勇球必打!
ep66:精密樹械

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 石は風水術による空気抵抗が加わり不規則な変化だ。  僕の足に蔦が絡まり上半身しか動けないが、何とかして石を打ち返さねばならない。 「樹に学ぶ?」 「この試練は恐怖を克服すること。植物ような落ち着いた静かな心を持たねばクリア出来ぬ」  植物のような落ち着いた静かな心か。  トレントだった高橋さんに言われると何となく説得力がある。  高橋さんは試合ではいつも淡々と投げ、静かに試合を終わらせていた。 「アランよ……」  僕の名を呼ぶと静かに言った。 「あの世界……つまり我々が転生転移された世界に『三冠王』の称号を得た打者がいた。この試練は、その打者が行っていたと言い伝えられる究極の打撃鍛練法『正面打ち』を参考にしたもの」  三冠王……マリアムから聞いたことがある。  打撃の極致に達した者だけに与えられる称号の事だ。  それは打率、打点、本塁打の3部門のタイトルを独占した打撃王の証である。  その称号を得た者も、この恐るべし試練を突破したというのか……。 「三冠王の特訓風景を見て、多くのものがこの試練に挑戦した」  高橋さんは石を何度か空中に放り投げてはキャッチする動作を繰り返した。  そして、半身の体勢に入る。セットポジションだ。 「だが悉く挫折していったと言われる……何故だか分かるか?」 「恐怖からですか」 「正解だ。勇気を持つ者だったお前はどうか――試させてもらう」 ☆★☆ 「さて……スライダー、スラーブ、シンカー、フォーク、更には宜野座カーブと色々投げてはみたが……」  高橋さんは腰を極端に低くして、大地を踏みしめるように軸足に全体重をかけている。  そして、鞭のように振り出された腕、バッと地面に当たろうかというところまで振り下ろされた。 「何故一つも打てないか」  細身ながらも長身、まるで巨人が上から僕達人間を押しつぶそうとする投擲だ。  僕は正面から迫る石に少し恐怖を覚える。 「くっ……」 「反応しろ!」  迫りくる石に怯んでいると高橋さんに一喝された。  僕もよく見極め、持っているひのきの棒で打とうとするが……。 ――フッ……  当たらない。 「ぐうッ!」  タイミングが狂い、石が右手に直撃した。僕は右手で擦って痛みを和らげる。  かれこれ100個以上は当たっただろうか……。  全身はあざだらけ、ダメージは少量ながらも徐々に体力が減ってきていることが自分にも分かった。  そんな僕を見て高橋さんは表情を崩さず淡々と言った。 「今のはただのストレート……これでもう当たったのは何個目だ」 「スキル【集中】を使っているのに――」  僕は命中率を上げるスキル【集中】を発動させている。  だが、石に当たらないのだ。  確かに直前に風水術の効果で、石が急激に変化に対応出来ずに打ちあぐねている。  しかしスキルを発動させているのに、ここまで一つも当たらないとはどういうことなんだ。 「いくぞ……」  石つぶてが再び投じられる。  今度こそ当てる――そう変化する前に当てればいいのだ。 ――特技【疾風斬り】!  無条件で先制攻撃が出来る一撃だ。  これならば……そう安易に考えていたが……。 「こ、これは!?」  左右に揺れるような変化、木の葉がひらひらと落ちるような動きだ。  完全無回転の石――予測不可能な状態。  【疾風斬り】での先制攻撃といえど当てることは適わず、ひのきの棒が空を切った。 「ぐぶっ……」  石は僕の喉元を直撃。  口からは赤いものが飛び出るのを感じた。  変幻自在の石球により、ここまでかなりのダメージを受けている。  僕は膝から崩れ落ちそうになるも何とか踏みとどまった。 「ナックルだ」 「ハァハァ……」  今の高橋さんは人間とはいえないような雰囲気だった。  転生前のトレントという魔物に近い状態なのか?  それは元の世界に戻ってきた影響なのかそれとも――。 「異世界の特技やスキルに甘えるな。野球の技術に頼れ」 「野球の技術に……」 「お前が打ちあぐねているのは特技やスキルに頼り過ぎているからだ」 「僕が頼り過ぎている?」 「そうだ。ワタシも風水術なる異世界の技能に頼っているが――」  高橋さんは再びセットポジションに入った。  石つぶてを投擲するつもりだ。今度は殺気を強く感じる。 「プロ生活で身に付けた投球術で、お前の僅かな呼吸や動きを読み裏をかいている」 「そ、そうか」  僕は思い出した。  キャンプでの西木さんの言葉だ。 ――投げるときは腹筋を使え! 送球するときは低く投げろ! ――バットを強く握りしめるな! 頭の先から尻の穴まで串を刺したような状態をイメージして振れ! ――そこ手を抜くな! 