怖の8番バッター』それが森中さんだ。  だけども、黒眼鏡から見える目はどこか不安げに見えた。 (俺から攻撃か……手がブルってやがるぜ!)  緊張していた。  一つでもアウトを取られれば、相手の心理的に有利となる。  相手が有利になれば、BGBGsの勝ちが、メガデインズの負けが一歩近づく。 「ふっ……グラサンのとっつぁん坊やが」  黒野が――いや、黒野ではない誰かだ。  マウンド上で不敵に笑っている。 「貴様のような打者を打ち取ることなど容易い。この若者――黒野秀悟の力ならばな!」  体から青と紫のオーラに包まれるあいつの姿は変わらずだ。  森中さんを完全に見下した表情かおをしている。 「体が震えているぞ。この世界の住人にも見えているだろう? 私から溢れ出る暗黒のオーラが!」 「何をブツクサ言ってやがる! さっさと投げてみろってンだ!」 「イキがろうとも、肩に力が入っているのは丸わかりだ。バットの位置がいつもより僅かに上がっているぞ? そんなに力んでいたらスムーズなスイングが出来ないと思うが」 「くっ!」  森中さんは気持ちが上ずっている。  確かにあいつのいう通りだ。寝かしたバットが僅かに垂直に立っている。  野球はメンタルのスポーツ――と聞いたことがある。  僕がこの世界に来たばかりの頃、マリアムに渡された野球関連の書物にそう書かれていた。  肉体の強さ、野球の技術も大切であるが、重要なのは『心』だと。  心が乱れれば、バットもボールもグラブも上手く扱えないと――。 「まずはワンアウトだ! 我が暗黒球ブラッディボールで打ち取る!」 ――ドッ!  あいつは投げた。  その球は黒いオーラに包まれている。  あれは――あれこそが暗黒球ブラッディボールだ! 「ここでビビったら!」  球速は遅い、おそらくは130キロ後半のボールだ。  でも、その球は負の力が込められている。  打った瞬間、暗黒の力でバットの素材となるアオダモの生命力が吸い取られる。  立ちどころにバットは腐り、折れ、打ち取られてしまうだろう。  ところが――。 「彼女に笑われちまうぜ!」  森中さんの体から白金の炎が放出された。 ――カツーン!  音が鳴った。  ボールをバットで叩いた音だ。 『痛烈! レフト前ヒット!』  森中さんはヒットで出塁したのだ。 「ど、どういうことだ」  マウンドのあいつは呆然としていた。  自慢の暗黒球ブラッディボールをクリーンヒットされたからだ。 「エルフちゃんに笑われたくないからな!」 ☆★☆  これは最終決戦ラストバトルシリーズ前の出来事。  森中亨は、アランの住む異世界で野球修行に励んでいた。 「ええか? 3球のうちの1球で女房と子供をくわせること――それが代打の仕事や」  森中は、球聖の村に住むブーチャという男に指導を受けていた。  このブーチャ、メガデインズ時代は安井という名前で活躍。  代打本塁打記録の世界レコードを樹立し、世界の代打男と呼ばれていた。 「俺はレギュラーだっつーの!」  体にミスリル製の鎧を着せられている森中。  汗だくになりながら延々とスイングしていた。  いつ終わるとも思えない修行に嫌気が差していた。 「変な鎧をつけさせやがって! こんな練習に何の意味がある!」 「文句の多いヤツやな。後で来るからちゃんとしとくんやで」 「お、おい……どこへ行こうってンだ?」 「ワイは村へ戻って畑仕事や」 「ま、待てよ! こんな魔物だらけの森に置いていくのか!?」  森中が練習する場所は人気のない森。  どこからともなく魔獣のうめき声が聞こえる。 「俺は一般人だぞ! ゲームのキャラみたいに――」 「死と隣り合わせは、最高の練習環境やで」  ブーチャはそう笑うと、 「男は度胸、一回のスイングに勝負をかけてみい」  どこかへと去ってしまった。 「ち、ちっくしょう!」  森中は半ば怒りながらスイングをする。  しかし、すぐに疲労が襲ってきた。  重い鎧をつけての練習もあるが、精神的なプレッシャーが大きい。  いつ、ゲームに出てくるような魔物が襲ってくるかわからない。 「しかし、不思議な世界に来たもんだぜ。まるでRPGの世界みたいだ」  この森に入る途中、様々な魔物の姿を見た。  まるでゲームの世界に迷い込んだかのようだった。 「俺、生きて帰れるのかな?」  森中が不安に思っていると、 ――ザッ!  森の茂みから音がした。 「だ、誰だ!」 「ふふっ! こんなところに人間がいるなんてね!」  可愛らしい声がした。  すると出て来たのは、 「一人で何やってるの?」  金髪の美少女エルフだった。 「エ、エルフ!? これが噂のエルフかよ!」  エルフ。  ファンタジーに登場する架空の種族。  一般的に美しく、長寿で魔法の才能に優れ、自然と深い結びつきを持っているとされる。 「君なんて名前? 私、メロディア」 「お、俺は森中だが……」 「モリナカ? それよりこんなところで何をしてるの?」  メロディアと名乗るエルフは、森中の顔をゼロ距離で眺める。 「や、野球の練習だが」 「ヤキュウ?」  森中はタジタジだ。  彼は生まれてこの方、女にモテたことがなかった。 「ハァ!? な、なんだ、お前! 顔を近付けるなよ!」 「顔が赤くなって可愛い♡」  小柄な森中の体にメロディアは抱きついた。 「仲良くしましょう♡」  この凄まじく、都合がよすぎる展開に森中は混乱する。 「つ、都合がよすぎる。どうなってンだ!?」 ☆★☆ ――ブンッ!  ある日の野球修行。  森中のスイングを見るブーチャは目を丸くした。  修行開始時と比べ、スイングスピードが上がっていたからだ。 「お前、一皮むけたんじゃないか」  森中はキリッとした表情で答えた。 「男になったンですよ」 「ま、まさかお前」 ☆★☆ 「俺はエルフを知っちまったのさ」  一塁ベース上で手を叩く森中さん。  その表情はどこか自身に満ち溢れていた。

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