勇球必打!
ep130:改悪の神トロイア

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「勇者の力とやらを見せてもらおうか」  黒野あいつが打席に入った。  右打席ではない、左打席でバットを構えている。 『黒野選手! 左打席に入りました!』 『マンダム――スイッチヒッターだったのか?』 『私の手元にあるプロ野球選手名鑑では、右投げ右打ちとのことですが……』  黒野は右投げ右打ちだ。  やはり、目の前の黒野は黒野ではない。  何者かに憑依されているに違いない。 「お、おい! 何だあの構えは!?」 「見たこともないフォームだぞ!」  観客がざわめき出した。  実に奇妙なフォームで構えていたからだ。 「くくっ! これより神の審判を開始する!」  あいつはバットを寝かせ構えていた。  握る右手と左手の間を開け、天高く掲げていた。 「私を打ち取れるほどの力を有しているかな?」  ゆらゆらとバットを上下に揺らしている。  独特のタイミングの取り方だった。 (天秤!)  その形は天秤だ。   バットが天秤のように左右に揺らいでいた。  天秤は『裁判』のシンボル。  僕の力を審判ジャッジしようというのか? 「アラン……!」  鳥羽さんが、その異様な構えに冷や汗をかいていた。  それは他のナインも一緒だ。  皆があいつの不気味なオーラに息を吞んでいた。 「へっ! あ、あんなヘンテコなフォームで打てるかよ!」  サードから森中さんが檄を飛ばす。  確かに変則過ぎるほど変則な構え。  あのような打法で果たして打てるのか? (ストレート……)  鳥羽さんからサインが送られる。  ストレートのサインだ。  僕はコクリと頷く。  相手の異様な構えに警戒過ぎるのはよくない。 「はっ!」  まずは一球を投じる。 「ふふっ……」  ズバンとミットに収まる音がした。 「ストライク!」  ジャッジはストライク。  その判定を見て、魔物達は野次を飛ばし始めた。 「そんな変な打法で打てるかよ!」 「もう9回裏のワンアウトだぞ!」 「敗退行為か!」 「やっぱりお前は人間だ!」  ざわざわとどよめきが起こる。  あのような、変則的過ぎるほど変則的な打法だ。  あいつは特に反応もせず集中している。 「球筋はわかった。なるほど良き投手だ」  そう言った。 「どんな球でも投げるがいい。速いストレートの軌道がわかれば、変化球など遅い球だ」  強気だ。  ストレートの軌道がわかれば、変化球は遅い球だと?  ならば……。 (勇者の虹アラン・レインボーで!)  村雨球史直伝のドロップへと握りを変える。  その時、敵側のベンチから声が聞こえた。  ヒロとゼルマが会話する声だ。 「あの構え……土方選手の『天秤棒打法』か」 「天秤棒打法?」 「遥か昔、神奈川アンモナイツの前身となる大漁ビスマルクスの土方彦一選手が開発した打法だ。一見すると奇異な構え、あのような打法で打てるかと思われるだろう。しかし、それがクセモノ……最初からバットを寝かせ構えることで先にトップを作り、最短最速でバットを振り出せる」 「何故それを……」 「あれは私が生前、ビスマルクスの打撃コーチだった時に土方選手と共に作り出したものだ」 「なっ!?」 「あの奇怪な打法で、ワ・リーグで5度首位打者を獲得したのだ」  天秤棒打法、それがあの打法の名前か。 「来ないのか?」  あいつは挑発する。 「見せてやるさ」  僕は鳥羽さんに無言の視線を送る。 「あいつ……」  低めへのチェンジアップのサイン。  僕は首を振ったまま投球フォームに入る。  それはノーサインでの投球の合図、つまりは覚えたての勇者の虹アラン・レインボーを投げるという意志だ。 「ワガママでこそ一流投手だ!」  鳥羽さんはそう叫んでミットを構えた。 (ありがとう……)  僕のワガママの汲んでくれた鳥羽さんへの感謝。  いくぞ! ――勇者の虹アラン・レインボー!  村雨さん直伝のドロップ。  それを僕の色に染めた新変化球だ。  これでやつを! 『いけない……』  村雨さんの声がした。 『あの打者はメジャー級だ!』 ――カツーン!  乾いた音が響いた。  僕の勇者の虹アラン・レインボーが打たれたのだ。 「この私を即席の変化球で打ち取れるものか!」  最短最速でトップを作り打つ。  美しいまでのレベルスイング。  実に奇妙な構えながら、実に合理的な打法。 『打った! 痛烈ゥ!』 『……右中間を抜けていくぜ』  打球は外野を守る、湊と国定さんの間を抜けた。 (し、しまった……)  完全なツーベースだ。  あいつは一塁を駆け抜け、二塁へと向かう。 「判決は――ツーベースだ!」  あいつは邪な笑みを浮かべていた。 「本来ならホームランにしたかったのだがね。しかし、それではゲームは面白くないだろ? ギリギリの勝利を演出することで君達が絶望する顔を――」 「秀悟!」 「ぬっ!?」  ライトの内野席から声が響いた。  僕達メガデインズがいる三塁ベンチ側の観客席からだ。 「もう止めるのです」  女性だ。  9回表の時に見た人、黒野の母親と思わしき人だ。  席から移動したのだろうか、ベンチ直ぐ上のところで声を張り上げていた。 「秀悟――死んだ父さんが悲しみますよ!」  泣いていた。  その声に反応したのか、あいつは一塁を周ったところで止まった。 「か、母さん……」  どうしたことか。  このまま二塁ベースまで突入せず、案山子のように動かないままだ。 「セカンド!」  国定さんからの魔弾の送球が内野へと返される。  そのボールをネノさんがキャッチ。  立ち止まったヤツへとグラブを差し出す。 「もらった!」 「くっ!?」  あいつはネノさんのキャッチを寸前のところでかわした。 「バ、バカな! そんなことが!」  あいつは急いで一塁へと戻る。  それを見たネノさんは、元山へとボールを送る。 「元山!」 「おう!」  ボールを受け取った元山はあいつへとタッチするも、 「セーフ!」  間一髪セーフとなった。  先に足が入っていた。 『あ、危ないところでした! もう少しでアウトになるところです!』 『マンダム――途中で止まったな』 『これはどういうことでしょうか?』 『母の想いが通じたのさ』 『はあ?』  一塁上のあいつは苛立っている。 「ツーベースだったのに……」 「秀悟! 野球道を踏み外してはなりません!」 「あの女が原因か。私のゲームメイクを邪魔しよって!」  憎々しい目で黒野の母親を睨みつけていた。  すると、レフトからオディリスが叫んだ。 「憑依が甘いぞ! 改悪の神トロイア!!」  トロイア……。  オディリスと片倉さんが口にしていた名だ。

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