勇球必打!
ep93:矜持!

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「クサナギシュートを投げろだって?」 「そうだ!」 「何故投げる必要がある」 「得意球を打つ! それがお前に勝った証明となるからだ!」  デホはバットを斜めに寝かせ小刻みに揺らしている。 「ほんのちょっぴりでいい――お前の上に行きたい」 「デホ何故そこまでして……」 「言っただろ。お前は俺の憧れで乗り越えたい存在だってな」  本気だ。ウソ偽りのないデホの本当の気持ちだ。  魔王転生者である鐘刃の部下になってしまったが―― ――カッ!!  主人公を乗り越えたいという武闘家脇役の矜持を赤く燃え滾らせている。  それは間違いなく〝赤い意志〟の精神だ。 ――ボッ!!  そして、必ず塁上に出るという強い金色の生命力を感じる。  あれはまごうことなき〝黄金の炎〟の精神だ。 (君の気持ちは理解わかった!)  ならばその気持ちに応えるしかない。  僕はドカのマスク越しから覗く目を見た。 (アラン、わかっとる――クサナギシュートやな) ――サッ!  力強くドカはサインを出した。  それはもちろん宝刀クサナギシュートのサインだ。 ――ザッ!  僕は投球フォームに入る。  キレのあるボールを出すには指先に風の魔力マナを込めること。  再び仲間になったオニキアに教えてもらったコツだ。 (指先に風の力を込める!)  そして、次は弁天に教えてもらったシュートの握り! ――フッ!  投げるのは判官球友が名付けてくれた……。 「クサナギシュートだ!」 ――シュゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウ!  僕は全力でクサナギシュートを投じた。  投げるコースは内角だ。  打席のデホは怯まずにボール呼び込んでいる。 (来たな! クサナギシュート!!) ――ドン!  デホは踏み込んだ。  特技【踏鳴】か!? 「てめえとの真剣勝負にスキルだの特技は不純物! 俺は俺が身に付けた野球の技術でてめえに勝つ!」  驚いた……デホは特技を使わなかった。 (この世界で身に付けた技術だけで?)  僕は魔法を使用している。  それに対し異世界者のデホはスキルも特技も使わないというのだ。 ――ククッ!  投げた僕のボールはシュートの軌道を描く。  内角に抉り込むように早く鋭く曲がっている。  普通の打者なら腰が引けるようなコースだ。  デホは武闘家だ、一流のバットマンだ。  僕が投げたクサナギシュートで怯むはずもない。 「吼雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!」  吼えた、デホは吼えた。  それは会心の一撃が出るときの合図か。 ――ブン!  スイングの軌道は美しいほどのレベルスイング。  持っているバットをよく見ると……。 (短く持っている!)  デホはこれまでバットを長く持っていた。  それを短く持つということは長打よりも軽打。  自らが塁に出るという決死の気持ちの現れだ。 ――カツ……ッ……!  打たれた!  打球はライト寄りのセンター方向だ。 「くッ!」  センターを守る湊が走った。 「俺が捕る!」  続いてセカンドを守るネノさんが駆ける。 『打った! ドン詰まりか!?』  ドン詰まりではある。  僅かばかりに芯を外してはいるが……。  ぽとっ……。  センターの湊とセカンドのネノさんの間に落ちた。  ポテンヒット……技ありのヒット。  この勝負はデホの勝ちだ。 「……ッ…………ッ!」  一塁塁上のデホは噛みしめている。  クサナギシュートを売った喜びだ。  勝利を噛みしめているんだ。 「僕の負けだ」  デホは純粋に身に付けた野球の技術だけで僕に勝った。  この勝負、結果はどう出ようとも負けていたのだ。 「負けだと?」 「そうさ、デホは野球の技術だけでクサナギシュートを打った。尊敬すべき武闘家プロ野球選手だ」 「リップサービスのつもりか」 「僕の本心さ、そもそもデホは自分を卑下し過ぎだ。勇者は武闘家のように会心の一撃を頻回に出せないし、素早さでは圧倒的に劣る。僕は僕で君のようになりたかった」 「俺のように?」 「君のようなスピードがあればと何度思ったか!」 「アラン……」  デホは塁上で少し項垂れていた。 「デホ! ブルクレス!」  三塁ベンチにいるオニキアが立ち上がった。  彼女もこの勝負で何か熱いものが出て来たのだろう。 「私達はもう一度! もう一度だけ勇者パーティとしてやり直すべきよ!」  勇者パーティとしてやり直す、僕もそうしたい。  これまで僕達は順調過ぎた。  それ故にパーティとしての壁に当たらなかった。  お互いを利用し合うだけの仲間だった。  だから魔王イブリトスに負けた――でもお互いの持つ本意を知れた今ならこそ……。 「試合中だぞ!」  僕は声を掛けられた。  3番バッター、マスターマミーのヒロからだ。  ヒロは古びたバットを持ち構えている。 「そ、空下さん」  オニキアの傍にいる赤田さんがヒロを見ている。  動揺した顔――そういえば言っていた。  ヒロはメガデインズの伝説的打者である空下浩のフォームに似ていると。 (このマスターマミーはもしかして)  まさか彼はその空下なる人物の転生者なのか。  この世界には人間、魔族、魔物、様々な転移転生者がいる。  敵側にも転生者がいてもおかしくはない。 「空下か――」  ヒロは赤田さんをチラリと見終える。  するとバットを僕に向けると冷たく言い放った。 「お前達の茶番劇に付き合ってるほど暇ではない」  暖かみのない言葉だった。  アンデッドたる魔物に相応しい感情の無さだ。 「さて……私もデホに見習おうか。純粋に身に付けた野球技術だけで、お前の球を打ってやろう」 「僕の球を?」 「一打席目で目はならした。現代、いや異世界野球がこの私に通用するかな?」  僕は黙ってセットポジションにつく。  色々とデホやブルクレスと話したいことはあるが、確かに今は試合中。  全てはこのBGBGsに勝利してからのこと。 ――シュッ! 「ストライク!」  1球目は内角高めのストレート。  伸びのある直球が決まりワンストライク。 ――クッ! 「ボール!」  2球目はボールゾーンへのカーブだ。  目線を下げる目的で投げた1球だ。  打席のヒロはそのカーブを見て、 「村雨さんのドロップとは違い、全く落ちないな」  ドロップ?  聞いたこともない言葉だが変化球か何かだろうか。 (あのヒッチ打法じゃ高めのストレートは打たれんやろ!)  ドカがサインを出した。  高めのストレート、釣り球だ。三振を狙いたいらしい。 ――シュッ!  僕はサイン通りに投げたが……。 ――カツーン! 「えっ!?」 『痛烈! ライト前ヒット!』  左バッターのヒロに引っ張られた。  それも高めのボールゾーン。所謂いわゆる、悪球打ちだ。  一塁にいるヒロは自軍ベンチにいるゼルマを指差している。 「スキルや特技――そんなものに頼るから打てないのだ」 「うっ……」 「私の打席を見て学んだか?」  純粋な野球の技術だけで僕のボールを打った。  あのヒロというマスターマミー、赤田さんの言う通り空下浩の転生者かもしれない。  さて試合は4回の裏、ツーアウトでランナーは一二塁。  点差はあれどピンチを迎えている。 「名誉挽回だ! 打たせてもらうぞォ!」  次はムラマサバットを持つ4番の鐘刃が相手だ。

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