勇球必打!
ep102:持ち味

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『次は8番の田中! 死滅退場したアルストファーに代わりマスクを被るホブゴブリンです!』  次は田中――同期入団であるが、田中はウルフや猪俣のように鐘刃に送り込まれた刺客。  あの時の入団テストに人の姿を借りた魔物がいるとは思わなかった。  ひょっとしたら不合格になっただけで殆どが魔物だったのかもしれない。  そう思うとゾッとする。 ――スッ……  右打席に入った田中はバットの先端を僕に向けた。  それはまるでトゲ棍棒モルゲンステルンを持つギガント系の魔物と同じ威圧感がする。 「同期対決といったところだな」 「田中、君がホブゴブリンだとは思わなかったよ」 「ふん……それよりもウルフや猪俣の仇を取らせてもらうぞ」 「あのワーウルフとオークか……」 「あの二人は同じ魔界で野球の技を磨いた仲間だったのでな」  0コマ死したブラックメガデインズ戦の時の彼ではない。  打席からは8番という下位でありながら風格が感じられる。  そう彼はただのホブゴブリンではない。よく鍛練されたホブゴブリンだ。  デーモン0号が登場するまで真の姿を隠していたかのようだ。 「君の仲間か……」 「貴様から打つことがあいつらへの弔いとなる」 「僕から打つと?」 「無論そのつもりだ」 「悪いが打たれるつもりはない……」  彼らは自分達の都合で紅藤田達を殺した。  紅藤田達はその後、ゾンビとして蘇ったが人を――それも異世界の住人を魔物が殺めることは許せない。  それに彼らは僕を殺そうとしたのだ。殺す覚悟のある者は自分が殺されてもよいと思うものだけ。  厳しいようだが田中の恨みは逆恨み、打たれるわけにはいかない。 ――スキル【殺人球活人球】発動!  これで全能力値はアップ。  何が何でも田中を打ち取ってやる。 ――ブン!  投げたのは内角へのストレート。手首付近に近いボールだ。 「ボール!」 「ぬゥ……!!」  田中は仰け反った。  もう少しでデッドボールへとなりかねないギリギリのボールだ。  だがこれでいい――内角へ厳しく攻めないと相手の打撃は崩せないからだ。 ――フッ!  続いて投げたのは低めのカーブ。 「ストライク!」  あまり変化しないのが幸いしたか、ストライクゾーンへと入った。  これでワンボール、ワンストライク……。 (なるほどな。レアスキル発動の効果で『甘さ』を完全に捨てたというワケか)  打席の田中はこちらを睨んだままだ。  次にドカが出すサインは―― (アラン! ここでクサナギシュートで仕留めるで!!)  クサナギシュートだ。  僕は黙って頷いた。ミットが構える場所は内角低め。 「いくぞ!」  自然と僕は口に出していた。  それはバットをへし折り打ち取るという気概。  もしくは三振を取るという決意の表れ。 ――クサナギシュート!  指先に風の魔力マナと闘気をミックスさせる。  僕の伝家の宝刀――魔物を切り裂く聖剣決め球だ。 ――カツーン!  音が鳴った。その音は爆発音によく似た音だった。  田中は肘を上手く折りたたみジャストミートさせていたのだ。  痛烈なライナー性の打球。左中間を見事割っていった。 「ク、クサナギシュートが!?」 ――ワアアアアアアアアアア!  ドーム内の魔物達の歓声が響いた。  打った田中は一塁を周り二塁へ、一塁にいたべりきちは三塁へと滑り込んでいた。  これでツーアウト、二三塁のピンチだ。 『田中! アランの切れ味抜群のシュートを打ち砕いた!』  僕の決め球であるクサナギシュートが打たれた。  そのショックは僕の中で大きかった。  ここまでレアスキルにより能力を底上げしてきた。  その状態で伝家の宝刀であるクサナギシュートを打たれてしまったのだ。 「クサナギシュート敗れたり!」  二塁上の田中がニタリと笑う。 ――ガクッ!  僕はマウンド上で膝が崩れてしまった。  デホの時は違う悔しさがある。  自慢の決め球を田中にいとも簡単に打たれてしまったからだ。 「アラン、しっかりしな」  ネノさんが声を掛けに来てくれた。 「ネ、ネノさん……」 「クサナギシュートだからといって万能じゃない」  確かにそうだ。  