ランナーにネノさんが出塁した時、田中の怒号が飛んだ。 「カオスボルグを投げるな!」 その声は鋭く重い、僕達の体の芯に響くほどだ。 鐘刃はもちろん、主審の万字さんや次のバッターである安孫子さんも驚くほどだ。 「タイム!」 田中は再びタイムを取るとマスクを脱いだ。 ザコモンスターのホブゴブリンとは思えないほどの眼光。 これまでの田中はずっと鐘刃に媚び諂う態度であった。 それが180度一変する。急にきつい口調と物腰に変わっている。 「俺のリード通りに投げろと言ったよなァ!」 「な、何だと……貴様のクソリードで……」 「全部甘いコースに来てるんだよ!」 「あ、甘いだと!? 転生魔王たる私の投球は完璧だ!」 「完璧じゃねェから打たれるんだろうが!」 ――バコッ! 「うぼあっ!?」 田中の右ゴブリンパンチが鐘刃の顔面に炸裂。 恐ろしく速いパンチは、僕の動体視力でなければ見逃すほどだ。 『ああっと! 田中の鉄拳制裁!』 『時代錯誤でコンプライアンスに問題のある行為だぜ。ましてやチームの監督に……』 『どうしたことでしょう! BGBGsがここに来て内紛勃発か!?』 ドーム内の魔物達もBGBGsのナインも声を失っている。 「田中のヤツどうしたんだ?」 「鐘刃様から直々に名前を頂いた魔物であるのに……」 「む、謀反か!?」 「たかがホブゴブリンが!」 内野席では無事女性ファンを救出したマリアム達。 彼女達も田中の行動に驚きを隠せないでいるようだ。 「な、何があったんや」 「この天堂雄一にも分からない。それにしても速いパンチだ」 ――ザワザワ…… 鎮まっていたドーム内が再び騒ぎ始める。 するとサードのレスナーが田中に詰め寄っていた。 「か、鐘刃様の面体を!」 「殴って何が悪い。聞き分けのないを投手を修正しただけだ」 「ぬゥ! ホブゴブリン風情が……」 レスナーが拳を振り上げるがそれをゼルマが制した。 「やめろレスナー。チームにこれ以上の欠員が出てはかなわん」 「ゼ、ゼルマ……」 ゼルマは田中を物怖じせず睨みつけている。 「説明しろ。理由次第では容赦しない」 「ゼルマ、同じ低級種の魔物じゃねェか。俺達で史上最大の下剋上といこうぜ」 「俺達? どういう意味だ」 「くくくっ……何れ理解る」 田中は再びマスクを被り腰を屈んでミットを構えた。 「さっさと立て! 次にカオスボルグなんぞ投げやがったら殺すぞ!」 勢いある声だ。 セカンドのデホ、ファーストのブルクレスは何やら話し合っている。 「どういうこった?」 「知らん。ただチームが負けていることは確かだ」 「大量点だな」 「まだ4回の表、これから逆転するぞ」 殴られた鐘刃であるが苦悶の表情で立ち上がった。 その表情、痛みで歪むというよりは―― (田中……壁として召喚し、野球を仕込んだホブゴブリン……適当に名前製作ジェネレーターで名付けた捨てキャラ……) ブルッ! (なのにナンだ! この恐怖感はッ!!) 恐怖する顔だった。 ☆★☆ 「アウト!」 (ランナーにいるネノちゃんを見ると打席に集中出来ねェ……) 安孫子さんはセカンドゴロでダブルプレーとなった。 鐘刃の外から内に入るスライダーの芯が外れてドン詰まりだ。 これで4回の表は終了。7-1でメガデインズがリードを広げた。 このまま順調に終わりたいところだ。 (いいぞ……お前には本物のスライダーがある) それにしても田中の好リードだ。 高低、内外、緩急を様々なボールを散りばめている。 そして、どっかりとベンチに座る田中。 その姿は堂々としており、これまでのザコモンスターぶりがウソのようだ。 「いくぞおおーい!」 声出しもよく通っている。こちらにも聞こえてくるほどだ。 