「あなたの燃える手で、あたしを抱きしめて♪」 鐘刃はロッカールームで下着を着用し、 「ただ二人だけで生きていたいの♪」 この異世界で覚えた歌を口ずさんでいる。 そして、ユニフォームに袖を通し、 「ただ命の限り、あたしは愛したい♪」 歌い続ける。 「命の限りに、あなたを愛するの♪」 『愛の賛歌』フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフの歌。 それはシャンソンを代表する楽曲と言われる。 「――心とかす恋よ♪」 シャンソン――それは人生の哀歓を謳うメロディ。 この『愛の賛歌』人間の持つ愛の素晴らしさを説く歌ではあるが……。 「フフッ……主人公達が奇跡を起こせば起こすほど……」 この鐘刃が表現する場合において―― 「私は彼らに絶望と敗北を送ってやりたい」 倒しがいのある敵対者を必ず潰したい、という歪んだ愛である。 ☆★☆ ――ザッ…… 『現れました鐘刃! やっと〝正装〟を纏った姿ッ!』 ――ザッ……ザッ…… 『その姿はこれまでの宝塚的な雰囲気と異なり正規服! 即ち〝ユニフォーム〟となりましたッ!!』 鐘刃はユニフォーム姿となって現れた。 悠々と歩き、ピッチャーマウンドへ向かう姿は静かな威圧感を感じる。 マウンドをトントンと踏み鳴らすとロージンバックを手に付ける。 ――モクモク…… 大量だ……大量に手にロジンを手に付けている。 白い粉がピッチャーマウンドで舞っていた。 ――モクモク…… それは水属性の魔法『ダイヤモンドダスト』のようだった。 ダイヤモンドダスト、それは魔力により空気中の水蒸気を結晶化させ敵を攻撃する呪文。 その呪文は非常に美しいものであるが、威力を秘めた水属性最上級魔法だ。 ――バシィッ! そのダイヤモンドダストと同じように威力のある球を投げる。 鐘刃周……ユニフォーム姿となり本気になったというのか。 『は、速い……何と申しましたらよろしいのでしょうか。速い! その一言です!』 『あの投げにくい服装から、ユニフォームに着替えることで可動域が拡がったんだろうぜ』 『ブロンディさん。だったら最初からユニフォーム姿で投げれば……』 『余裕で抑えられると思ったんだろうよ』 打者は国定さん。 一打席目はセカンドゴロに倒れた。 ライジングストームでの一撃を加えてもダメだった……次はどう対応するのだろうか。 「私の打順だが――」 国定さんは打席に入る前に相手側ベンチを見つめている。 どうやらトルテリJr.を見ているようだ。 「な、なんだ? オイラを見ているのか、あの魔法使い野郎……」 「色々と面倒なので黙っててもらおうか!」 「ぬっ?!」 ――シールレス! 「むぐぐっ!」 「これで呪文は使えまい」 国定さんはシールレスを唱えトルテリJr.の呪文を封じた。 これならばグラビティフォールは出来ないだろう。 「ジュニア!」 弟分的な存在なのであろうか。 ショートのゼルマは呪文を封じられたトルテリJr.を心配そうな顔で見つめている。 そんなゼルマを見てデホは言った。 「タネが分かれば対策は可能ってことだな」 「まさか補助魔法まで使えるとは……伝説では攻撃魔法を好んで使うと聞いたのだが」 「能力的に賢者と一緒だからな。回復魔法その他諸々出来るハズだぜ」 「ちっ……面倒な相手だ」 鐘刃はゼルマの方を向いて尋ねた。 「ゼルマよ。ジュニアがグラビティフォールを再度使えるまで、何ターンくらいかかりそうだ?」 「おそらくは数ターンかと……」 「順調にこの回が終わるくらいだな」 そう述べると鐘刃はプレートを踏んだ。 「流石は大魔導師と言ったところか」 打席に立つ国定さんに鐘刃は賞賛の言葉を贈るも、どこか見下したような感じだ。 一方の国定さんは打席で静かに構えて言った。 