ネノさんのスクイズ、そして安孫子さんの復活の一打により3点を奪い取った。 2回の表とまだ序盤ではあるが、僕達が試合をリード。 鐘刃の意図は分からないが、投手交代で流れが変わったとも言える。 試合の流れが変わったことを読んだ、野球通のマリアムが野次を飛ばした。 「迷采配やったで。あんたが投げとった方が絶望やったぞ」 「あのアルセイスめ! 偉大なる鐘刃様を侮辱するとは!」 マウンドにいるアルストファーはマリアムを睨む。 鐘刃はそんなアルストファーの肩をポンと叩いた。 「怒るな、お前の悪い癖だぞ。普段は冷静沈着だが、ちょっとした想定外が起これば怒り狂う。私が何故お前を投手としてマウンドに立たせたか分かるか?」 「い、いえ……」 「お前の怒りを鎮めさせるためだ。死球というグレーなルールを使い、気持ちをスカッとさせるためだ。いいか? もう一度言うぞ、お前の怒りを鎮めさせるためにマウンドに立たせたのだ。それが野次でイライラしてどうする」 「も、申し訳ございません」 「しかし、先程の不用意な配球は私のミスなのは間違いない――どうやら、私も自分の短所が出てしまったようだ。直ぐに調子に乗ってしまう悪い癖がな」 バッテリー同士で何かを話し合っているようだ。 すると鐘刃が、 「フフフ……ハハハハハッ!」 ――突然笑い始めた。 「か、鐘刃様!?」 動揺するのはアルストファーを始めとするナイン。 指揮官の笑いに困惑している。 「アーハッハッハッハッハアッ!!」 だが部下達の心配をよそに鐘刃は高笑いを続けている。 アルストファーは狂気的な笑いを続ける鐘刃を心配した様子で見ていた。 「ど、どうされたのですか」 「大丈夫だ。私は正気だよ」 鐘刃は笑い終えると真顔になる。 そして、僕達がいる三塁側ベンチに見ながら言った。 「最高に面白いヤツらだ。ザコ、お荷物、灰色のチームと言われるメガデインズにちょいと手を焼くとは思わなかった。素晴らしい、実に素晴らしい野球選手達ではないか」 ――ググッ……グッ……ググッ……! そう述べると体の動かし始めた。 それはまるで物質系の魔物である木人形が行う怪しい踊りだ。 こちらの気力を削ぐような怪しげなポージングを披露していく。 ――バァーン! 「〝クソカスな勇気〟!」 ――バァーン! 「〝無駄な努力を積み上げて手に入れた強さ〟!」 ――バァーン! 「〝敬意を表そう〟じゃあないか!」 ――バァーン! 「決めたぞ! 〝再度ピッチャーとキャッチャーの交代〟だ!!」 「え、ええ?」 怪しげなポージングを終えると鐘刃は選手交代を告げた。 主審の万字さんは戸惑っている様子だ。 「こ、交代?」 「もう二度とは言うまいぞ。〝ピッチャーとキャッチャーの交代〟だ」 「え、えーっと……」 意味不明な挙動を取りながらの発言で飲み込めていない。 そんな万字さんを見て、鐘刃はイラッとした表情で叫んだ。 「さっさとしろ! コミッショナー権限で解雇にしてやってもいいんだぞ!」 「は、はい!」 パワハラだ。 万字さんは直立不動、更には敬礼している。 雇用者である鐘刃は満足そうな表情、キングオブ横暴な態度。 ――ググッ……! そして鐘刃は手足を捩じり、腰をうねりながら独創的なポージングをキメる。 ――バァーン! 一体あのポージングに……。 「BGBGsの全軍に告ぐ!」 ――バァーン! どんな意味が……。 「〝余興は終わり〟だ!」 ――バァーン! あるんだろうか。 「作戦名『ガンガンいくぜ』を発令する!!」 ガンガンいくぜ!? 僕が勇者時代によくとっていた作戦ではないか。 その作戦は魔力など気にせずに、どんどん強力な特技や魔法を連発させるというものだ。 全力で迅速に……敵を蹂躙していくその作戦だ。 「何を考えている!」 僕の質問に鐘刃は体から黒いオーラを放ちながら言った。 