勇球必打!
ep72:ユニフォームという戦闘服

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 ネノさんのスクイズ、そして安孫子さんの復活の一打により3点を奪い取った。  2回の表とまだ序盤ではあるが、僕達が試合をリード。  鐘刃の意図は分からないが、投手交代で流れが変わったとも言える。  試合の流れが変わったことを読んだ、野球通のマリアムが野次を飛ばした。 「迷采配やったで。あんたが投げとった方が絶望やったぞ」 「あのアルセイスめ! 偉大なる鐘刃様を侮辱するとは!」  マウンドにいるアルストファーはマリアムを睨む。  鐘刃はそんなアルストファーの肩をポンと叩いた。 「怒るな、お前の悪い癖だぞ。普段は冷静沈着だが、ちょっとした想定外が起これば怒り狂う。私が何故お前を投手としてマウンドに立たせたか分かるか?」 「い、いえ……」 「お前の怒りを鎮めさせるためだ。死球というグレーなルールを使い、気持ちをスカッとさせるためだ。いいか? もう一度言うぞ、お前の怒りを鎮めさせるためにマウンドに立たせたのだ。それが野次でイライラしてどうする」 「も、申し訳ございません」 「しかし、先程の不用意な配球は私のミスなのは間違いない――どうやら、私も自分の短所が出てしまったようだ。直ぐに調子に乗ってしまう悪い癖がな」  バッテリー同士で何かを話し合っているようだ。  すると鐘刃が、 「フフフ……ハハハハハッ!」  ――突然笑い始めた。 「か、鐘刃様!?」  動揺するのはアルストファーを始めとするナイン。  指揮官の笑いに困惑している。 「アーハッハッハッハッハアッ!!」  だが部下達の心配をよそに鐘刃は高笑いを続けている。  アルストファーは狂気的な笑いを続ける鐘刃を心配した様子で見ていた。 「ど、どうされたのですか」 「大丈夫だ。私は正気だよ」  鐘刃は笑い終えると真顔になる。  そして、僕達がいる三塁側ベンチに見ながら言った。 「最高に面白いヤツらだ。ザコ、お荷物、灰色のチームと言われるメガデインズにちょいと手を焼くとは思わなかった。素晴らしい、実に素晴らしい野球選手達ではないか」 ――ググッ……グッ……ググッ……!  そう述べると体の動かし始めた。  それはまるで物質系の魔物である木人形パペットが行う怪しい踊りだ。  こちらの気力を削ぐような怪しげなポージングを披露していく。 ――バァーン! 「〝クソカスな勇気〟!」 ――バァーン! 「〝無駄な努力を積み上げて手に入れた強さ〟!」 ――バァーン! 「〝敬意を表そう〟じゃあないか!」 ――バァーン! 「決めたぞ! 〝再度ピッチャーとキャッチャーの交代〟だ!!」 「え、ええ?」  怪しげなポージングを終えると鐘刃は選手交代を告げた。  主審の万字さんは戸惑っている様子だ。 「こ、交代?」 「もう二度とは言うまいぞ。〝ピッチャーとキャッチャーの交代〟だ」 「え、えーっと……」  意味不明な挙動を取りながらの発言で飲み込めていない。  そんな万字さんを見て、鐘刃はイラッとした表情で叫んだ。 「さっさとしろ! コミッショナー権限で解雇にしてやってもいいんだぞ!」 「は、はい!」  パワハラだ。  万字さんは直立不動、更には敬礼している。  雇用者である鐘刃は満足そうな表情、キングオブ横暴な態度。 ――ググッ……!  そして鐘刃は手足を捩じり、腰をうねりながら独創的なポージングをキメる。 ――バァーン!  一体あのポージングに……。 「BGBGsの全軍に告ぐ!」 ――バァーン!  どんな意味が……。 「〝余興は終わり〟だ!」 ――バァーン!  あるんだろうか。 「作戦名『ガンガンいくぜ』を発令する!!」  ガンガンいくぜ!?  僕が勇者時代によくとっていた作戦ではないか。  その作戦は魔力など気にせずに、どんどん強力な特技や魔法を連発させるというものだ。  全力で迅速に……敵を蹂躙していくその作戦だ。 