野球、それは白いボールのファンタジーだった。 様々な世界を旅したラウスではあったが、これほど驚いたイベントはなかった。 たった一つのボールで人々は一喜一憂、勝っても負けても人間の感情は全て出てくる。 (凄いな野球!) 素直な感動であった。 人間が作り出した〝野球〟という〝ダイアモンド〟に神として感動していた。 (人は何というものを作り出したのだ!) そう思ったときだ。 「観客が少ないでしょう」 「ん?」 「球団を持ったのはいいのですが『メガデインズは弱い』……この事実は変わりません」 「今日、勝ったじゃないか」 「100試合以上のうちのたった1勝。それもやっとこさ連敗がストップしたところです」 天堂は言った『100数試合で勝ち続け1位にならなければならない』と。 そして『日本シリーズ』という日本最高峰の試合に勝って日本一になりたいと。 それが天堂の夢であり、こんな弱小チームを応援してくれるファンの願いだと聞かされた。 少しでも生まれ育った街の人々にちょっとした生きる活力を……皆に勇気と希望を与えたいのだと。 「なるほどね」 ラウスはストローハットを脱いで言った。 「神である私が手伝ってやろう」 「か、神?」 「ハハッ! 気にするな!」 ☆★☆ 奔走した。選手獲得のために走った。 ラウスは非公式ながら、浪速メガデインズの球団運営を陰ながら支えていた。 テレポレートで日本各地を周り、スキル【分析】を使用して能力値を見る。 「ミートEでパワーFかダメだな……あっちのヤツは走力Bとそこそこだな」 天堂という人間を助けたいと思ったのだ。 能力値の高い選手を揃えれば、メガデインズは自ずと強くなると思ったからだ。 そして、選手の情報を球団に送るうちに天堂から話を持ち掛けられる。 スカウトとして正式に雇い入れたいという申し出だ。 「片倉さん、スカウトになってもらえませんか」 「いいのかい?」 「いつも良い選手の情報をくれますからね」 正式なスカウトに任命されたラウス。 神界の仕事の合間に全国各地の有望選手をリストアップして入団交渉する。 「メガデインズ?」 「万年最下位のチームはちょっと……」 しかし、話は上手く進まなかった。 そこで考えたのは、異世界からゴールドや宝石を持ち込んでくることだ。 ――ドン! 「金と宝石だ」 「ほ、本物だ」 「ピカピカ光ってる」 「こんだけありゃいいだろ?」 「そ、そりゃもちろん!」 「是非とも入団させて頂きます!」 強引な手法だった。 そもそも別世界からアイテムなどを持ち込むなどご法度だ。 そんな禁法に触れてもラウスはお構いなしだった。 彼は『不純の神』タブーを破るのは平気だった。 『メガデインズ惜敗! 今シーズンも2位で終わりました!』 「今年もダメだったか」 「来年こそは優勝です」 有望の選手を集め、数年かけて力を注ぐも一向にチームは強くならない。 そして時は流れ、天堂も齢50歳を越えていた。 「天堂、お前も歳を取っちまったな」 「あなたは出会った頃から全然変わらない」 「そりゃそうだろ神様なんだから」 「ご冗談を」 うすうす天堂は片倉が人知を超えた存在であると気付いていたが言葉を濁した。 生きている間はずっと友人でいたかったからだ。 真実を知るとそこで関係が終わると思っていた。 (何とかして3年以内には優勝させないと) 人間には寿命というものがある。 この天堂という男が生きているうちに夢を叶えさせてやりたい。 時間が……時間がないのだ。 「父さん!」 「おお、お前達も来ていたのか」 「シーズン最後の試合だしね」 天堂には息子と娘がいた。米一と星歌である。 「片倉さんも来ていたんですね」 「それより米一君、仕事は?」 「今日は日曜日ですよ」 「あっ……」 「天然ですね片倉さんは」 ラウス……いや片倉の存在は父の友人ということで二人に紹介されている。 米一は父の跡を継ぐべく商社に勤め修行中、一方の星歌は神戸の大学に通っている。 特に星歌はこの片倉を気に入ってる様子で会えばちょっかいをかける。 「そういうところ可愛いですよ」 「せ、星歌ちゃん! 神様をからかうもんじゃありません!」 「また変なこと言ってる」 そんな光景を見て天堂は静かに笑っている。 「あまり片倉さんを困らせるんじゃないよ」 「はーい」 4人は誰もいない球場を見ている。 今年は惜しくも2位で終わった現実は変わりない。 悔しさが静かに溢れ出て来る。 「メガデインズ、今年もダメだったね」 「人気でもライガースに負けちゃってるしね」 「これからだよ。