勇球必打!
ep13:エンカウント試合

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「投げるときは腹筋を使え! 送球するときは低く投げろ!」  西木さんの檄が飛ぶ。 「バットを強く握りしめるな! 頭の先から尻の穴まで串を刺したような状態をイメージして振れ!」  日が暮れるまでバットを振りボール投げる。 「そこ手を抜くな! 疲れた時が勝負だぞ!!」  キャッチボール、素振り、ランニングと基礎練習中心だ。  1週間――2週間――地味な経験値稼ぎが進んでいく。 「疲れた……これじゃあ遊ぶヒマもねえわ」 「基礎練習ばかりだぜ、学生野球かよ」  紅藤田達ベテラン勢は不満たらたらだ。  が逆に僕にとっては好都合だった。  スキル【野球】の技術的な基礎を学べるのはよかった。  身体能力頼みだったが、徐々に技術が向上していくのが分かる。 「今日の練習はここまでとする」  西木さんの一声でキャンプの第2クールも無事終了。  パーティメンバーは皆、ヘトヘトに疲れた様子だ。  僕はそれほど疲れてはいない、まだ余力がある。  過酷なダンジョンに比べればどうということはなかった。 「おい、アラン」  スキンヘッドの厳つい中年男性に呼ばれた。  この人は赤田翔あかだしょうヘッド兼打撃コーチ。  プロ野球選手の特技である【バッティング】を伝授してくれる人だ。 「いつでも準備をしておけよ」  僕は首を傾げる。  準備とは何を意味するのだろうか? 「赤田さん、準備って言うのは?」 「そのうち分かる」  赤田さんはトロルのような顔に似つかわしくない笑みを作った。  僕は首をかしげるばかりだった。 ☆★☆  翌朝、僕達二軍は集められていた。  皆、突然のことに驚いた様子だった。  通告なしに今日は練習試合を行うというのだ。 「今から練習試合?!」 「相手はどこの球団ですかい」 「社会人野球のムツラ自動車だ」  西木さんの話を聞いた、ベテラン組は余裕の表情が現れた。  僕はよく知らないけど、相手は弱いのだろうか。 「アマチュアか」 「楽勝だな。最近じゃあ都市対抗からも遠ざかっているところだろ」 「自信満々だな、それではスタメンを発表するぞ」  スタメン発表される中、河合さんはベテラン組と違い真剣な表情だ。 「どうしたんですか?」 「あそこにいるヤツを見ろ」  敵パーティは既に球場に来ていた。  紺と黄色を基調にしたユニフォームを着用している。  その中でツリ目の男が特に目立っていた。何となくオーラがある。 「うちに入団する予定だった山芳英郎だ」 「凄いんですか?」  河合さんは言った。 「アマ球界じゃ超有名人だぞ。実力はプロ級だ」 ☆★☆  メガデインズのスタメンはほぼ中堅からベテランが中心だ。  先発は紅藤田、途中までは余裕で抑えるも……。 ――カツーン! (バ、バカな……この紅藤田様がアマチュアに?!)  スコアは3-2と負けていた。  継投を繋いで粘っているも、5回以降は押され気味だ。 「ストライク! バッターアウト!!」  頼みの打線も6回裏の2点のみ。  9回裏、四球により一塁走者を置き、代走は足の速いウルフ上田。  山芳は2失点したものの完投ペース、余裕たっぷりの表情だ。 (灰色のチーム……負け犬集団に入らなくて本当に良かったぜ)  一方の僕達には重い空気が流れていた。  最初は明るかったベンチも回が進むごとに暗くなっていくのが分かる。 「アマチュアに何で」 「俺達はプロだぞ?!」  何名かの選手は現状に納得できない様子だ。  だが現実は残酷だ。僕達は負けているのだ。 「嘗めるからだ」  西木さんがポツリと言った。  その様子を見て赤田さんも続けた。 「あそこは都市対抗出場を目指しチームを強化中なんだ。全国から有望な選手を集め、プロ顔負けの練習量をこなしていると聞く」  二人の厳しい言葉は続く。  まずは赤田さんからだ。 「お前らはプロだけど練習しとるか?」  最後は西木さんが短くも鋭い言葉を投げかける。 「頑張りを諦め、努力を嘲笑うものに勝利の女神は決して微笑まん」  中堅からベテラン勢はすっかりと意気消沈としていた。  それでも中には反論したい者、あるいは気に入らない様子の者もいる。  西木さんはへの字口を崩さず立ち上がった。 「代打、碧」  審判に何か伝えたようだ。  西木さんはジッとこちらを見ている。 「お前呼ばれたぞ」 「何が?」  河合さんに促されるも僕は自分が呼ばれたことに気付いていない。  アランではなく、アオイと呼ばれたからだ。 「アラン! さっさと出んか!!」 「は、はい!」  西木さんに怒鳴られた。  僕は急いでバットを持ち、バッターボックスに向かった。 「サインはなしだ。思いっきり振ってこい」  後ろから赤田さんの声がする。  サイン――ああ、あの面倒な暗号みたいなものか。 (外国人か?)  山芳がこちらをチラチラ見ている。  半身の姿勢でグラブをヘソにつけている。あれがセットポジションというやつか。 (まっ……いいか)  セットから山芳は素早く腕を振って来た。  投球スタイルはスリークォーター、肩口からキレのあるボールが投げ込まれる。 「ストライク!」  審判の声が響く。 (何だコイツ。ずっと棒立ちで素人みたいじゃん) 「ストライク!」  速い球が投げ込まれる、僕はあっという間に追い込まれた。 「あっちゃ……大丈夫かよあいつ」 「バットを一回も振ってないぞ」  チームメイト達の心配そうな声が聞こえた。  ここまで2ターン……補助スキルを発動させるには十分だ。 (最後はスライダーでトドメだ!) ――ブン!  3球目が投じられた。  球は横にスライド回転している。  外へ逃げるので見逃せばボールだが……。 ――3ターン! 「今!」 ――カーン!!  乾いた音が小さなコロシアム……いや球場に響いた。  球はライト側への逆方向へと大きく空を舞った。 「見逃せばボール球じゃん!」 「すっげえゴルフスイング」  僕は球の行方を見守る。  一方の山芳は腰に手を当てて余裕そうだ。 「大飛球だが、ありゃライトフライだね」 ――フッ…… 「あんな体制が崩れたクソスイングで――」 ――ガコン 「ほげっ?!」  球はグングン伸びていきフェンスを越えた。どうやらホームランというものらしい。  僕はゆっくりとダイヤモンドを一周する。サヨナラ勝利だ。 「ウソだろ」  山芳はガックリとうなだれる。  僕が発動したのは【集中】と【両手持ち】。  対象への命中率を高め、持っている武器の威力を2倍にするスキルだ。 「見事な悪球打ち!」 「イースラー!」  僕は頭を小突かれ仲間達に手荒い歓迎を受ける。  何にせよ、唐突なエンカウントバトルは終了した。  このムツラ自動車との試合以降、多くの選手は真面目に練習をするようになった。  プロ以外に負けかけたこともあるだろうが、一番は西木さんの言葉だろう。 ――頑張りを諦め、努力を嘲笑うものに勝利の女神は決して微笑まん。  その言葉は灰色のチームに一つの炎を灯したようだ。

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