男と共に公園内の野球場に来た。 そこにはカラフルな服を着た集団がいる。 バットやグラブがあることから、あの人達も野球戦士だろう。 「今からここを使う、悪いが出て行ってもらおう」 「誰だよアンタ。今から草野球の……」 「草野球は河川敷でやるものだ!」 「ひ、ひいーっ!」 男は蛮族のようにバットを振り回す。 先に来ていた人々を力づくで追い出してしまった。 「罪もない人達に何てことをするんだ!」 「やかましい! こっちは契約を勝ち取るために必死なんだ!!」 契約? この男は魔物か幻獣で、魔獣使いか召喚士と契約を結ぶのだろうか。 いや……でも自分から術者と契約するなど聞いたこともない。 「お前の正体は誰なんだ」 「ふっふっふ……」 男は不敵に笑うとフード付きの服を脱いだ。 そこには、山吹色の布地に藍色で『Kamui』と刻印されている。 無骨な印象の狂戦士然とした男だ。 「元北海道カムイ所属の元山七郎じゃーっ!」 「誰?」 「え……」 男は目を点にしている。カムイとかモトヤマとか言われてもピンとこない。 「ぬゥ……あの男は元山七郎、別名ケンカ七郎」 声の主はマリアムだ。モトヤマという男のことを知っているらしい。 「し、知っているのかマリアム!?」 「そいつは元プロ野球選手や」 「も、元?」 「カムイの監督『ビッグアニキ』こと、炎原豪志が掲げるチーム方針の違いから放出……つまりクビなってもうたやつや」 クビ……つまりギルドから追放されたということか。 「何故、追放なんか」 「それは俺の闘志あふれるプレーに鼻がつくからだろう」 モトヤマがバットを握りしめ軽く素振りしながら言った。 その言葉に対してマリアムは首を横に振っている。 「ちゃうちゃう! 今年だけで乱闘や審判への暴言で、何度も謹慎や罰金くらった問題児やからや。それに今年の成績も微妙やったしな」 「うるせェ! 人を散々、複数ポジションの便利屋扱いして『さわやかガッツ路線』ならぬ謎方針でクビにしやがって! あの襟長野郎ッ!」 モトヤマはバットを振りかざして今にも暴れそうだ。 ここは善良な街の人々に危害が加わらぬようにしなければならない。 「それよりも僕と勝負するんじゃないのか」 「フン! すかした態度も出来るのも今のうちじゃ」 モトヤマは僕に向かって玉……いやボールを投げた。 僕はそのボールをキャッチするとモトヤマは言った。 「そこのピッチャーマウンドに立て!」 ☆★☆ 「お前、エプロンは外さなくていいのか?」 「僕はこのままでいい」 「何とかの主婦気取りか、気に入らん」 モトヤマは右打席なる四角い線の中に立ち、僕はマウンドという盛り上がった土の上に立っている。 どうやらここからボールを投げるみたいだ。 これが本に書かれていた、投手という投擲専門のポジションか。 「アランは野手やで、何で投げなアカンねん」 マリアムが何故か抗議している。僕はボールをずっと握ったままだ。 「野球は投げて、打って、走るもの。そこに野手だの投手だの関係ないのだ!」 「んな滅茶苦茶や」 「では逃げるのか?」 「ぐぬぬ……」 「いいよマリアム。僕が投げればいいんだろ」 とりあえず僕は勝負することにした。 モトヤマはニタリと笑うと半身の姿勢でバットを担いだ。 まるでバトルアクス振り回すかのような豪快な構えだ。 「じゃあ投げるぞ」 「さっさと来い!」 スキル【投擲】の発動だ。 狙いはもちろん。 「そこだ!」 頭だ! (何だコイツ、めっちゃ手投げじゃねーか) ――スス……! (あの球の握りからチェンジアップ……そんな小細工なんぞ――) ――グワァッ! (え……だんだん速く……ホップして――俺の頭に……死ッ?!) ――ヒュン! モトヤマは頭を振って避けた。 ボールは右頬をかすめて血が流れている。 小ダメージのようだ。 外してしまったか……。 「ア、アホ!」 マリアムは慌てて駆け寄ってくると……。 「いつまで異世界の気分でおんねん!」 僕はハリセンで頭を叩かれてしまった。 「な、何するんだ!」 「ええか! ボールはあの白いプレートに向かって投げるんや! それかキャッチャーがおったら構えるミットの中や、野球のルールは教えたやろ」 「そ、そうか」 そう、戦闘は戦闘でも命のやり取りではない。 「すまなかった……大丈夫か?」 危く再起不能にするところだった。 前にいた世界での価値観は捨てなければならない。 僕は詫びの言葉を投げかけるも、モトヤマは石像のように固まったままだ。 「貴様、どんな球威をしているんだ」 モトヤマの口が開いた。 何だろうか。 「アランちゃん、フェンス見てみい」 マリアムに肘でわき腹を小突かれ、フェンスの方向を見た。 投げたボールはフェンスを突き破っている。 「今のチェンジアップだな」 「チェンジアップ?」 僕はただ鷲掴みで投げただけだ。 困惑する僕にマリアムが耳元で囁いた。 「変化球の一種や。あんたの世界で言ったら属性魔法みたいなもんやな」 「ふーん……」 僕は気付かないうちに野球の属性呪文を使っていたようだ。 どこで覚えたのだろうか。あの入団テストを受けレベルが上がったのだろうか。 「この勝負、お前の勝ちでいい」 「え?」 「あんた何言っとるんや」 モトヤマからの敗北宣言だ。 突然のことに僕とマリアムは困惑した。 「言葉の通りよ……さらば」 そう述べ、モトヤマはバットを担ぎ去っていった。 どことなく体が震え、背中に書かれた27という数字が小さく見えた。 「僕が戦闘に勝利した……ってことでいいのかな?」 「ええんとちゃうか。勇者様がバーサーカーから街の平和を護ったんや」 マリアムが周りを指差した。いつの間にかギャラリーが大勢集まっている。 皆一様に安心した顔だ。中には拍手までしてくれる人までいる。 街に平和を取り戻したんだ。 「流石は西木二軍監督が見込んだ素材だな。あの伝説の空下浩を越えられるかもしれん」 僕が安堵していると、ギャラリーから老紳士風の人が出て来た。 アッシュグレイの髪と口ひげ、品位を感じる身なりをしている。 どこかの貴族だろうか? 「担当スカウトの片倉というものだ。申し訳ないが、碧アランの投手としての可能性を試させてもらった」 タントウスカウト? 「契約金はナンボやろうな」 横にいるマリアムは何故かニヤニヤしている。 何か知っているな。
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