勇球必打!
ep28:補強戦力ブルース

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「ブルボンさんも楽しめよ」  ここは北海道すすきののナイトクラブ『Anarchy』。  道内では有数の高級クラブである。きらびやかなライト、賑やかな音楽、美しい女性――  メガデインズ通訳のブルボンは戸惑っていた。 「明日は早いで、新監督の発表もあるし……」 「うるせェな。真面目かよ」  北海道カムイとの試合が終わり、ハイデンとベールは通訳のブルボンを連れて夜の街に繰り出していた。  ハイデンを取り囲む女性達。スパニッシュ風味の日本人女性がブルボンの顎を撫でながら言った。 「そうよブルちゃん、もっと盛り上がりましょうよ♡」 「あ、あきまへんて! 飲み過ぎると明日に響きまっせ!」  なまめかしい女性がグイとブルボンの顔を動かす。 「ちょっと私を見なさいよ」 「おうおう! 嫉妬されてんぞブルちゃん。HAHAHAHAHA!!」  ハイデンはそう笑いながら酒を一気飲みした。周りの女性達は大盛り上がりである。 「凄いわ!」 「カッコよすぎ♡」 「流石は元メジャーリーガー♪」 「へへっ……小遣い稼ぎをしたら、ミーはさっさとメジャーに戻るぜ」  ハイデンは酒に酔いながら本音を漏らした。  こんな小さな島国でのスモールベースボールには飽き飽きしていたのだ。  野球はビジネス。それがハイデンの野球哲学だ、それは相棒のベールも同じであろう。 「それよりベールのやつ遅いな」  ブルボンの額には、いつの間にかキスマークがついている。 「トイレに行ってから遅いでんな」 「ちょっくら見てくるわ。お前はそこの嬢ちゃんと楽しんどきな」 「えっ……ちょ、ちょっと!」 ☆★☆ 「ベール、ウンコしてんのか」  ハイデンはナイトクラブのトイレに来たが誰もいない。  店の中とは違いここだけ静かだ。 ――ガタガタ……  トイレの扉から音がする。 「頼むぜ全く。日本人の女とパコるんならホテルでやれよ」  ハイデンはニタニタしながら扉を開けると―― 「う、うわァ?!」  そこには血まみれのベールがいた。  金魚のようにパクパクと口を震わせている。 「Prof.だ……」 「プ、プロフ?!」 「教授だ……あの人が来日……」  その言葉を残してベールは気を失った。 「お、おい教授って何だよ! 誰の事だよ!!」 ――カツーン……カツーン……  乾いた革靴の音が室内に響いた。 「Mr.ハイデン。君はそこのベールと共に観光旅行に来たのかね?」  老獪オールドな声がした。  それは静かにゆっくりとハイデンの耳元で囁かれた。 「昔、言ったね。『一つ一つのプレーを反省し、ベストを尽くすべきだ』と――」 ――カタカタ……  ハイデンの体が震えた。  それは自分が新人だった頃の思い出、守備の怠慢プレーでチームは敗北。  一人ベンチで不貞腐れていた時のことだ。 「一つ一つのプレーを反省し、ベストを尽くすべきだ」  調整のためにマイナー落ちした大物メジャーリーガーに言われた言葉だ。  グリーンボーイだったハイデンは逆上、その大物の胸ぐらを掴みかかるが……。 「若気の至りか、ならば私も君の熱い気持ちに応えてあげよう」  ――半殺しにされてしまった。  その時の痛みと恐怖感を未だに覚えている、要はトラウマだ。 「君はメジャーリーグの名誉を著しく汚した」 「ゆ、許し――」 ☆★☆ 「何とか逃げれたわ」  ブルボンはナイトクラブから脱出、顔はキスマークだらけになっている。  こういう場所は明るくも真面目なブルボンにとっては苦痛以外何物でもない。  ハイデンとベールのことは気になるも、早く遠征先のホテルに帰らなければならない。  明日は移動日でバスの出発時間が早い。大阪に戻ったら新監督の発表があるのだ。 ――トントン……  後ろから肩を叩かれた、少し暖かくモフモフとした肌心地。  恐らく人間ではない何かであることは分かる。  ブルボンは冷や汗をかきながらも叩かれた方向を見た。 「わわっ!? ホッグスくんやないか!」  着ぐるみが立っていた。  ホッグスくん、メガデインズのマスコット。  ハリネズミをイメージした可愛らしいキャラクターである。  夜のすすきのの街、着ぐるみ姿で怪しさ満点だが、通行人が写メを撮っている。 「かわいい♡」 「こっち向いて!」  ホッグスくんは手を振って応える。 「大阪でもないのに何でホッグスくんが……」 ――キュキュッ……  ホッグスくんは、どこからともなくカンペを取り出して書き始めた。 『お楽しみだったね』  それを見たブルボンは首と手を横に振る。 「もう勘弁やで。