クサナギシュートだからといって完璧に打ち取れる変化球ではない。  思ったより真ん中よりに入って打たれた――それだけだ。 「ありがとうございます」  礼を述べるとネノさんは僕の背中をポーンと叩いた。 「次はあの鳥野郎だ。しっかりと抑えなよ」  そう次の打者は9番のフレスコム。  鳥人間フレースヴェルグであるが翼はない、ネノさんに斬り落とされたからだ。  最初の打席ではストレートで三振を奪っている。 「クワカカカッ!」  左打席に入るフレスコムは何故か高らかに笑っていた。 「先輩方の打席で貴様の球筋を読ませてもらったぜ!」  バットを短く持ち打席に立っている。  最初の打席とは違いスタンスは広めだ。  それに重心を深く落としている。 「クワカー! 『翼を失った鳥』という新しい個性を手に入れたぜ! そこのくノ一には感謝するゥッ!!」 「あ、あの鳥、突然どうしちまったんだ……」  様子が変わったフレスコムにネノさんが驚いている。  翼を失った鳥人間フレースヴェルグ――  本来であれば落ち込むか、怒り狂うものだが、どうも違っている。  デーモン0号がベンチから声を出した。 「この世界に翼があっても飛べぬ鳥がいる! その鳥達は己の個性を生かし力強く生きている! 飛翔能力が欠けようとも代替手段を見つけ、その能力に磨きをかけている!!」  翼があっても飛べぬ鳥?  疑問を持つ僕に答えるようにデーモン0号は言葉を続けた。 「ダチョウ! いやヒクイドリになるのだ!」  ダチョウ? ヒクイドリ?  転移した世界にいる生物の名前だろうか。  いやそんなことはどうでもいい。僕はここで打ち取り0点に抑えるしかない。  僕はまず低めへのチェンジアップを投げた。 「ボール!」  まずはボール。これは撒き餌だ。  次は高めへのストレートを投げる。 「ストライク!」  ワンストライク、ワンボール。  ここまで全く手を出さないフレスコム。  続いて内角へのクサナギシュートを投げた。 「ストライク!」 「クワカカカ……」  ストライク判定であるが、フレスコムはわらっていた。 「こんなものが決め球ウィニングショットだったとは……」 「何が言いたい」 「キレがないぜ。もしやお疲れかい?」  お疲れ?  そんなはずはない。  僕はスキル【律動調息法】を発動させている。  疲れなど微塵もない。 (この鳥が言うとることは間違いやない……何か球が急に悪くなっとる……いや今は惑わされたらアカン)  ドカが淡々とサインを出している。  次はストレートのサイン。フレスコムを三振させた球だ。  ならばアウトを取るならば―― (闘神ストレート!)  僕は腕をしならせ全力のストレートを投げる。  闘神ストレート! 会心の一撃必倒の球だ! 「クワカアアアァァァッ!」 ――カツーン! 『だ、大根斬りイイイィィィ!?』  フレスコムはノーステップで打った。  それは野球を始めた当初の僕がやっていた大根斬り打法だ。  ボテボテだが三塁の森中さんが猛チャージしてボールをキャッチ。 「こんにゃろ!」 ――フッ!  森中さんは帽子を飛ばしながらスローイングする。  ここでアウトにすれば―― 「セーフ!」 「なっ?!」  フレスコムは快足を飛ばしてセーフとなった。  まさか、鳥人間フレースヴェルグの足がこんなに速かったとは……。  その隙にベリきちは本塁へと突入し1点を返されてしまった。 『BGBGs1点を取りました! これで8-2!』  デーモン0号は不敵にベンチで微笑を浮かべている。 「フッ……獲物をその鋭い足の爪で捕獲する鳥人間フレースヴェルグだ。俺が思った通りの強靭な足腰……9番に置くのはもったないほどの脚力。それがお前の個性! 即ち『持ち味』だ!!」  一塁上のフレスコムは嬉しくてたまらないようだ。 「クワカカカ! これが俺の『持ち味』! もう翼なんていらないくらいだぜ!!」 「何かを得れば何かを失う、その逆もしかり! 何かを失えば何かを得る! これぞプラスマイナスゼロの森羅万象のことわり! 良い働きぶりだったぜフレスコム!!」 「ありがたき幸せェー!」  魔物の個性を見抜き的確なアドバイスを送るデーモン0号……。  僕達はとんでもない敵と今戦っている。

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