「何を考えている!」  僕の質問に鐘刃は体から黒いオーラを放ちながら言った。 「バカ試合だよ! お互いにバカ試合を踊ろうではないか!!」 「バ、バカ試合!?」 「一方的なワンサイドゲームをしてやると言っておるのだ!」 ――ビリッ! 「なっ!?」  僕は鐘刃の〝奇行〟に驚いた。  その奇行とは……ッ! 『NPBのコミッショナーである鐘刃周が! BGBGsの野球戦士兼指揮官プレイングマネージャーである鐘刃が!』 「ハァーーッ!!」 『高貴なる服を破いたぞッ!?』 「フンッ!」 ――ビリリリィッ! 『更にズボンも裂いてッ!?』 「これも邪魔だッ!!」 ――バリリリィッ! 『く、黒い高級そうなパンツも手で引き千切りッ!?』 ――ドーン! 『ぜ、全裸となったアアアッッッ!』 「生まれたまんまの私だ!」  鐘刃は貴族服も下着もなくなった。  装備なしの状態……つまりは全裸だ。  メガデインズのメンバーもBGBGsのメンバーも、そして観客である魔物達も……。  この男の行動に何も言えなかった。 「あ、あの……鐘刃様……」  敵軍のゼルマ。  アルセイスという魔物であるが一応は女性である。  この指揮官のセクハラ的で理解不能な行動に顔を赤らめ、目をそらせながら尋ねる。 「何がしたいんですか?」  よくぞ言ってくれた。僕も同じ意見だ。  鐘刃は優しい口調で、 「もちろん、戦闘準備のためだよ」  と述べながらゼルマに近付く。  ズイズイと迫る全裸の鐘刃に引き気味だ。 「う、うぐっ……」 「この世界には『裸一貫』という言葉がある。意味としては『自分の体以外、資本となるものを何も持たない』という意味だ。その言葉に従い、私は裸となった。これは心をゼロにし、これより本気モードに入るための儀式的な行動さ」 「ううっ……」  顔を背けるゼルマ。  大袈裟な身振り手振りと口調で言っているが、やっていることは部下へのセクハラだ。  応援席にいるマリアムはまたも野次を飛ばす。 「おい! おっさんセクハラやんけ!」  続けてMegaGirlsの面々も抗議した。 「あんたのコンプライアンスはどうなってんの!」 「変態コミッショナー!」 「ストリップ劇場は余所でやってろですゥ!」  同じく天堂オーナーも、 「アレも獅子唐サイズだぞォ!」  と鐘刃をなじった。 ――プチッ…… 「黙れイイイィィィッ!!」  鐘刃はマリアム達に怒声を飛ばした。  これまでとない怒りの表情だった。 「誰がおっさんだ! 何が獅子唐サイズだ! 安全圏の外野から野次るだけのド畜生どもめ!!」 ――ピタッ……  マリアム達は鐘刃の怒声に沈黙した。 「フン……この試合で勝利した後は天堂除くお前らは、たっぷりとあんなことやこんなことをしてやる」  やれやれといった顔になる鐘刃。  するとまたもや僕達に奇行を披露し始めた。 「さて……ちょいとキレたところで……」  ニコッ。  鐘刃の口角が少し上がった。 「10度!」  ニコッ。 「20度!」  ニコッ。 「30度!」  ニコッ。 「セルフスマイルセラピーで心をリセットだ」  満面の笑みを作り上げた。  鐘刃は動揺する僕達を尻目に主審に言った。 「少し着替える時間が欲しい」 「えっ?」 「着替える時間だよ。ユニフォームという戦闘服を装備するためにね」 「きょ、許可しよう……」 「Thanks!」  ゆったりと歩み始めた鐘刃、向かう先は一塁ベンチのようだ。  途中、鐘刃は僕達がいる三塁ベンチ側を見ながら言った。 「今のうちに回復アイテムを用意するんだな」  邪悪な笑みだった。その顔に僕達は戦慄した。 「何だか嫌な予感がする」  それが僕の正直な気持ちだ。  これまでの言動や行動といい、この男の真意が全く読めない。  何かこう術にハマり惑わされているような気がする。  試合はリードしている――が流れが変わりそうな雰囲気だ。

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