「クサナギシュートを投げろだって?」 「そうだ!」 「何故投げる必要がある」 「得意球を打つ! それがお前に勝った証明となるからだ!」 デホはバットを斜めに寝かせ小刻みに揺らしている。 「ほんのちょっぴりでいい――お前の上に行きたい」 「デホ何故そこまでして……」 「言っただろ。お前は俺の憧れで乗り越えたい存在だってな」 本気だ。ウソ偽りのないデホの本当の気持ちだ。 魔王転生者である鐘刃の部下になってしまったが―― ――カッ!! 僕を乗り越えたいという武闘家の矜持を赤く燃え滾らせている。 それは間違いなく〝赤い意志〟の精神だ。 ――ボッ!! そして、必ず塁上に出るという強い金色の生命力を感じる。 あれはまごうことなき〝黄金の炎〟の精神だ。 (君の気持ちは理解った!) ならばその気持ちに応えるしかない。 僕はドカのマスク越しから覗く目を見た。 (アラン、わかっとる――クサナギシュートやな) ――サッ! 力強くドカはサインを出した。 それはもちろん宝刀クサナギシュートのサインだ。 ――ザッ! 僕は投球フォームに入る。 キレのあるボールを出すには指先に風の魔力を込めること。 再び仲間になったオニキアに教えてもらったコツだ。 (指先に風の力を込める!) そして、次は弁天に教えてもらったシュートの握り! ――フッ! 投げるのは判官が名付けてくれた……。 「クサナギシュートだ!」 ――シュゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウ! 僕は全力でクサナギシュートを投じた。 投げるコースは内角だ。 打席のデホは怯まずにボール呼び込んでいる。 (来たな! クサナギシュート!!) ――ドン! デホは踏み込んだ。 特技【踏鳴】か!? 「てめえとの真剣勝負にスキルだの特技は不純物! 俺は俺が身に付けた野球の技術でてめえに勝つ!」 驚いた……デホは特技を使わなかった。 (この世界で身に付けた技術だけで?) 僕は魔法を使用している。 それに対し異世界者のデホはスキルも特技も使わないというのだ。 ――ククッ! 投げた僕のボールはシュートの軌道を描く。 内角に抉り込むように早く鋭く曲がっている。 普通の打者なら腰が引けるようなコースだ。 デホは武闘家だ、一流のバットマンだ。 僕が投げたクサナギシュートで怯むはずもない。 「吼雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!」 吼えた、デホは吼えた。 それは会心の一撃が出るときの合図か。 ――ブン! スイングの軌道は美しいほどのレベルスイング。 持っているバットをよく見ると……。 (短く持っている!) デホはこれまでバットを長く持っていた。 それを短く持つということは長打よりも軽打。 自らが塁に出るという決死の気持ちの現れだ。 ――カツ……ッ……! 打たれた! 打球はライト寄りのセンター方向だ。 「くッ!」 センターを守る湊が走った。 「俺が捕る!」 続いてセカンドを守るネノさんが駆ける。 『打った! ドン詰まりか!?』 ドン詰まりではある。 僅かばかりに芯を外してはいるが……。 ぽとっ……。 センターの湊とセカンドのネノさんの間に落ちた。 ポテンヒット……技ありのヒット。 この勝負はデホの勝ちだ。 「……ッ…………ッ!」 一塁塁上のデホは噛みしめている。 クサナギシュートを売った喜びだ。 勝利を噛みしめているんだ。 「僕の負けだ」 デホは純粋に身に付けた野球の技術だけで僕に勝った。 この勝負、結果はどう出ようとも負けていたのだ。 「負けだと?」 「そうさ、デホは野球の技術だけでクサナギシュートを打った。尊敬すべき武闘家だ」 「リップサービスのつもりか」 「僕の本心さ、そもそもデホは自分を卑下し過ぎだ。勇者は武闘家のように会心の一撃を頻回に出せないし、素早さでは圧倒的に劣る。僕は僕で君のようになりたかった」 「俺のように?」 「君のようなスピードがあればと何度思ったか!」 「アラン……」 デホは塁上で少し項垂れていた。 「デホ! ブルクレス!」 三塁ベンチにいるオニキアが立ち上がった。 彼女もこの勝負で何か熱いものが出て来たのだろう。 「私達はもう一度! もう一度だけ勇者パーティとしてやり直すべきよ!」 勇者パーティとしてやり直す、僕もそうしたい。 これまで僕達は順調過ぎた。 それ故にパーティとしての壁に当たらなかった。 お互いを利用し合うだけの仲間だった。 だから魔王イブリトスに負けた――でもお互いの持つ本意を知れた今ならこそ……。 「試合中だぞ!」 僕は声を掛けられた。 3番バッター、マスターマミーのヒロからだ。 ヒロは古びたバットを持ち構えている。 「そ、空下さん」 オニキアの傍にいる赤田さんがヒロを見ている。 動揺した顔――そういえば言っていた。 ヒロはメガデインズの伝説的打者である空下浩のフォームに似ていると。 (このマスターマミーはもしかして) まさか彼はその空下なる人物の転生者なのか。 この世界には人間、魔族、魔物、様々な転移転生者がいる。 敵側にも転生者がいてもおかしくはない。 「空下か――」 ヒロは赤田さんをチラリと見終える。 するとバットを僕に向けると冷たく言い放った。 「お前達の茶番劇に付き合ってるほど暇ではない」 暖かみのない言葉だった。 アンデッドたる魔物に相応しい感情の無さだ。 「さて……私もデホに見習おうか。純粋に身に付けた野球技術だけで、お前の球を打ってやろう」 「僕の球を?」 「一打席目で目はならした。現代、いや異世界野球がこの私に通用するかな?」 僕は黙ってセットポジションにつく。 色々とデホやブルクレスと話したいことはあるが、確かに今は試合中。 全てはこのBGBGsに勝利してからのこと。 ――シュッ! 「ストライク!」 1球目は内角高めのストレート。 伸びのある直球が決まりワンストライク。 ――クッ! 「ボール!」 2球目はボールゾーンへのカーブだ。 目線を下げる目的で投げた1球だ。 打席のヒロはそのカーブを見て、 「村雨さんのドロップとは違い、全く落ちないな」 ドロップ? 聞いたこともない言葉だが変化球か何かだろうか。 (あのヒッチ打法じゃ高めのストレートは打たれんやろ!) ドカがサインを出した。 高めのストレート、釣り球だ。三振を狙いたいらしい。 ――シュッ! 僕はサイン通りに投げたが……。 ――カツーン! 「えっ!?」 『痛烈! ライト前ヒット!』 左バッターのヒロに引っ張られた。 それも高めのボールゾーン。所謂、悪球打ちだ。 一塁にいるヒロは自軍ベンチにいるゼルマを指差している。 「スキルや特技――そんなものに頼るから打てないのだ」 「うっ……」 「私の打席を見て学んだか?」 純粋な野球の技術だけで僕のボールを打った。 あのヒロというマスターマミー、赤田さんの言う通り空下浩の転生者かもしれない。 さて試合は4回の裏、ツーアウトでランナーは一二塁。 点差はあれどピンチを迎えている。 「名誉挽回だ! 打たせてもらうぞォ!」 次はムラマサバットを持つ4番の鐘刃が相手だ。
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