来年こそ―――」 来年こそは優勝。 いつもの言葉を聞けるはずだった。 ――バタ…… だが勇気と希望を胸に抱えた男は倒れた。 「て、天堂!」 ラウスは天堂に駆け寄る。 病気だ、病気がこの男の体を蝕んでいた。 だんだん顔も体もやつれている気はした、だが現実を直視出来ずにいた。 そう神には見えていたのだ。この男の寿命はもう少ないと――― 「片倉さん、ありがとうございました」 「一茶は……天国で喜んでいるでしょう」 天堂一茶、享年55歳。若すぎる死であった。 「メガデインズが優勝するところ……見せたかったな……」 星歌の言葉がラウスの胸を激しく貫いた。 (不純と言われるのも無理はない) 神として何も出来なかった情けなかった。 自分はこの数十年何をやっていたのだ。 善良なる人間の夢さえ叶えることが出来なかったのだ。 ラウスはそう思うと自然と星歌の手を取り決意を語る。 「必ずお父さんの夢を成し遂げさせる! 人気も実力も日本一の球団を作り上げる!」 ☆★☆ 「戦士ヤマダリンと魔法使いモッサン、僧侶ジヒデだな」 「そ、そうだが」 「誰やねんあんた」 「俺達は死んだハズでは?」 「細かいことは気にするな。早速だが、お前達にスキル【野球】を授けよう!」 ラウスは異世界で『死亡』となった冒険者を使いあることを思いついた。 ――異世界の住人に野球を覚えさせればチート無双出来るのではないか。 ……と。 神から与える試練は『野球選手となりメガデインズに黄金時代をもたらすこと』である。 ラウスはそうして冒険者達を転生あるいは転移させることを繰り返し、チーム力を強化していった。 『メ、メガデインズ! 悲願……悲願の日本一です!!』 そして、悲願の日本一となる。 「まだだ……まだこんなもんでは終わらないぞ」 ラウスは影のGMとして動いた。 メガデインズを人気、実力共に日本一にさせると決めたのだ。 日本で初めてのマスコットキャラの考案、子供会の設立等々。 ファンサービスを充実させ人気を少しづつ上げていった。 『メガデインズ! 連覇!!』 異世界から転生、転移させた住人達の活躍により野球無双。 浪速メガデインズは灰色から黄金へと変わる、つまりは黄金時代が訪れたのだ。 (やっとだ、やっと天堂の夢を叶えることが出来た) この頃のラウスは試合を見るため、マスコット『ホッグスくん』の中の人として陰ながら活動。 だがある日、試合で子供のファンから言われた。 「ホッグスくん、最近ね……野球が面白くないんだ」 (えっ?) 「メガデインズが強いのは嬉しいんだけど、何かワクワクドキドキしないんだ」 確かにそうだった、プロ野球はメガデインズだけではないのだ。 野球界全体を考えればメガデインズ一強では盛り上がらないのだ。 その証拠に年々観客動員数が減り続けていた。 「私は正しかったのか?」 試合が終わり、誰もいなくなった観客席でラウスは一人座っていた。 神としての罪を犯し続けてまで、メガデインズを……天堂を……人間達を喜ばしてやりたかった。 ――人々に勇気と希望を与えたい。 天堂の想いとは真逆のことをしていた。 自分の愚かさに気付きポロポロと涙が流れる。 「神様でも泣くんですね」 振り向くと星歌がいた。 「話は全部聞かせてもらいました。ラウスさん」 「何でそのことを……」 全ては知られていた、そう天堂達は知っていたのだ。 「だ、誰から聞いたの」 「あの人から」 星歌は天を指差す、そこには紺色の髪を持つ戦乙女がいた。 彼女は神界におけるラウスの部下である。 「ヴァ、ヴァルたん!」 戦乙女は手に持つ槍を構えると言った。 「不純の神ラウスよ。掟を破ったな、罪状は『転生転移させ過ぎ、やり過ぎ、その他諸々』!」 「ざ、罪状が雑じゃない?」 「それでは神界の裁きを申し付ける」 「あ、あの……こちらの弁護を……」 「死刑!」 ――ブン! 戦乙女は無言で槍を投擲、見事にラウスの心臓を貫いた。 ☆★☆ 「ぐふっ!」 「ふふっ……何を言ってるのよ」 目が覚めるとベッドの上だった。 傍には星歌がいる。 「おはよう神様」 ラウスは片倉という人間に転生させられていた。 それは生き物の命や魂を使い戯れた罰である。 「お、おはよう」 この後、暫くして二人は結婚。 人間に生まれ変わったラウス、いや片倉は二度と異世界から選手を呼び出すことはなかった。
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