「バカ試合だよ! お互いにバカ試合を踊ろうではないか!!」 「バ、バカ試合!?」 「一方的なワンサイドゲームをしてやると言っておるのだ!」 ――ビリッ! 「なっ!?」 僕は鐘刃の〝奇行〟に驚いた。 その奇行とは……ッ! 『NPBのコミッショナーである鐘刃周が! BGBGsの野球戦士兼指揮官である鐘刃が!』 「ハァーーッ!!」 『高貴なる服を破いたぞッ!?』 「フンッ!」 ――ビリリリィッ! 『更にズボンも裂いてッ!?』 「これも邪魔だッ!!」 ――バリリリィッ! 『く、黒い高級そうなパンツも手で引き千切りッ!?』 ――ドーン! 『ぜ、全裸となったアアアッッッ!』 「生まれたまんまの私だ!」 鐘刃は貴族服も下着もなくなった。 装備なしの状態……つまりは全裸だ。 メガデインズのメンバーもBGBGsのメンバーも、そして観客である魔物達も……。 この男の行動に何も言えなかった。 「あ、あの……鐘刃様……」 敵軍のゼルマ。 アルセイスという魔物であるが一応は女性である。 この指揮官のセクハラ的で理解不能な行動に顔を赤らめ、目をそらせながら尋ねる。 「何がしたいんですか?」 よくぞ言ってくれた。僕も同じ意見だ。 鐘刃は優しい口調で、 「もちろん、戦闘準備のためだよ」 と述べながらゼルマに近付く。 ズイズイと迫る全裸の鐘刃に引き気味だ。 「う、うぐっ……」 「この世界には『裸一貫』という言葉がある。意味としては『自分の体以外、資本となるものを何も持たない』という意味だ。その言葉に従い、私は裸となった。これは心をゼロにし、これより本気モードに入るための儀式的な行動さ」 「ううっ……」 顔を背けるゼルマ。 大袈裟な身振り手振りと口調で言っているが、やっていることは部下へのセクハラだ。 応援席にいるマリアムはまたも野次を飛ばす。 「おい! おっさんセクハラやんけ!」 続けてMegaGirlsの面々も抗議した。 「あんたのコンプライアンスはどうなってんの!」 「変態コミッショナー!」 「ストリップ劇場は余所でやってろですゥ!」 同じく天堂オーナーも、 「アレも獅子唐サイズだぞォ!」 と鐘刃をなじった。 ――プチッ…… 「黙れイイイィィィッ!!」 鐘刃はマリアム達に怒声を飛ばした。 これまでとない怒りの表情だった。 「誰がおっさんだ! 何が獅子唐サイズだ! 安全圏の外野から野次るだけのド畜生どもめ!!」 ――ピタッ…… マリアム達は鐘刃の怒声に沈黙した。 「フン……この試合で勝利した後は天堂除くお前らは、たっぷりとあんなことやこんなことをしてやる」 やれやれといった顔になる鐘刃。 するとまたもや僕達に奇行を披露し始めた。 「さて……ちょいとキレたところで……」 ニコッ。 鐘刃の口角が少し上がった。 「10度!」 ニコッ。 「20度!」 ニコッ。 「30度!」 ニコッ。 「セルフスマイルセラピーで心をリセットだ」 満面の笑みを作り上げた。 鐘刃は動揺する僕達を尻目に主審に言った。 「少し着替える時間が欲しい」 「えっ?」 「着替える時間だよ。ユニフォームという戦闘服を装備するためにね」 「きょ、許可しよう……」 「Thanks!」 ゆったりと歩み始めた鐘刃、向かう先は一塁ベンチのようだ。 途中、鐘刃は僕達がいる三塁ベンチ側を見ながら言った。 「今のうちに回復アイテムを用意するんだな」 邪悪な笑みだった。その顔に僕達は戦慄した。 「何だか嫌な予感がする」 それが僕の正直な気持ちだ。 これまでの言動や行動といい、この男の真意が全く読めない。 何かこう術にハマり惑わされているような気がする。 試合はリードしている――が流れが変わりそうな雰囲気だ。
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