「スペンシーさん!」 「た、大変や!」 僕とドカを始めとするメガデインズナインが走る! 「これは……」 「西木さん! 我々も!」 「当然だ!」 総指揮官である西木さんと副官である赤田さんも走る! 頼れるベテラン助っ人が――大僧正が倒れたからだ! 「だ、大丈夫ですか!」 僕は声をかけるも返事はない。 目を閉じたまま意識を失っているようだ。 「どきな!」 ネノさんが僕を押しのけると呼吸と心臓音を確認する。 「大丈夫だ――生きてはいるが相当な体力を消耗しちまっている」 二塁にいた安孫子さんは安堵した表情で言った。 「プロで数年メシを喰っているが、あんな恐ろしいスイングと打球は初めて見たぜ。異世界野球ってのは恐ろしいもんだな」 よかった……よかったのではあるが……。 このまま意識を回復しないようであると、戦力が大幅に削れてしまうのは間違いない。 「プロフェッサー! 目を覚ましてくれ!」 「あんたがいないようでは……」 森中さんや鳥羽さんが声を掛けるも目を覚まさない。 再起不能か――そう思ったとき元山が言った。 「オニキア! お前、不思議な術が出来るだろ!」 「わかっているわ」 ――ヒール! 生命力を回復させるヒール。 リカイアムよりも劣るが、対象者のHPを回復させる呪文だ。 淡い光がスペンシーさんを照らす。 だが、スペンシーさんの意識はまだ戻らなかった。 「ダメ……ヒール程度の魔法じゃ回復しない」 「な、なんだって!? お前は賢者じゃないのかよ!」 元山の言葉にオニキアは顔を伏せた。 「――ごめんなさい」 「す、すまん」 彼女は闇の術法に手を出してしまったのだ。 レベルは低下し魔力が減少、簡単な回復魔法であるヒール程度しか使用できないのだ。 意識が戻らないスペンシーさんに僕達はどうすることも出来なかった。 僕達が落胆するなか国定さんが出てきた。 「私がやろう。リカイアムのような回復魔法出来ないが――」 ――ボヒール! 「ボヒールならば使用できる!」 国定さんはボヒールを唱えた。 これはヒールとリカイアムの中間にある回復魔法。 そこそこのHPを回復させることが可能だ。 「うぐっ……」 スペンシーさんが目を覚ました! 大きな体を立ち上がらせると国定さんに言った。 「すまないな大魔導師」 「回復役が無理をするな。元々あの特技は神殿騎士のものであろう」 「ふふっ……無茶な改造コードはバグが起こる」 「二度とやるんじゃないぞ」 「OK……それに皆にも心配をかけたな」 これでスペンシーさんは試合から離脱できずに済んだ。 ――とはいえ体は少し萎んだようにも見える。 「フン……鬱陶しい回復役は他にもいたか」 鐘刃は憎々しい目でこちらを見つめている。 そして、僕達を指差しながら言った。 「何にせよさっさと守備につけ、次は我々BGBGsの攻撃だ」 次は2回の裏で僕達が守りにつかなければならない。 ――次は4番打者である鐘刃との対戦だ。 体全身にグッと力が入る。 「力んでいるぞ」 スペンシーさんがそう言うと僕の肩をポンと叩いた。 大きかった手は小さく感じた……。 僕を見つめる顔は、何故か申し訳なさそうな顔をしていた。 「2ターンで仕留めたかったのだがな」 「体は大丈夫なんですか、やはり休んだ方が……」 「パーティメンバーは少ないんだろ? HPがあるうちは最後まで闘い抜くさ」 「でも……」 「大丈夫だ」 スペンシーさんはそう述べると、自分のベンチへと戻っていく。 その小さくなった後ろ姿を僕達はただただ見つめる他ない。 そう――鐘刃の奇襲からここまで急展開の連続。 メガデインズの一軍選手が殆ど離脱し、この最終決戦に参加したメンバーは少ない。 元山やオニキアが急遽仲間になったが、キャラが少ないのが現状だ。 この残り少ないカードでどこまで闘えるか……。 「やるぞ……我々は闘い抜くしかない」 西木さんの静かな一言。 そうだ――最終決戦に『にげる』というコマンドはない。 ☆★☆ 僕はスパイクの紐を結び直し、グラブをはめてマウンドへと向かう。 その時、観客席から魔物達が何やら会話する声が聞こえた。 「危く俺達まで巻き込まれるところだったな」 「三塁側のダイナミック席にいたヤツらが死んだみたいだぜ」 「あそこは人間どものチーム側の席だったからなァ」 「だから壁として召喚されたんだろうよ」 「キケケ……ビジター席しか取れなかったか。運の悪いヤツらだぜ」 仲間が捨て駒にされたというのに――所詮は邪悪な心を持つ魔物か。 慈悲心のない魔物達の声に怒りを覚える。 「アラン! 三振の山を築くんやで!」 マリアムの応援する声が聞こえた。 同じ魔物だというのに彼女は――いや違う。 人間とて同じ、僕だってそうだった。 逃げるデホやブルクレスが殺された時に……。 「何考えとるんや、集中や集中!」 僕が物思いに耽るとドカが声を掛けた。 「まだ3点差や! ボケッとしとったら打たれるで!!」 「はい」 そうだ。まだ2回の裏――次はあいつ。 4番の鐘刃周からの攻撃だ。 『な、何と申したらよいでしょうか。NPBの……いや日本の野球界の未来を賭けた〝空前絶後の異世界野球〟! メガデインズの攻撃は終了、これからBGBGsの攻撃ですッ!!』 『まだまだ2回の裏――あまりにも濃密過ぎる闘いが序盤戦から繰り広げられているぜ』 それにしても、スペンシーさんの状態が気になる。 本人は「大丈夫だ」と言っていたものの、HPとMPを消費する全力全霊の聖闘気を繰り出したのだ。 「締まっていくぞボーイ!」 グラブを叩いて気合を入れるも無理しているように見えた。 万全の状態には決して見えない。でもここはスペンシーさんを信じるしかない。 僕はプレートを踏み、4番打者である鐘刃を見据えるが―― 「なっ……!?」 僕は驚いた。 長い――異様に長いバットを持っていた。 『何という長さのバットでしょうか! ブロンディさん、これはどういうことでしょうか!?』 『俺らプロ野球選手が使うバットは、通常35インチから36インチ……つまりcmで換算すると88.9㎝から91.44㎝と規定されている。公式ルールでは42インチ、106.7㎝まで――この試合で使用するということは、ルール上問題のないギリギリの42インチのものだろうぜ』 「我が手にするバットは〝ムラマサバット〟!」 「ムラマサバット!?」 「魔界に生息する冥府樹から作った特製バットだ」 ムラマサバットからは妖気を発している。 おそらく人間では扱えない代物、呪われた野球道具と言ってもよい。 「遊びは終わりだ。このムラマサバットで貴様を殺す」 鐘刃は静かに右打席に立つと、バットの先端をこちらへと向けている。 あのフォームはどこかで見覚えがあるような……。 「奇しくも同じフォームだな、勇者アランよ」 あれは〝霞の構え〟だ!
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