勇球必打!
ep30:メガデインズの勇者

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 新監督の発表会見となった。  最初は明るく新鮮な雰囲気だったが、西木さんの次戦の予告オーダーや発言で空気は一変。  場は西木さんと天堂オーナーの討論会となってしまった。 「負けたら即辞任だって? 何をわけワカメこと言ってるんだい」 「去年から評論家や解説者として、このチームを外野から見ていますが何故弱いかわかりますか」 「監督やコーチ陣、選手がダメダメだからだよ」 「違いますね。チームが弱くなった大きな原因はフロントにある」 「な、何だと!?」  空気が更に重くなる。  選手達も記者団も皆お互いの顔を見合わせている。  タブー中のタブーに触れたようだ。 「球団運営をゲーム感覚でしてもらっては困るのです。現場の方針と合致しない選手の獲得あるいはドラフト戦略、少しでも状況が悪ければ監督をコロコロと挿げ替える……そういうやり方が、強豪だったメガデインズを徐々に弱くしていき灰色のチームに変えてしまった」 「何を言ってるんだい! 球団はお金を出して、実績あるFA選手や外国人選手を獲得して少しでもチームを強くしようと頑張っているんだよ!!」 「きちんとリサーチしたのですか」 「なぬ?」  西木さんは佐古さんを指差した。 「例えば佐古選手。盗塁王2回の実績、プロ11年間で打率3割が7回とリードオフマンとして最適な選手に見えるが……」  西木さんはツカツカと佐古さんの方にまで歩み寄った。 「30歳を越え肩と足が衰えている! その証拠に、広い球場が多いワ・リーグに移籍してから外野捕殺率が低下! 更には盗塁成功率も去年から数字を落としている!!」 「た、確かにそうかもしれんが打撃は……」 「足の衰えから打率が落ちているようだが」 「うぐっ!?」  佐古さんがガックリと項垂れている。 「だが、佐古が必要な選手なのは間違いない。強豪、東京サイクロプスにいた経験は負け犬根性が染みついたチームには必要な選手だ。それに佐古が持っている守備や走塁技術は、若手の良い手本となるだろう」  西木さんは今度、鳥羽さんの元へと行った。  何やら手を上げ合図すると兎角さんが現れた。  手にはファーストミットを持っており、無言で鳥羽さんに渡した。 「鳥羽のリードは一本調子だ。ストレート中心になり打たれることが多い」  ダメ出しだ。鳥羽さんは腕を組み黙って聞いている。 「リード面には疑問符がつくが、一つキラリと光るものがある」 「光るもの?」 「鳥羽の打撃力さ」  鳥羽さんはファーストミットを黙って眺めている。  納得しているのか、していないのかは判断出来ないが、何か思うところがあるのは間違いない。  そして、西木さんはゆっくりと壇上に戻って言った。 「レギュラー落ちしたものは、そうではないことだけは伝えておく。これはあくまでも次の試合のもの、今後は一軍と二軍も関係なく使っていく。全員が大事な戦力だ!」 ――パシャパシャ  自然と記者団はカメラを切り始めた。  カメラのフラッシュを合図に……。 ――カッ!!  僕は感じた。  一軍メンバーに『赤い意志』が出たことを……。  それは二軍での練習試合、ムツラ自動車との試合以降に灯された炎と同じだ。  闘志、熱意、情熱という『赤い意志』だ。 「おいおい、時代錯誤なスポ根なんて流行らないよ」  その赤い意志が宿りかけたところに天堂オーナーが水を差す。  良いところだったのに勘弁して欲しい。 「最高のものを揃えたっていうのに台無しじゃないか。負けたら即辞任? ふざけたことを抜かしてるんじゃあないよ。君がやってることは職場放棄に等しい、試合前に君は解雇!お前はクビだYou're fired!!」  僕は居ても立っても居られなくなった。折角、チームがまとまる上で大事なものが宿りかけているのだ。 「いい加減にして下さい!」  僕は叫んだ。 「最高のものを揃えたところでチームは勝てません!!」 ――パシャパシャ  カメラのシャッターの音が聞こえたが、僕は構わずに続ける。 