一塁ベンチのBGBGsの一部魔物は歓迎ムードになっている。 「ほう……あのような選手がいたのか」 「ヒロ、ホブゴブリンの田中だ。元々は練習用の壁だったんだがな」 「ベリきちは知っているのか」 「うむ。魔界で黙々と走る姿をよく目にした」 歓迎する一方で魔物の一部は懐疑的なようだ。 田中から離れたところで、数匹の魔物が集まっている。 「鐘刃様を殴るとは……」 「許せませんことよ! ゼルマも同じでしょう?」 「レスナーも魅奈子も落ち着け――暫く様子を見よう。何にせよ大量リードされていることには変わらん」 「大丈夫、わたくしのデスボイスで皆々様の打球をドームランに――」 さて鐘刃の方だが―― 「……」 ずっと無言だ。 ☆★☆ 試合の方は4回の裏。 僕は先頭のフレスコムを三球三振に仕留めた。 球種は全てストレートだ。 「クワカー!? あんな火の玉ストレート打てるか!」 「当てなきゃドームランに出来ませんことよ!」 「己ィ……次は私が打つ!」 打順は一番に戻りバッターはゼルマ。 ――スキル【集中】発動! 「スキル【集中】か」 「斬り込み隊長である私が塁に出る!」 ――カツーン! 初球のストレートを狙い撃ち。 だが球威に押され平凡なレフトフライだ。 「ドン詰まりだが……魅奈子!」 「お任せあれ♡」 一塁ベンチからバンシーが奇声を発した。 「キ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"イ"!」 音により発生した真空波が追い風となりボールを運ぶ。 ボールはスタンドギリギリまで伸びていく。 「ドームランですわ♡」 魅奈子と呼ばれたバンシーはベンチから飛び出している。 打者でもない彼女がホームランを打ったかのように喜んでいた。 「ゼルマ♡ ダイアモンドを一周して下さいな。ホームインしたら百合百合な展開が待ってますわよ♡」 飛び跳ねて喜んでいる。 にしてもユリって何だろうか? そんなことよりも、打球の方は天高く舞っている。 このままスタンドインか。 「ん? 打球が急に失速したぞ。これなら掴めるぜ」 パシッ。 「アウト!」 スタンドインしたかと思われた打球であるが、レフトの元山がフェンスの手前でキャッチした。 どうやら打球は失速したようだ。 「ド、ドームランじゃなくって!?」 魅奈子は白い髪を引っ張りながら悔しがっている。 ドームランなるものは失敗に終わったようだ。 「インチキホームランは私のメテオタイフーンが許さないわ」 オニキアの風属性の魔法メテオタイフーンを唱えたのだ。 全体攻撃の魔法であるが今回ばかりは用途が違う。 天井全体に対して真空波を発生させている。 つまりメテオタイフーンは向かい風となりボールを押し戻したというわけだ。 「インチキはそちらですわ! 折角のドームランが台無しでしてよ!」 「何を言っているのやら。あなたのデスボイスと私のメテオタイフーンにより±0よ!」 オニキアのサポートによりホームランは阻止。 レフトフライに終わったゼルマは無念そうにベンチに戻る。 「くっ……向こうのベンチには賢者がいたか」 アウトになったゼルマの後ろ姿を見たのはデホ。 バットを握りしめながら何かを言っている。 「小細工は通用しねえ。俺が何としてでも塁に出てやる」 メラメラと静かな闘志を燃やしている。 「やるぜ……」 ラインのギリギリまで立つ松之内打法。 失投すればデッドボールだ。 執念――この打席のデホからは強い執念を感じた。 絶対に出塁してやるという執念だ。 「クサナギシュートを投げろ! アラン!!」 デホは僕にクサナギシュートを要求した。
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