「キェエエエイ――!!」 『な、何をする気だ判官! そんなことをすれば罰金か試合停止ものだぞ!?』 判官の奇声と共に繰り出された竜の如き魔送球。 ピッチャーライナーを放ったスペンシー目がけて投げ込まれる。 片やスペンシーは両の腕を組んで何も動かない――。 ――バシッ! 『アランが救ったァ――ッ!!』 僕はエアカンダスを唱え、素早く一塁へ入る。オディリスから貰ったグラブで判官の送球を止めたのだ。 「忌々しい!」 「止めろ……これは野球だ」 判官は空中に浮いたまま、僕を睨め付ける。 悪意ある送球を投げられたスペンシー、ポンと僕の肩の上に大きな手を置いた。 「ナイスカバーだ。ボーイなら助けてくれると思ってたよ」 助けることは想定済みという顔だ。スペンシーの大物ぶりを理解したところで僕はある頼み事をした。 「スペンシーさん。リカイアムで弁天を回復させてあげてくれませんか」 「私は反対だね。故意にシュートボールを頭に投げられたんだ」 スペンシーは顔を横に振った。それもそうだろう、六波羅蜜シュートで危く再起不能にされるところだったのだ。 「この通りです」 だが、僕は頭を下げた。これは野球というゲーム、僕達がいたような殺し合いの世界ではない。 「勇者に頭を下げられてはしょうがない」 スペンシーはヤレヤレという表情で、マウンドに倒れる弁天に手をかざした。 ――リカイアム! リカイアムで傷は回復、弁天は意識を取り戻した。 『弁天選手が奇跡の回復ゥ! スペンシーは現代に現れたキリストか!?』 「せ、拙僧は……」 「弁天!」 起き上がる弁天にオニキアは涙を流していた。闇の術法に手を染めたものの彼女は変わった。 仲間に対する信頼や友情というものが芽生えている。僕よりも先にそれを手に入れ、更には真の仲間というものを見つけれた彼女が羨ましかった。 「あの男……」 「竜騎士さんよ飛びすぎだぜ。普通のプレーをファインプレーに見せるのは好かんぜ」 「な、何故、竜騎士ということを――」 河合さんと判官が何やら会話している。 よく聞き取れない。 球場は観客からは拍手や声援が包み込んでいるからだ。 「プレイ続行だな」 元山が言った。そう、まだ試合中で1回も終わっていない。主審は頷き右手を掲げる。 「プレイボール!」 ――各球場の皆さん、試合途中に失礼します。 再開が宣言されたのに水を差された。 球場のオーロラビジョンにスーツを着た若い男が映り出されたのだ。 「なんやなんや」 「あいつ誰だよ」 ――ザワザワ…… 突然のことに球場にいるもの全てが驚いている。 『私は日本野球機構コミッショナーの鐘刃周と申します』 鐘刃という男は、薄気味悪いくらいの白い肌に銀色の長髪。 黒と紫を中心にコーディネートされた服装は妖しくも威厳がある。 「コミッショナー?」 僕の言葉を聞いて、スペンシーが答えた。 「ニホンの野球で一番偉い人の事だよ」 そのコミッショナーが突然何で出て来たんだろうか。今は試合中だ。 『開幕から一巡し各試合を観戦しましたが、実につまらない退屈な試合ばかりです』 ――ザワザワ…… またもや球場がザワつく、ベンチにいるチームメイトは怒り心頭だ。 「いきなり何だよ、偉そうに」 「去年、統一球を変えたのはお前か!」 ベンチでは、西木さんと赤田さんが顔を見合わせていた。何事かといった具合だろう。 「監督、誰ですか?」 「確か、昨年の統一球変更問題を巡って退任した歌藤の代わりに就任した男だ。あまり表舞台に出ることは少なかったのだが……」 ――ザワザワ…… 球場の混乱が収まらない。 突然のコミッショナー登場、そしていきなりの暴言。 そんな中、オニキアは唇を震わせて男を見ていた。 「あ、あのお方は……」 あのお方? どうやらオニキアは鐘刃と名乗る男を知っているようだ。 『今日の試合も1回から退屈なものばかり……こんな試合ばかり続けては、日本プロ野球のレベルの低下、人気低迷に拍車がかかる。そこで一つ、皆さんに提案をしたい』 ――ピッ! 鐘刃が合図するとスーツを着た男女が11人後ろに並んだ。 皆それぞれに貫禄がある。 「アラン!」 聞き覚えのある声がした。 ゲートからマリアムが飛び出して来たようだ。 「マ、マリアム!?」 「超展開に驚いて来てもうてな」 「こんな話、僕は聞いていないぞ!」 他にもMegaGirlsのメンバー、更には天堂オーナーもいる。 異変に気づいて皆来てしまったようだ。マスコットのホッグスくんまでいる。 「あ、あれは各11球団のオーナー達だ!」 天堂オーナーがオーロラビジョンに映る男女達を指差している。 ということは、あそこに映るのは各11球団のオーナーということか。 ――バァーン! 『1リーグ制の導入ッ!!』 ――バァーン! 『クライマックスの廃止ッ!!』 ――バァーン! 『コリジョンルールや危険球退場の撤廃ッ!!』 鐘刃は次々と体をうねりながらポージングしていた。 「意味不明なジョ○ョ立ちやんけ!」 マリアムも突っ込む、確かにそうだ意味不明……。 『何なら……』 ――バァーン! 『日本シリーズもいらない!』 ドヤ顔で言い放った。それは根本的なリーグ再編とルール改正だ。 「フザけんな! 1リーグ制とか何だよ!」 「危険なプレーで選手がケガするだろ!」 「日本シリーズがないなんておかしい!」 球場中の観客、選手、更には売り子の人までが大ブーイングをしている。 ――ファンあってのプロ野球! 観客達は同じ言葉の大合唱を始めるが、鐘刃は表情を歪めながら返した。 『ファンも選手も勝手すぎる! 誰のお陰でプロ野球を楽しめると思っている!!』 後ろにいるオーナー達も言った。 『選手の年棒が年々高くなっている。球団経営も苦しいんだ』 『手塩にかけて選手を育てても、夢とか何とか言ってメジャーにいっちまう』 『女性関係のトラブルも多い! 直ぐに女子アナとグラビアアイドルに手を出す!』 『誠意=お金とか平気で言う選手なんて、教育に悪うございますわ』 『直ぐにネットで暴れるファンがウザい』 『野次というヘイトスピーチが許されている』 オーナー達の目は虚ろ。口から涎をたらしながら喋っている。 明らかに何者かに操られてるような雰囲気だ。 『オーナー諸君! 大改革しちゃっていいかな?』 ――いいとも! 『 1リーグ制導入やルールの改正はどう思うかね?』 ――いいとも! 『ならば早速、革命を起こそう』 ――いいとも! 「ま、待て、待て! この天堂雄一を差し置いて――」 『ちなみに天堂オーナーは、アホで無能なので無視します』 「な、何だとォッ?!」 突然の発表とゴリ押し、騒然とする球場。 そうすると京鉄のベンチから足音が聞こえて来た。 『今から私、鐘刃周の私設球団〝鐘刃サタンスカルズ〟と野球勝負をして頂きます』 ――バァーン! ベンチから7つの影がグラウンドに乱入した。 全員怪しい髑髏の仮面を被り、黒や赤、紫で配色された野球のユニフォームを着用している。
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