勇球必打!
ep62:見えたる敵

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(先程から嫌な眼で見る……『怨念』『憎悪』あるいは『悪意』『殺気』) ――ズチャ……  スペンシーさんは大きな体で打席に立つ。  ホームベースに深く被さったクラウチングスタイルは変わらない。  顔はしっかりと正面を向き鐘刃を凝視している。 ――スキル【分析】発動! 「スキル【分析】ですか。元々は対象一人の能力や弱点を見るためのもの」 「ささやき戦術トラッシュトーク攪乱かくらんさせたいのかい?」 「フフフ……独り言ですよ『プロフェッサー』」 「私の事も調べているのか」 「あらゆるデータを集めておりますので」  まただ。  またアルストファーが打者に話しかけている。 「……ッ!!」  なんだかスペンシーさんの様子がおかしい。  力強いフォームながらも、普段であればもっと手に持つバットは柔らかく握られている。  それがどうだろう。  グッとバットは固く握られており、肩をいからせながら構えているように僕からは見えた。 「顔が先程から怖いですよ。どうかされましたか?」 「ユー達は何をした」 「さァ」  鐘刃は投球モーションに入る。  投げる球は高めの直球、球速的には140キロ台のぬいた球だ。 「ストライク!」  一球目は見逃し。  スペンシーさんはピクリとも動かない。  大リーグ出身の余裕というものなのだろうか? (体が動かん!?) 「ストライク!」  これでツーストライクと追い込まれた。  スペンシーさんは相も変わらず、打席でピクリとも動かない不動体だ。 (それに全くクセのないフォーム!) 「ス、スペンシーさん!?」  いや待て―――やはりおかしいぞ!  今のボールはど真ん中のストレートだ!  あんな失投をスペンシーさんが見逃すはずがない! ありえない! 「さて肩もようやく温まってきたようだ」 「フフフ!」  BGBGsのバッテリーが互いに邪悪な笑みを浮かべている。  一体何を……何をしようというのだ!? 「そろそろお遊びは終わりだ。大僧正アークビショップ!」  鐘刃は大きく振りかぶる。豪快なワインドアップだ。  現代野球ではあまり見られなくなった投球の型。  体は弓状にしなり、持てる力を放出せんとばかり。  まるで、魔獣サーベルタイガーのような柔らかくも鋭く残酷なフォームだ。 「貴様の回復魔法はウザかったぞ!」  鐘刃は右足を上げ、左腕を後方へと振る。  肘から持ち上がるバックスイングは実に丁寧かつ鋭利だった。 「私が攻撃を与える度にヒールやリカイアムで仲間を回復させよって! 大事な事だからもう一度言おう! 実にあの時はウザかったぞ!!」 「魔物を操るところから、ただの転生者ではないとは思っていたが――」 「気付くのが、グランドタートル並みに遅かったな!」 ――ブン!  長い腕からしなやかに振り下ろされる。  頭あるいは腕近くに投げらる、危険極まりない内角の球。 「スペンシーさん!」  僕はつい声を上げてしまった。  その球は速く、コースが非常に危険に見えたからだ。 ――ギュワッ!  左投手から右打者の内角付近に抉りこむように入る。  球の軌道から言ってストレート。  いや違う微妙に打者の手元で変化している。 ――ククッ!  球がスライドしている。  あれは変化球のスライダーか!? 「くっ!」  スペンシーさんの体は何故か鈍く、バックスイングを取るが遅い。  窮屈そうなスイングはまるで素人のような動きだ。 ――フッ……  だが、そこは元大リーガー。  体勢が崩れながらも、肘を上手く抜いて内角の球を打つ形にはなっている。  無理にプルヒッティングし、ファールに持っていこうとしているのだろう。  それは塁に出るためのヒッティングというよりも、自らの体を護るためのヒッティング。  