勇球必打!
ep40:意外な助っ人と投手転向

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 サタンスカルズの暴挙により、安孫子さんは負傷退場。  経験浅く、異常事態の中で投げる湊はスタミナも精神も疲弊、打ち込まれて3失点でノーアウト満塁の大ピンチだ。  2回表で回は浅い。だが、僕達はこの悪魔のようなチームに負けられない。 「投げろって……アランは外野手ですよ」 「ブルペンに投手はいるんでしょう」  河合さんや鳥羽さんの一言に、西木さんはベンチを横目で見た。 「見ろ……」  その一言に森中さんやドカが何か気付いた。 「ベンチにいた控え選手や赤田さんを除くコーチ陣がいねェ!?」 「ど、どうなっとるんや」 「サタンスカルズの異様な雰囲気に恐れをなして逃げ出した。ブルペンも同じだ、気付いた時には誰もカメラに映っていない……」  何てことだろう……仲間の殆どは逃げ出してしまった。  僕はデホとブルクレスを見た、イブリトスとの最終決戦ラストバトルのことを思い出す。  圧倒的な力の前に二人は恐怖を覚え、深層で思っている本音を僕にぶつけてきた。  その時と同じ状況が起こっていた。  僕は全身が震える、あの時の無念さ敗北感を思い出したのだ。 「ハハハハハ!」  最悪、絶体絶命の状況で佐古さんが一人笑い始めた。 「さ、佐古さん?」  佐古さんは虚空を見上げながら言った。 「私の『サコタイム』はお客さんが大勢いて、平和な時でこそ輝く」  何だか狼狽しているような……雲行きがどんどん怪しくなる。  そんな佐古さんに対し森中さんが言った。 「おっさん、何を意味不明なことを言ってんだ」 「黙らっしゃい、グラサンのとっつぁんボウヤ」 「な、何だと!?」 「そもそも、この経験豊富な佐古如水を9番というウンチ打順にする時点でそもそもおかしかったんだ。私は激しく西木氏のゴミ&ゴミ采配に抗議するのと同時に――」 ――ダッ! 「こんな無法野球なんてやってたら、命がいくつあっても足りない!」 ――佐古は逃げ出した! 「あっ! おい!?」 「あの野郎……」  森中さんや鳥羽さんが苦々しく見つめる。  国定さんは、佐古さんが赤田さんの静止を振り切りベンチ裏へと消えていく様子を眺めながら言った。 「仕方あるまい。華法野球に慣れ過ぎて、このような荒々しい戦国野球は佐古のようなお嬢様には辛すぎる現実だ」  国定さんの言葉は少し難解であるが言いたいことは分かる。  ベテランといえど佐古さんは平時の野球に慣れ過ぎており、このような殺伐とした雰囲気の中で野球をするのには経験不足だったのであろう。  でもそれは残ったメンバーも同じ、佐古さんには泥臭さと闘志がなかった。 「情けねェ野郎だ」  デホが呆れて言い放つも、僕は言葉を返した。 「お前だって逃げ出しただろ」 「ちっ……嫌な事だけは覚えてやがる」 「それよりもそちらは二人欠場したがどうするんだ」 「……」  ブルクレスの言葉に西木さんは口をつぐんだ。  二人欠場……ベンチにはスペンシーさんがいるものの、まだ一人足りない。 ――ザッ…… 「まず、私がショートを守るのは決定事項だな」  スペンシーさんがグラブに手を当て、大きな体を揺すりながらこちらに向かう。  後は外野だが……。 「俺が行かせてもらうぜェ!!」  三塁側ベンチから何者かが立ち上がった。 ――ドン! 「この元山七郎が助っ人参戦させてもらう!」  元山だった。  キャッチャーミットを持つ左手をグルグルと回しながら、デホ達を指差した。 「俺とジョーは同じカムイでメシを喰ってた兄弟分! その仇を討たせてもらうぜェ!!」  目が血走る元山、気合十分でほのかに闘気が見える。  デホとブルクレスは腕を組んだまま言った。 「そういえばいたな、ネタキャラめ」 「主審よ特別ルールだ。