「チームに必要なのは、お互いの個性を生かした連携、団結力です!!」 「き、君……折角プロデュースしてあげたというのに」  天堂オーナーがたじろぐ中、隣にいる神保さんが言った。 「連携、団結力……確かに新人君の言う通りだ」  神保さんは立ち上がり、皆の方を見て指を鳴らした。 ――パチン! 「どうだろう皆、チームのキャプテンをアランにしてみては?」 「えっ?」  突然のことに僕は動揺していた。  キャプテンということはチームリーダーということか?  そんなプロ1年目の僕の言うことなんて……。 「いいんじゃないか」 「3勝しかしてないけど、全部アラン絡みだしな」 「賛成」  いやいや、ちょっと待て……いい加減過ぎるし強引だ。  皆、僕より野球というものに詳しいし、経験や技術は圧倒的に上だ。  そう思っているとポンと、肩をオーガのような大きな手で軽く叩かれた。 「このチームの勇者になれ」  麦田さんだ、失礼だが似つかわしくない笑顔……。  こんなプレッシャーをかけられては断るのも断れない。 「はい」  端的な返事だ。テンプレ過ぎる。 「チームのリーダーも決まったな。明日の京鉄バイソンズ戦を楽しみにして下さい」 「ぼ、僕の話はまだ……」 「解散ッ!!」  天堂オーナーを無視し、西木さんの声と共に選手が一斉に立ち上がった。  明日は西木代行監督の初陣、相手は僕にとって因縁のある京鉄バイソンズ。  ――先発投手はオニキアだ。 ☆★☆  その晩、兵庫県芦屋の天堂邸にて二人と男が会話していた。  テーブルには一流シェフに作らせたフランス料理が並べられる。  そして、料理を盛るのはロイヤルコペンハーゲンやバカラの食器等々。  邸宅にはこれでもかという具合に、一流のものに囲まれていた。 「西木くん、アカデミー賞級の演技だったよ」 「台本を渡された時はどうしようかと思いましたよ」  西木代行監督と天堂オーナーである。 「これからのプロ野球は魅せることが必要だからね」 「注目されることで、選手もプロの自覚が湧くと?」 「そういうこと♡」  あの記者会見では一見お互いに喧嘩しているように見えたがそうではない。  プロレス――つまり脚本ブック、チームと試合を盛り上げるための演出である。  西木が料理を口に運ぶと言った。 「ですが……あの言葉が本音なのも確か。それに負ければ、約束通り辞任することはお忘れなく」 「それは君のアドリブだったね。何であんなことを?」 「勝負は一戦一戦が大事になります。もし『次があるから負けてもいい』という気持ちがあれば、優勝は永遠に望めないでしょう。食らいついてでも一勝しなければ後はない」 「即辞任なんてすれば、君の指導者人生に大きな汚点を残すよ?」 「覚悟なき指導者に何の価値があるでしょうか」  天堂はワインを一口する。 「君の覚悟……確かに受け取った」  普段おどける天堂も、今日ばかりは真面目な顔である。 「僕もバカじゃない。福井監督が倒れ、二軍の調子が良いという単純な理由で監督に置いたのではない。あの人からも大推薦されたのもあるんだ」 「あの方がですか?」 「僕の球団運営のダメ出しというオマケ付きでね」  天堂はそう述べると、どこかへと視線を向ける。  視線の先には恋川がおり、手にはワインボトルを持っている。  天堂と西木以外にもう一つ席があるようだ。 「一茶様の時代からのお付き合いですからな」 「もっと言うなら、僕が乳飲み子の頃からお世話になってる」 「おっと……グラスが空でしたな」  恋川はグラスにワインを注ぐ。その席に座るのはモフモフとした着ぐるみだった。 ――ビッ!  手が上がった、着ぐるみは話せない故のジェスチャー『ありがとう』と言いたいらしい。 「ホッグス様の思惑通り、事が運んでおりますな」  そう席に座るのは、マスコットのホッグスくん。そして、おもむろにカンペを取り出し何かを書き始めた。 ――キュキュッ…… 『優勝のキーマンはズバリ、碧アランにある』

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