邪悪な者から投げ込まれる『打者に当てる』という意志が感じられたボールに対処するためだ。 「さァどうする大僧正アークビショップ」 「ぬん!」  こうなってはフォームがどうのと関係はない。  スペンシーさんは何とかバットで当てようと全身を旋回させる。 「無理に振れば体に負荷がかかるぞ?」 「当たればもっと負荷がかかるであろう!」 ――バキィ!  根元に当たったボールはたやすくスペンシーさんのバットをへし折った。  コロコロと鐘刃の目の前にボールは転がり、つまらなそうな顔で打球処理をする。 「当てたかったのだがね」  鐘刃はそう述べるとボールを一塁へと送球。 「アウト」  一塁塁審がコール、これでスリーアウトチェンジとなり1回の表が終了した。 『日本野球界の命運をかけた死闘は1回の表が終了! メガデインズは何も出来ないまま鐘刃に抑えられました!! さてブロンディさん、ここまでの試合を見て――』 『おい実況さんよ、スペンシー選手の動きがおかしいぜ』 『んん?』  一塁側ベンチに戻っていくBGBGsのメンバー。  今度は僕達が守りにつかなければならないのであるが、スペンシーさんは打席から全く動かないでいた。 「ど、どうかしたんですか」  スペンシーさんの顔からは大量の汗が噴き出ている。  まるで全力走を何本もやらされたかのようだ。  僕はスペンシーさんが心配になり傍に寄って行った。 「来るんじゃないボーイ!!」 「何を言って――」 ――ズン!  体が突然重たくなった。  まるで全身に重い石……いやそれ以上だ。  ヘビーアーマーを着込み、更にそこから鉄球を降ろしているような感覚だ。 「これは!?」 「グラビティフォールだ」  グラビティフォール。  以前、僕に妨害工作を働いていたインプのグラビティロックの上位系土属性呪文だ。  近距離を対象としたグラビティロックと違い、このグラビティフォールは遠距離を対象に発動可能だ。 「ま、まさか!」  僕は体は重いながらも周囲を見渡す。  そういえば鐘刃が召喚した魔物に確かにあの種類の悪魔がいたはずだ。 「ヒヒッ!」  下卑た笑い声が三塁ベンチ側から聞こえた。 「どうだい? オイラの呪文は」  確かに小さな悪魔がいた。  ベンチで飛び跳ねながら、僕達の苦しむ姿を見て楽しんでいる。 「お前達人間には、これからじっくりと苦痛を味わってもらうぜ」  インプは親指を下向けながら怒りの表情を出す。 「特にアラン! テメェは父ちゃんの仇だ!!」  まさか、あの時のインプの子供なのか。  それに仇ということは、あのインプは殺されたというのか。  待て、僕はあのインプを殺しちゃいない。 「な、何を言っているんだ。僕は――」 「うるせェ! 弁明なら聞きたくないぜ!!」  ベンチにいるインプは怒りで全身を震わせている。  何を言われたかは知らないが誤解だ。 「オイラの魔法で尺骨骨折だの、肋骨骨折だの、有鈎骨骨折だの、靭帯損傷だの、アキレス腱断裂だの、あらゆる整形疾患に罹ってもらうからなァ!」  調子づくインプ、怒涛の勢いで捲し立てる。  それ見たベンチにいる魔物達の様子はというと、ある魔物は笑い、ある魔物は無表情と様々だ。 「最終的にはトミー・ジョン手術やら人工骨頭置換術だのしてもらい、再起不能の生き地獄を――」 「ジュニア!」 「ゼ、ゼルマ姐さん」  インプに声を発して注意したのは、マリアムとひと悶着あったゼルマというアルセイスだ。  黒いヘルメットを被り、手にはバットを握っている。 「グラビティフォールを解除しろ。MPを無駄に消費するな」 「す、すまねェ」  インプが手をかざすと体が軽くなった、どうやら呪文を解除したようだ。  僕が一塁ベンチを見ていると、ゼルマは僕にバットを向けながら妖しく微笑んでいる。 「勇者アラン、お前との対戦が楽しみだぞ」

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