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――トントン……  僕は地面を軽く踏み鳴らした。  足で踏む感覚は確かにある。  どうやらここは死後の世界ではない――と思えばいいのかな。  どういったイベントが発生したのかはわからない。  ひょっとしたら魔王軍の罠的なものかもしれない。  だが、イベントが発生した限りはクリアしていかなければ……。 「次、始めるぞ」  遂に僕の順番が回ってきた。僕は力を抜く。  直ぐに動くためには、一切の無駄な力はいらない。  そして、神経を集中させ棒立ちに近い状態で立つ。  立つ場所は白いラインより前だ。 「よーい……」  横に並んでいる他の人達は半身に構えている。  おそらく走る準備だとは思うが僕はしない。  無駄な体力を使わなくてもで大丈夫だ。 「スタート!」 ――ダッ……!! 「お前何してンだよ! 走るんだよ!」  僕の後ろに並んでいた若い男の人が言った。  気付くと、一緒に並んでいた人達はもう走っている。  そうか、もうというやつは始まったのか。  ならば……! 「エアカンダス!」  風属性の補助魔法『エアカンダス』。  対象者の素早さを向上させる魔法だ。  魔法を得意とする僧侶のような職業にはかなわないが、これくらいの魔法なら勇者である僕でも出来る。  真っすぐ走り抜ける。  遅れて出たものの、他の人達を僕は悠々と抜き去っていった。  あっという間のゴールだ。 ――カチッ……  ゴール先には男の人が立っていて、何か黒い固形物を持っている。  手に持ったものを見つめるとワナワナと手が震えている。  ちょっと苦笑いを浮かべているが、額からは汗が流れている。  一体どうしたんだろう。 「記録は?」 「あ、あはは……西木にしきさん見て下さいよ」 「こ、これは?!」  黒い固形物を持っている男の人の傍には、先程のへの字口の男の人がいた。  あの男の人は『ニシキ』という名前らしい。  ニシキという人も、その黒い固形物を見て驚いているようだ。 「ご、5秒7だと?! オリンピックレベルじゃないか!」  何を驚いているんだろう。  ニシキと呼ばれた男の人だけじゃない。  テストというイベントを受けていた他の人も同様だ。  驚くべきことじゃない。  簡単な魔法で、初級クラスの魔導師ソーサラーなら誰でも出来る基本呪文だ。 「お前、名前は?」  ニシキという人が走って僕の元へ駆け寄って来た。 「ア、アランといいますけど」 「どこで野球をやっていた」 「ヤキュウ? 何ですかそれは」  僕は困惑した。  エアカンダスで驚かれるのも不思議だし、ヤキュウという言葉の意味も分からない。 「ベースボールだよベースボール! 日本語が流暢なのに『野球』という単語を知らんのか」  ベースボールって何だろう?  ますますワケが分からなくなる。 「西木さん……ちょっと」  男の人が、ニシキさんに声を掛けた。  先程まで興奮していたニシキさんは、ハッと我に返ったようだ。  コホンとせき払いするとキリッとしながら言った。 「50メートル走が終われば遠投のテストだ。暫くあそこで待っておけ」  ニシキさんに指示されるまま、僕はテストが終わった人達のところで待機することにした。 ☆★☆  僕は白い玉をワシ掴みして投げた。  その玉は赤い糸が縫い込まれている。 「何だあの握り方は?」 「シロウトさんじゃね」  後ろからクスクスと笑い声がする。  そんなにおかしいかな……僕はいつもこの握り方で投げてきたんだが。 ――ピーッ!  笛の音がした。投擲の合図だ。  何でも、白いラインから出ないように玉を投げて距離を競うイベントのようだ。  僕は忠実にイベントに沿って思いっきり投げることにした。 ――シュルルッ!  投げた玉は低い弾道で飛んでいく。  玉はコンと遥か先にある大きな緑の壁に当たった。狙い通りだ。  僕は他の人達よりも遥か遠くに投げれたことは言うまでもない。 「け、計測不能……」  遠くに手を上げている人が大きな声でそう言った。  ニシキさん達は目を丸くして何やらブツブツと言っている。 「いや……160mくらいは飛んでいるハズだ」 「あんな無茶苦茶な投げ方なのに」  僕は、スキル【投擲とうてき】を発動させただけだ。  文字どおり物を投げるだけの単純な能力。  空中に浮かぶロックバードやワイバーンと対峙する時に使う遠隔攻撃用のスキルだ。  そのスキルを用いて玉を大きな緑の壁に向かって投げた――それだけだ。 「身体能力は申し分なし――後は実技がどれほどのものか」  ニシキさんは、ずっとこちらを睨んでいる。  正直言うと怖かった。  あの目は相当な修羅場を潜り抜けた目つきだからだ。 ☆★☆  ここまでテストというものを通過したのは、僕を含めて数名だけだ。  あれだけ大勢いた人達はいなくなっていた。  その中には、僕に声を掛けてくれた黒髪の男の子もいた。 「アンタも残ってるとはな」 「君は?」 「俺の名前は黒野秀悟くろのしゅうご、ピッチャーだ」  クロノというのか。  それにしてもピッチャー?  どういう職業クラスだろう。呪文や特技はどんなものを……。 「君の得意は?」  僕はつい尋ねてしまった。  パーティに選ぶメンバーは慎重だった。  有能な呪文や特技、スキルを身に付けていないと冒険の旅を共にするのは厳しい。  行く先々で凶悪な魔物や魔族と戦わなければならないからだ。 「俺の得意? カーブかな。一番自信があるのはストレートだけど」  カーブにストレート?  初めて聞くような呪文だ。  僕が不思議にクロノを見てると、彼はニヤッとしながらこう言った。 「どうでもいいけどさ。アンタ、あんだけ無茶苦茶なフォームでよくここまで残ったもんだぜ」 「――無茶苦茶?」 「お前さ、本当に野球やってたのかよ。遠投の時もボールを鷲掴みしてたしよ」  投擲のテストのことを言っているようだ。  玉の握り方、投げ方のことだろうか。  何の間違いがあるのかわからないが、これは自然と覚えたものだ。  僕達が話していると、ニシキさんがこちらをジッと見て注意した。 「そこ! 私語は慎むように」 「ヘイヘイ」  クロノは面倒臭そうな表情だ。  僕と同じくらいの年齢なのに、ニシキさんに臆していないようだ。  彼もそれなりに経験を積んだ冒険者なのだろう。  肝が据わっている。 「次は野手と投手に分かれ守備を見させてもらう。野手はグラウンドへ、投手はブルペンで実技だ」  ニシキさんがそう述べると二つのパーティに別れた。  僕はワケもわからずクロノの後についていこうとしたが――。 「おいおいどこへ行くんだ、お前は野手だろ。ここに残れ」 「えっ……は、はい」  ニシキさんにまた注意された。  僕はどうやら〝ヤシュ〟というパーティチームに残らなければならないようだ。  次はどんなイベントが僕を待ち受けているのだろうか。

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