勇球必打!
ep89:二人目のアラン

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「神保さん!?」 「あんた逃げ出したんじゃなかったのか」  ドカと鳥羽さんが驚いた顔をしている。  この最終決戦ラストバトルにおいて、何の脈絡もなく神保さんが現れたのだ。  僕はてっきりサタンスカルズの超人的な野球に恐れ、他のメンバーと一緒に逃げ出したものかと思っていた。 「けっ! 今更あんたが何しに来たってンだよ!」  森中さんが黒眼鏡を光らせながら言った。  それもそうだ。この重大な局面に何故現れたのだろう。  神保さんは爽やかな笑みを浮かべながら答えた。 「私はコーチ兼任だからね。指導者として来るのは当然じゃないか」 「えっ……それはそうですが……」 「それにしても広いドーム球場だ。お客さんも一杯入っている」  神保さんは飄々としている。  それにしても―― 「湊……君がワンポイントで投げる?」 「そうです。ここは僕に任せて下さい」  白いマントを羽織る湊。そのマントは見たことがある。  『聖者のマント』聖属性の攻撃を倍加させるアクセサリーだ。 「君に任せる?」 「そうです。アランさん、ここは僕に任せて下さい」 「任せると言っても……」 「邪悪なヴァンパイアを打ち取れるのは僕だけです!」  湊は真剣な顔だ。  彼は控え投手、いざという時のための選手だ。  僕が渋い表情をしているとスペンシーさんが言った。 「私からも願いたい。この状態ではもう試合は出来ん」 「ス、スペンシーさん」 「湊は私が鍛えた可愛い弟子だ。彼の力は本物だ」  弱った仲間の願い。  ここまで言うのならば信じよう。  それが同じチームメイトというものだ。 「分かりました」  僕は監督である西木さんを見る。  西木さんは何も言わずに答えた。 「ピッチャー交代だな」  そうして、僕は湊にボールを渡す。 「頼んだよ」 「任せて下さい!」  神保さんはニッと笑いながら言った。 「勇者から勇者へのバトンタッチ。絵になるなァ」  勇者から勇者?  神保さんの謎は深まる。  どうやってここに来たのか。  逃げ出したのではなければ、どうしていなくなったのか。  だが、今はどうでもいいこと。ここは湊のピッチングに期待するしかないのだ。 ☆★☆ 『消えたと思われておりました、神保錬コーチ兼任選手! 白いマントを羽織った湊と共に現れ、投手を一旦交代! 倒れたスペンシーに代わりセカンドには河合。センターにはアランが守備についております!!』  僕はセンターの守備についた。  セカンドはネノさんがついた、ショートを守る安孫子さんは落ち着かない様子だ。  グラブを触りながら、ネノさんをチラチラ見ている。 ――バシィ!  投げる湊。  投球フォームはかなり変わった。  出所が分かりづらいコンパクトなフォームへと進化していた。 「よし。プロフェッサーとの特訓はキチンとこなしてきたようだね」 「はい」 「うむ。テンプレ的な返事で結構! 前世の記憶が蘇ってきたようだね」  マウンドでは神保さんが湊に何かを話しかけている。  僕はセンターなので遠くて聞こえない。 「フン……ザコめ。聖者のマントを装備していますが、この世界の住人が聖属性の魔法など出来るはずもない」  右打席に立つアルストファーはバットを持つ。  そのフォームはやや棒立ちだが、上半身をリラックスさせた構えだ。  遠目でも分かるがいい打者だ。下位に置くにはもったいないくらいだ。 ――サッサッ。  アルストファーは打席で一塁ベンチを見ている。  指揮官である鐘刃がサインを送っているからだ。 (むっ……1球目は見送れのサイン。鐘刃様、この程度のザコの球を見送れと?) ――バシッ! 「ストライク!」 (遅い――なんだこの遅すぎる直球は!)  1球目は高めのストレート。おそらく球速は130キロ前半だ。  僕はチラリとドームの中央の『電光掲示板』というボードを見た。 (134キロ……)  一般人なら速く感じるであろう球であるがプロ、魔物にとって見れば遅い球だ。  打席のアルストファーはまたもや打席を外していた。 ――サッサッ。  鐘刃のサインを出している。 「……ッ!」  アルストファーはそのサインを凝視していた。 (見送れのサイン――何故ですか!) ――バシッ。 「ストライク!」  そこそこのキレのあるカーブだ。  低めに決まってストライク、これでツーストライクで追い込んだ。 「大丈夫かな」  僕は一人でに声を出した。  アルストファーを追い込んだものの投げる球はどれも二軍レベル。  正直言うと、プロならば滅多打ちに出来るほどの球威しかない。 ――サッサッ。 「くっ……! 何故ですか!?」  アルストファーは打席を外して叫んだ。  納得の出来ないサインだったのだろうか。 「タイム!」  鐘刃はタイムをかけて中断する。  アルストファーを呼びつけると何やら耳打ちしていた。 「もう一度、見逃せとはどういうことですか! 私を見逃し三振に――」 「指示に従えアルストファー。どうも嫌な予感がする」 「嫌な予感?」 「あの湊という若者。どこかで会ったような気がするのだ」 ――カタカタ…… 「鐘刃様? 体が……」 「私の体が自然と震えている。この魔王転生者である私が……」 「ご乱心ですか、情けない。あなたのことを尊敬していたというのに――」 「ア、アルストファー! 待て!!」 「私はあなたの指示に従いません。あのような棒球を打ってご覧にいれますよ」 「愚か者め……どうなっても知らんぞ」  何やら言い合いが終わり、アルストファーは打席に立った。  プレイの再開だ。 「ドカ、次はあのボールを投げます」 「よっしゃ!」 ――パッ! 『ピッチャー湊! ボールをアルストファーに見せているぞ!? 何かの握りのようです!』 ――ザワザワ…… 「予告だ! 予告投球だ!」 「あの掌を開いた握りは何だ!?」  ドームにいる魔物が騒ぎ始めた。  どうやらマウンドの湊が何やらボールを見せているようだ。 『ブロンディさん、あの握りは何でしょうか』 『パームボールだぜ』 『パームボールゥ!?』 ――ギリ……  アルストファーはその握りを見て怒りを露にしていた。  打席でバットを強く握りしめ、力みが生じていた。 「こ、このアルストファーに予告投球だと」 「お前のようなヤツは許せない」 「人間風情が……」 「良い魔物も悪い魔物もいるのは知っている。その中でも、お前は完全なる外道側の魔物だ!」 「げ、外道!?」 「人の弱みをつけ込んだ『ささやき戦術』! 無関係の人間を人質にした『八百長の勧誘』! 悪は断じて許すまじ!!』 「何を偉そうに! そもそも!!」 ――ビッ! 「外道と悪は魔族にとっては褒め言葉だ!」 『ア、アルストファー選手! 今度はホームラン宣言だ!』 ――ワアアアアアアアアアア!  ドーム内の観客達は盛り上がっているようだが。 「み、湊! 相手を見くびっては……」 ――シュッ! 『湊! 投げましたァ!』  ダメだ! もう投げてしまった!  弧を描きながら変化するボールはど真ん中。  それをアルストファーは見逃すはずもなく、 「これしきのカス球! このアルストファーが引っ張って、レフトスタンドへブチ込んでくれる!」  フルスイングした。 ――ガギィ!  鈍い音がドームに響いた。 ☆★☆  その頃、ベンチ裏の簡素な長椅子にスペンシーは横たわっていた。  その傍には神保がいる。二人は何やら会話していた。 「生命樹の雫を使った。暫くすると全回復して動けるようになるだろう」 「ボーイは……ミナトは大丈夫かな」 「心配いらないよ。彼は君と冒険した頼もしい仲間なんだろ」 「神よ――あなたの悪戯には参った。まさか勇者アランをこの世界に転生させるとは」

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