スペンシーさんは確かに言った「カオスボルグを投げろ」と。 あのブラッドサンダーを応用した魔球は驚異だ。 例え当てたとしても、バットがへし折れるほどの威力があるのだ。 それにあの速度と変化量だ、攻略するのはかなり難しい。 いや……そもそもミットに目掛けて投げるハズがない。 「カオスボルグを投げろだと?」 鐘刃は顔は険しい、殺気がだだ洩れだ。 そもそもスペンシーさんとどんな因縁が……。 あいつは第一打席でも、当てる気満々でカットボールを投げた。 「どうしたのかね? 君の得意としているボールを投げたまえ」 「先程の光景を見ていなかったのか、大僧正よ」 「見ていたさ、見たからこそ打てる自信がある」 「傲慢なる自信だな」 「私は君を一度倒しているからね」 その言葉を聞いた、鐘刃の目の色が変わった。 「死にたいようだな」 鐘刃は何やら小さく呟いている。 ――暗黒の渦と黒き雷鳴よ、互いに喰い尽くし、混じり合い、哀れなる愚者を葬らん! 「ブラッドサンダー最大出力だ! お望み通りに暗黒の魔球を投げてやろう!!」 黒い雷光が鐘刃を照らす……。 球場にいる僕達も魔物達も皆が緊張が走る。 『鐘刃コミッショナーが黒い発光体で輝いています! 先程のカオスボルグを投げようというのか!』 『デンジャラスだぜ……あの真っスラを内角に投げられてみろ。死ぬかもしれん』 『ど、どういう意味ですか、ブロンディさん』 『あのクラウチングスタイルだよ――位置が低い分、頭部に当たる確率が高くなる』 『な、なんと!』 転生魔王の魔力が最大限に放出されている。 やはり危険だスペンシーさん。 「逃げて下さい!!」 「ラスボスの前に『にげる』というコマンドはない」 どんな因縁があるかは知らない。 だが、このままではスペンシーさんはカオスボルグの直撃を受ける。 鐘刃は野球というルールの中で殺そうとしているのだ。 あいつは必ず当てる。 「西木監督!」 僕は西木さんを見るも腕を組んで黙っている。 西木さんはチラリと僕を見て、 「ここはプロフェッサーを信じるしかない」 と言った。 僕も信じたいが相手が悪すぎる。 「で、ですが……」 「君は仲間の力を疑うのか!」 その声はスペンシーさんだ。 「勇者アランは仲間の力を信じていたよ」 「仲間の力を――」 「私は別の時間軸の君と冒険を共にした。このような絶体絶命のピンチの時でも仲間を信じていたよ」 「スペンシーさん、あなたは一体……」 「我が職業は大僧正! 聖なる力により! 勇者アランと共に魔王イブリトスを滅した者だッ!!」 そうか……鐘刃は別次元の世界にいた魔王イブリトスの転生者。 僕が無事にクリアした世界線があるならば、スペンシーさんはその時の仲間だったのか。 どういう経緯でこの世界にやってきたかは分からないが、そんなことはどうでもいい。 僕が僕の仲間の力を信じていたのならば―― 「スペンシーさん、あなたに任せます!」 「いいぞボーイ、その言葉を待っていた」 「絶対に打って下さいよ!」 「もちろんだ。ここでダメ押しさせてもらう!」 スペンシーさんは自信満々の顔となる。 何か策があるのだろう。 「私も最大出力で聖闘気を繰り出させてもらおう!」 握り締めるバットが光り輝き始めた。 あれは闘気と聖属性を上手く配合した聖闘気。 ある国の神殿騎士達が、邪悪なるものに倒すために開発した技と聞いたことがある。 「闇属性に対抗できるのは、私の聖闘気のみ!」 そうか! 闇属性に相反するのは聖属性だ。 あれならばカオスボルグを攻略できるかもしれない。 「属性で攻略? 私のカオスボルグを嘗めているのか――アルストファー!」 「ハッ……如何されましたでしょうか」 「いざとなったら逃げても構わんぞ、消しカスになるかもしれん!」 「……ッ!?」 「骨も何も残さん! 確実にディードの転生者をコ・ロ・ス!」 ――ゴ"オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"! 黒いオーラが天井まで伸びている。 怒りの効果で魔力が増幅したのだろうか。 「ぐっ……」 その瘴気の影響かセカンドのデホがうずくまっていた。 ファーストのブルクレスがすかさず声をかけた。 「大丈夫かデホ!」 「人間には辛いぜ――こんな禍々しい魔力のオーラを浴びせられたらよ」 「俺も一緒だ」 「へへっ……お前もかよ。よく倒れないな」 「戦士はHPが高いなのでな」 二人のやりとりを見るショートのゼルマや、サードのレスナーは互いに顔を合わせている。 「人間とは何とも脆いものだな」 「――とはいえ鐘刃様はお怒りだ。守備を深めにした方がいい、我らまで巻き添えをくらうかもしれん」 「そうだな」 ゼルマは内野や外野陣にサインを送っている。 ヒロ、フレスコム、ベリきち達はドームの壁まで密着するまで移動している。 「外野の守備位置が深すぎないか……?」 「クワカァー! 黙って指示に従え新入りィ!」 「全力で投じられるカオスボルグは威力抜群だからなァー!」 守備位置は深め――これで準備は完了か。 ドス黒いオーラを放ちながら鐘刃は投球モーションに入っている。 いよいよ――カオスボルグが投じられるか! 「うわあああっ!」 主審の万字さんは悲鳴を上げるも動けないでいる。 プロフェッショナル意地か!? (こ、怖エエエェェェ!) いや――恐怖で足が動けないだけのようだ。 バッテリー組むアルストファーは立ち上がっている。 すぐさま脱出出来るように動きやすい体勢を作っているのだろう。 「私はいざとなったらテレポレートで脱出します。あなたも逃げ出す準備をしてはいかがかな?」 「ヴァンパイアよ。『にげる』というコマンドはないと聞いていなかったのかな」 「我々のような魔物は『にげる』という行動があるのですよ」 「羨ましいことだ」 仲間と敵が会話する中―― 「消え去るがいい! NPBコミッショナーに逆らうプロ野球選手よ!」 いよいよ魔王転生者の球が……。 ――ブゥン! 投げられた! ――ゴオ"オ"オ"オ"オ"ッ! 轟音と! ――バヂヂヂヂヂッ! 黒い稲光を伴いながら! 攻撃対象はスペンシーさんだ! 「ボーイ達も参考にするといい!」 そう述べ僕達の頼れる大僧正は逃げずに立ち向かう! 「内角打ちの極意はッ!」 ――聖闘気全出力解放ッ! 「回転力! 上半身を上手くリラックスさせ肘を抜くこと! そういった技術が必要だが――」 ――特技【聖十字撃】! 「恐怖に真正面から立ち向かうことだァ!」 スペンシーさんの一閃が振り抜かれる。 白い光と黒い光の勝負の行方は――
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