あんなところおったら頭がおかしくなるわ」 『真面目だね。ところでアホの二人はどうした』 「いや……たぶん店の中やわ」 『ヤツらどうしようか。解雇してやろうかな』 「そんなこと出来ますんかいな。契約云々ありますんやろ?」  ホッグスくんは指でグッドサインを作る。 『本人達が言えば大丈夫だ』 「そんなこと出来るんかいな?」  カンペに文字を書こうとしたホッグスくんであるが、紙がキレてしまっていた。  夜のすすきので待ち行く人と会話と筆談した結果らしい。 「紙切れたんか……」  ホッグスくんは頭をかきながらコクリと頷く。  かくなる手段はノンバーバルコミュニケーションだ。  腕を下から上に振り上げ歩き始めた。 「こっちへおいでよって意味かな?」  ブルボンは黙ってホッグスくんの後をついていく。  夜のすすきので、通訳と球団マスコットはどこへ行くのか。  北海道のサラリーマンやOL、あるいはその筋の人達にジロジロ見られながら歩く。 (どこまで歩くんや)  30分間は歩いただろうか、ブルボンは不安になり始めた。  このホッグスくんは本当にホッグスくんなのか……不安が恐怖を生む。  その恐怖感が出たところでやっとホッグスくんの足が止まった。  来たところは街外れの古い喫茶店、夜中なのに店は開いているようだ。 ――キィ……  店に入ると一人の白人男性が、クラシックを聴きながらコーヒーをすすっていた。 「この『人面樹のコーヒー』とやらは正直言おう……苦くてマズイ」 ――コト……  男は静かにコーヒーカップを置いた。  服装はトレンチコートを着て、顔には年輪の如くシワが刻まれている。  風貌はオールド……つまり年寄りだ。年寄りと言えど40歳よりは前のベテランの風格。  大きい体である、肩幅も広い、指も太い。何かのスポーツをやっていることは確かだ。 「でも、苦くてマズイからこその人生。だから味わい深くなる」 「プ、プロフェッサー?!」  男の名前はデリル・スペンシー。  ニックネームは『プロフェッサー』――36歳の生きた伝説である。 ☆★☆ ――ブン!  雷鳴が轟くようなスイング音が響く。  ここは『阿亜亜亜ああああ寮』。  浪速メガデインズの新人や若手選手のために建てられた選手寮である。  その室内トレーニング場にて素振りする男がいた。彫り深く一見すると外国人のような風貌。  名は国定造酒くにさだみき、補強戦力として入団した男である。 「いいスイングしてるじゃないか」  国定が声の方を振り返ると面長で背の高い男がいた。  男の名は当金駿、数年前にドラフト1位に指名され入団。  身体能力が高く、瞬足と強肩が持ち味。試合では代走や守備固めとして重宝しているが、昇格と降格を繰り返している。  云わば燻っている男である。 「当金……」 「久しぶりだな、野球賭博野郎。風の噂では野球後進国のイタリアで遊んでいたとか」  気まずい空気が流れていた。  野球賭博とは反社会組織などが胴元となり、試合でどちらが勝つか賭けさせる賭博のことである。  無論、法律上禁止されている。  しかし、プロ野球関係者が関与した場合が大問題である。  それは『試合での八百長』という問題に発展しかねないからだ。  長いプロ野球の歴史において、この野球賭博に関わったために永久追放等で選手生命――いや社会的に抹殺された者は多い。  当金の口ぶりでは、この国定は過去に野球賭博と関わっていたのだろうか。 「同期入団としての好みだ。早く球団に退団を申し入れな」 「それは出来ない。私はオーナーの強い要望を受けて入団したんだ」 「気に入らねェ……野球を裏切ったてめえが何で即一軍なんだよ」 「数年前は互いにレギュラー争いをした中だったね」 「それは昔のことだ――」  当金は国定にボールを投げ渡す。  空中に放り投げられたボールを国定は無言でキャッチする。 「何が言いたいか理解わかるか?」 「野球勝負……それもどちらがはやく正確に投げられるか。私達がルーキーだった頃によくやった遊びだ」 「古めかしい西部劇風のお遊び。あの時はゴムボールでやったが――今度は硬球だ」  二人にそれ以上の言葉はいらなかった。  互いに黙って近付き背中を合わせる。 「1……」  一歩。 「2……」  一歩と。 「3……」  踏み出す両者。 「4……」  しんと静まる室内練習場。 「5!」  そして、二人は迅速に向き合うと……。 ――ゴッ!  片方は立ち、片方が倒れ臥せる。  生き残ったのは……。 「当金……君は長い2軍暮らしで、技も精神もやさぐれてしまった」  国定造酒であった。

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