疲れた時が勝負だぞ!!  これは打撃の練習と見せて、そうではない。  あらゆる基礎技術が習得出来ているのか試されているのだ。  それに高橋さんが言っていた『樹に学べ』とは抽象的な表現ではない。 「フゥ……」  僕は息を深く静かに出して集中する。それはスキルの発動ではない。  全神経を体の隅々まで集中させ、体の中に一本の太い軸を意識し作るためだ。 (アラン、やっと樹に学んだか)  そう……樹木のようにどっしりと構えなければならない。  そして、腕は枝のしなやかに使うようにしなければ……。  決して、ひのきの棒を強く握りしめてはならない。 ――風水術 ミサクジ!  高橋さんが大きめの石を出現させた。  普通の硬式球よりも更に一回り大きいサイズのものだ。 「この一石が最後だ……」 「疲れた時ほど勝負!」  体から自然と闘気が溢れ出るのを感じる。  それを見た高橋さんは珍しく笑っているように見える。 「打てるか? プロ野球選手アラン」 「打ってみせるさ!」 「良き返答なり」 ――ブワンッ!!  轟音だけがした。  既に高橋さんは僕に向かって石つぶてを投擲。  大きい……その石は思っていたよりも大きかった。 (当たるギリギリまで……)  我慢しろ……ここで恐怖に負けて棒を振ってはならない。  体の全神経を研ぎ澄ませ―― (引き付け!) ――ガッ!! (打つッ!!)  金属音に似た鈍い音が洞窟に響いた。  石はスピンが効いたライナー性のもの。  僕は見事に打ち返したのはいいが―― ――ドゥッ!! 「ぬごォ!?」  今度は肉塊をハンマーで叩くような嫌な音が響いた。  返された石は高橋さんの体に直撃し倒れ臥せていた。  それと同じくして、足に絡まっていた蔦は自然と解けているのに気付いた。  術者が倒されたことで風水術の効果が解除されたのであろう。 「アラン、よくぞ試練を突破した……」 「高橋さんしっかりして下さい!」  駆け寄る僕に高橋さんは微笑みながら言った。 「これでスキル【精密樹械】の真髄を得たな」 ――アランはスキル【精密樹械】を覚えた!  スキル【精密樹械】  植物ような穏やかで静かな集中力を発揮できるレアスキルの一つ。  効果は攻撃打撃防御守備の能力を上昇させることが出来る。  また付属して、特技とスキル【集中】を同時発動させることが可能。  野球において、打投守共に絶妙なコントロールが発動する。 「嬉しく思うぞ……ぐふっ!」 「そ、そんな……目を醒まして下さい!」 ――返事がない。ただのしかばねのようだ。 「……」  死んだ……流石にあんな大きな石が当たったのだ。  トレントという魔物ではなく、人間である高橋さんが耐えられるはずもなく……。 「いや死んでないから」 ――なんと高橋が生き返った! 「はっ?」 「それっぽく演出したら感動出来るかなと思って……」  高橋さんはそう述べると悪戯っぽく笑った。  案外茶目っ気のある人なんだな。 「アラン、人間とはよいな」 「あの……突然にどうしたんですか?」 「イヤな……人間に転生する前はトレントという魔物だっただろ。魔物っていうのは魔王の使いパシリで捨て駒だ。群れというパーティは組むが仲間意識なんてものはなかった……『誰も助けず助けられず』ただ冒険者を襲い、ワタシは返り討ちされて死んだ……そんなちゃっちな存在が何の因果か人間になり野球をやっている」  いつになく饒舌だった。  今まで胸の内に秘めたものを吐き出したいのだろう。 「嬉しかったぞ」 「えっ?」 「ブッフとの試合だよ。もうすぐ勝てると思った時に同点にされただろ」 「あの試合のことですか」  ブッフとの3回戦のことだ。  高橋さんは完投ペースで投げていたが、パウロの魔曲で打撃力が向上したブッフ打線に捕まり同点にされたことがあった。  何とか神保さんが救援したものの、ベンチでは一部の選手がコソコソと高橋さんの陰口を言っていた。 「今まで良いペースで投げていても同点にされたり、逆転されたりするケースが多くてな。チームメイトからは『負け運持ち』だの『寸前×』だの色々言われたもんさ」  鉄仮面の表情で淡々と語る。  僕が静かに聞いていると、高橋さんはチラリと僕の顔を見て言った。 「また『誰も助けず助けられず』か……そう思った時にアランの『僕が必ず打ちますので』という一言に救われた……人間というのも悪くないなと」 「僕はそんなに立派な人間ではありません」 「謙遜するな、お前は立派だ。少なくともワタシはそう思う」  高橋さん、ありがとう。  僕の勇者時代、そんな上辺だけではない感謝の言葉をかけてくれた人は少なかったのだから。

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