こやつをメガデインズメンバーとしての参加を許可しろ」  本来はルール違反であろうが、不穏な空気での試合である。  ブルクレスの威圧感に押され審判団は黙って頷いていた。 「まさか炎原に便利屋扱いされてたのがここで活きるとはな! 俺は外野に行かせてもらう!!」  元山は鼻息を荒くしてこちらに走って来た。  いつの間にか手には外野手用のグラブに差し代わっていた。 「これで何とか試合は続行か……碧、頼んだぞ」 「頼んだぞって……監督、僕は投手なんてやったこと――」 「片倉さんに薦められているんだ、あの人はずっとお前のことを入団テストを見ていてな。身体能力の高さにずっと太鼓判を押していた、技術も白紙に近い状態で鍛え上げればどんなポジションでもイケるとな」  僕は思い出していた。以前に元山との1打席勝負の事だ。  片倉さんは言っていた。 ――技術さえ磨けば投手としてやっていけるかもしれない。  まさかこんな場面でそれが実現するなんて……。 「お前は野手登録だが、投手として育てるようにずっと言われているんだ。機会を見て投手の練習をさせるつもりだったが、それも今こんな状況では出来ん」  西木さんの目は本気だ。  それに超緊急事態、このまま湊が投げても滅多打ちに合うだけだろう。  自惚れと言われればそれまでだが、僕は自分の能力を信じて力強く答えた。 「はい!」 ☆★☆ 『緊急登板の外野手アラン! 即席投手転向だが大丈夫か!?』  ベンチでは降板した湊のフォローか、西木さんが二人で話し合っていた。 「湊、すまない」 「いえ……僕が悪いんです」 「あの異様な能力者が何人もいては、流石のお前でも抑えることは不可能と思ってな」 「僕でも? 僕は育成上がりですよ」 「ホッグスくんはそうは思っていないようだが……」 「ホ、ホッグスくん?」  湊はベンチのホッグスくんを見ていた。次に赤田さんが何やら湊に言っている。 「湊には悪いが外野は守れるか?」 「高校時代は外野も守らされていたので大丈夫です」  話が終わると湊はベンチから飛び出し外野に向かっている。守るのはセンター、控え選手がいないための苦肉の策だ。  さて……僕は投手としてプロ初登板。相手は左打席に立つデーモン44号。  僕は野手投げに近い形で球を投じる。 ――ビュッ! 「ボール!」  判定はボール。僕はずっと特技を使えないでいる。  つまり【投擲】による精妙なコントロールが欠けた状態なのだ。 (球はメチャ速い、でもコントロールがクソだな)  打席のデーモン44号は不敵に笑う。  それを見たドカがマウンドまで走って来た。 「えらい剛速球やないか」 「しかし、ストライクゾーンに入らなければ……」 「こうなったら真ん中に構えるで!」 「ドカ、そんな無茶苦茶な」 「荒れ球やから適当に散らばってくれるやろ」 「だけど……」 「たかが野球、流石に負けたといっても命までは取られんやろ」  ケガ人が続出していて、更には僕の命まで狙われているのにドカは呑気なものだと思った。 「オラ! さっさと投げろよ色男!!」 「ビビってんのか!」  三塁側ベンチからデホ達の地鳴りのような野次が飛んだ。 「たかが野球か……」 ――騒げ、騒げ、もっと騒げ!  僕は三塁側ベンチに向かって、一人呟いた。 ――ビュンッ!!  自然と集中し、球を投じる。 (来たッ!) ――カーン!  球がこちらに飛ぶ、ワンバウンドするピッチャー返しだ。 ――パシッ!  グラブから音が響く、難しい打球を処理したのを確認すると……。 「ドカ!」 「あいさ!!」  キャッチャーに投げ、まずはワンアウト。 「てい――ッ!!」 「アウト!!」  気合一閃、続いてドカは一塁に投じてツーアウトを取る。 『芸術的なゲッツーの完成だ!!』  そう……僕は何とかツーアウトをものにした。

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