「正々堂々と野球勝負をしてもらいたいからね」 「全く君はまだ気付いていないようだね。第一打席で何故君にグラビティフォールを発動させなかったのか」 「そういえばそうだったな……」 確かに言われればそうだ。 国定さんの第一打席で、トルテリJr.のグラビティフォールが発動しなかった。 その疑問に鐘刃は笑いながら答えた。 「理由は簡単……実にシンプルな答えだ。君が非力な魔法使いだからだよ」 「私が魔法使いだからだと……」 「そう非力な魔法使い。バトルハンマーでさえ振り回せない細腕だ」 「スペンシーも私と同じ魔術師系の職業だが?」 「彼は特別さ」 鐘刃はチラリとネクストバッターサークルを見ていた。 国定さんの次は3番のスペンシーさんだ。 第一打席でもそうだった。あの鐘刃……いや並行世界のイブリトスは感情を込めて投げていた。 スペンシーさんとどういう因縁があるというのだろうか。 『さて……次の打者は国定造酒。第一打席では良い当たりの打球を放つもセカンドゴロに倒れました』 『真芯で捉えたけどな。それほどの球威がボールにあったんだろうぜ』 『ではユニフォーム姿となった鐘刃の球は?』 『そりゃもう……』 ――バシィッ! 「ストライク!」 『威力十分だぜ』 ど真ん中のストレートが投げられた。 国定さんはバットを振らずに見送った。 黙って鐘刃を見つめるだけだ。 (キレが増している……これが本来の力か) 腕をグルグルと回す鐘刃。 肩の可動域を確認しているかのような動きだ。 「フム……良い感じに馴染んで来たな」 鐘刃は何かのサインを出した。 キャッチャーであるアルストファーは、ハッとしながらミットを構える。 そして、何やら口が動いているのが見えた。 性懲りもなく、ささやき戦術を行っているのだろうか。 「国定さん、お気をつけなさい」 「……」 「またダンマリですか。ただこれは真剣に聞いて欲しい忠告です」 ――スッ…… 鐘刃は投球モーションに入った。 これまで以上に大きなワインドアップモーションだ。 ユニフォームを着たことにより腕や肩、体幹といった各種体の関節の動きがスムーズになったためだろう。 「ほら……一塁ベースが空いているでしょう。これが何を意味するか分かりますか?」 ――シュッ! 投げた! それは横から投げるサイドスローだ! 「一塁に走者を置いてもいい――という意味ですよ」 「……ッ!?」 (球が消え――) それは一瞬の出来事だった。 僕達は投じた変化球に目を疑った。 「なっ!?」 鐘刃が投じた球は大暴投であるのは間違いない。 『だ、大暴投だ! どこへ投げているんだァ!?』 『いや待て……横に曲がっていくぞ! 真っスラだ!』 投げた球はスライダーであるが、僕に投じたあの曲がりの大きいスライダーではない。 横に純粋にスライドしていく『真っスラ』と呼ばれるものだ。 ――バヂヂヂヂヂッ! だがその球には雷属性の魔力が込められている。 更には黒い回転の渦も交わり黒い光へと変化する――あれはまさしく! 「ブラッドサンダーッ!」 オニキアが立ち上がって叫んだ。 魔王イブリトスが僕達を全滅させた魔法だ! 彼女も投げたが、球の回転数とキレからその数倍の威力があるだろう。 あれが本当のブラッドサンダーならば危険だ。 「打席から急いで離れ――」 遅すぎた。 いや間に合うはずがない。 「ぐわはッ!!」 邪悪で無慈悲な一投。 その一撃が国定さんの背中に命中していたのだ。 「鐘刃ァ! よくもブラッドサンダーを!!」 「ブラッドサンダー? ノンノン! これはそんなものではない!」 すると鐘刃はグラブを突き立てながら叫んだ。 「これぞ我が魔球の一つ! その名はカオスボルグ!」
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