勇球必打!
ep81:静と動の直球

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 デホの熱い気持ちが僕の頬と心に伝わる。  敵も味方も魔物観客達も、彼の思いがけない行動に驚いた様子だ。  それは僕とて同じ。そう――デホは少し利己的な性格だと思っていた。  仲間だった頃の彼は頼れる前衛として、会心の一撃を連発してくれる武闘家だった。  しかし、僕の掲げる作戦を無視し強敵へと無鉄砲に飛び込んでいくことが多々あったのだ。  その時のデホの弁明は決まっていて「俺が会心の一撃で全員ブチのめす!」だ。  彼の冒険の目的も「富と名声を得るため」という至ってシンプルなもの。  そんな彼を何故パーティに加えたのかというと〝単純にパラメーター能力が高かった〟からだ。  誰よりも英雄思考を持つデホ――ここまで熱い感情を露わにするのを初めて見た。 「あんな闇魔術師メイガスでも使うイフリガにブルりやがって! 何を恐れる必要がある!! そもそもあの魔法を見たくなかったのは俺とブルクレスだ!!」  イフリガの一撃で死んだのはデホとブルクレスだ。  あの炎に恐怖と絶望感を深く刻まれこまれているのは彼らのはずだ。 「いいか! アラン!!」  デホは震える僕の肩をガッシリと持たれた。 「あのイフリガは俺達が初めて味わった〝挫折〟の一歩目だった! あの最終決戦ラストバトルで俺もブルクレスも魔王の強さに心底屈した! 死の瞬間も俺は絶望した『脇役は何をやっても引き立て役にしかならない』とな!! そして、こうも思った『真の強者に仕えれば、輝きを得られるのではないか』とッ!!」  脇役……輝き……デホが本当に欲しかったのは何だろう。  デホは僕に熱い感情をぶつけてきた。 「俺が欲しいのは『富と名声から得られる称賛』だ! 脇役の俺はそうすることでしか満足出来ん! 魔王転生者に魂を売ったのも他人から称賛を――」 「本当なのかい?」  どうしてもそう僕は思えなかった。それなら他にも方法あるはずだ。  先程の脇役とか輝きとか、形のない何かを欲しがっているように僕には見えた。  デホは僕を見据えると大声で叫んだ。 「結局あの世界では〝勇者が絶対〟だッ!! どんなに俺達脇役が頑張ったところで〝勇者の仲間〟というオマケ扱いだ!!」  自分のことを勇者を引き立てる脇役であることに傷ついていたのか――  仲間は冒険をいろどる脇役。確かに僕は心のどこかでそう思っていた。  彼は自己の存在について悩んでいた。そのことに何故気付いてやれなかったのか。  勇者の冒険とは全く関係ない、異世界での〝野球〟というスポーツの中で気付かされるとは。 「でも……臨んだところでそれは適わん。俺は武闘家……ただの前衛、脇役だ……」  デホは体を震わせていた。  彼も異世界という場所で……野球という闘いの中で……。  初めて脇役として自分の想いをぶつけてきた。 「お前は主人公だ! 俺が羨む対象で! 俺の憧れで! 乗り越えたい存在なんだ! イフリガ如きで恐怖する勇者何ぞ――見たくもねェッ!!」 「デホ……君は……」  僕の言葉にデホはハッと我に返った様子だ。 「お、俺は――」  そう述べるデホは自分でも驚いたような顔だ。  後ろにいる鐘刃は氷のような表情を浮かべている。 「デホ……勝手な行動は許されんな」  その声は冷たい。  静かに怒る鐘刃に気付いたデホはクルリと反転。  跪くと自らの行いを弁明した。 「お、俺……いえ、私は全力のアランを倒してこそ……」 「黙れ。敵のエースにエールを送るような行動は懲罰ものだぞ」 ――ブンッ!  鐘刃はそう述べると、ムラマサバットで軽くスイングし始めた。  その素振りのキレは鋼鉄製の鞭のように早く鋭い。  そうして素振りを振り終えると鐘刃は言った。 「よいか、デホという武闘家はもうこちら側の人間だ。我が軍の一軍メンバーでありたいなら、光ある道を進みたいなどと思うな。暗黒に輝く道こそ、お前が歩むべき栄光の道なのだ」 「ハ、ハハッ!」  デホは平身低頭して自分へのベンチへと戻っていく。  僕はデホの後ろ姿を見ながら声を掛けた。 「デホ……君の本当の気持ちが理解わかったよ。もし許されるならば――」 「俺とお前が敵同士なのは変わらない」  デホは振り返らなかった。  そうだ……デホも次に迎えるブルクレスも対戦相手には違いない。  しかし――本当に彼らは敵のままなのか?  もう一度やり直せることが出来るのではないのか? 「アラン、投げられるか?」  西木さんが心配した顔で見つめる。 ――ザッ……  僕は黙ってピッチャーマウンドを踏んだ。  不思議なことに、デホの言葉で体の震えは止まっていたのだ。 「大丈夫です。僕はまだ投げます」 「その言葉を待っていたぞ」  西木さんはニッと笑うとベンチへと引き上げ、グラウンドにいる仲間達も各ポジションに戻っていく。  バッテリーを組むドカは気合の一声だ。 「状態異常が戻ったところで、いっちょやったるかいッ!!」 「はい!」  僕はマウンドのプレートを力強く踏んだ。 「フフフ……古びた王道的な展開だな。全く反吐が出る」  鐘刃は再び打席に立ち〝瘴気の構え〟を取っていた。 「打ち崩してやろうぞ!」  僕に再びムラマサバットの先端を向ける。  静かにドカのサインを見た――外角へのストレートか。 『試合は再開したようです!』 『マンダム――魔物どもの応援歌も流れ始めたようだな』 ――オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! Let’s go 鐘刃様! 『ピッチャーアラン! 振りかぶって――』 ――みなぎる闘志を奮い立て! 『投げたッ!』 ――鐘刃様が打たなきゃ誰が打つ! 「ストライク!」 ――今勝利を掴め! オイ! オイ!鐘刃様! 「外角か」  1球目は外角低めへのストレート。  そして、2球目は……。 「ボール!」  高めへのボール球でカウントはワンストライク、ワンボール。  低めと高めと上手く散りばめられた。 (シュート回転やシンカー気味の変化……ムービングファストボール美しくないストレートだ)  鐘刃はまだバットを振っていない。じっと打席で構えたままだ。  ここまでの配球は全てストレート。  僕の持ち球はチェンジアップとクサナギシュート。  そして、もう新たに覚えた変化球が二つある。  一つ目は―― ――キュッ! 「ストライク!」 「ほう……カーブを覚えたか」  カーブだ。 (フッ……ショボいカーブだ)  これは正直あまり変化しないものであるが、カウントを整えたり打ち取るためのボールだ。  これはあくまで見せ球――あの試練の中で習得したものだ。  もう一つ決め球として〝あの球〟があるのだが、これはとっておきに残しておきたい。  僕が主体として組み立てる球はあくまでも! ――シュッ!  ストレートだ! (ぬゥ……! 何だこの回転の美しい球は!!)  回転する、伸びる、ドカのミットに吸い込まれる。  ボールに上手く指がかかった。  この伸びのあるストレートでなら―― 「生意気な! これしきの直球などォ!!」 ――ブーン!  鐘刃が振ったムラマサバットの風圧を浴びた。  瘴気に包まれた風は何ともいない嫌な感じがするが―― 「バッターアウト!」  僕は鐘刃から三振を奪ったのだ。 「バカな――この鐘刃が三振だと?」  鐘刃は打席で呆然としていた。

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