勇球必打!
ep78:ムラマサバット

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「スペンシーさん!」 「た、大変や!」  僕とドカを始めとするメガデインズナインが走る! 「これは……」 「西木さん! 我々も!」 「当然だ!」  総指揮官監督である西木さんと副官ヘッドコーチである赤田さんも走る!  頼れるベテラン助っ人が――大僧正アークビショップが倒れたからだ! 「だ、大丈夫ですか!」  僕は声をかけるも返事はない。  目を閉じたまま意識を失っているようだ。 「どきな!」  ネノさんが僕を押しのけると呼吸と心臓音を確認する。 「大丈夫だ――生きてはいるが相当な体力を消耗しちまっている」  二塁にいた安孫子さんは安堵した表情で言った。 「プロで数年メシを喰っているが、あんな恐ろしいスイングと打球は初めて見たぜ。異世界野球ってのは恐ろしいもんだな」  よかった……よかったのではあるが……。  このまま意識を回復しないようであると、戦力が大幅に削れてしまうのは間違いない。 「プロフェッサー! 目を覚ましてくれ!」 「あんたがいないようでは……」  森中さんや鳥羽さんが声を掛けるも目を覚まさない。  再起不能か――そう思ったとき元山が言った。 「オニキア! お前、不思議な術が出来るだろ!」 「わかっているわ」 ――ヒール!  生命力を回復させるヒール。  リカイアムよりも劣るが、対象者のHP体力を回復させる呪文だ。  淡い光がスペンシーさんを照らす。  だが、スペンシーさんの意識はまだ戻らなかった。 「ダメ……ヒール程度の魔法じゃ回復しない」 「な、なんだって!? お前は賢者じゃないのかよ!」  元山の言葉にオニキアは顔を伏せた。 「――ごめんなさい」 「す、すまん」  彼女は闇の術法に手を出してしまったのだ。  レベルは低下し魔力が減少、簡単な回復魔法であるヒール程度しか使用できないのだ。  意識が戻らないスペンシーさんに僕達はどうすることも出来なかった。  僕達が落胆するなか国定さんが出てきた。 「私がやろう。リカイアムのような回復魔法出来ないが――」 ――ボヒール! 「ボヒールならば使用できる!」  国定さんはボヒールを唱えた。  これはヒールとリカイアムの中間にある回復魔法。  そこそこのHP体力を回復させることが可能だ。 「うぐっ……」  スペンシーさんが目を覚ました!  大きな体を立ち上がらせると国定さんに言った。 「すまないな大魔導師ハイウィザード」 「回復役が無理をするな。元々あの特技は神殿騎士テンプルナイトのものであろう」 「ふふっ……無茶な改造コード大技バグ体に負荷が起こる」 「二度とやるんじゃないぞ」 「OK……それに皆にも心配をかけたな」  これでスペンシーさんは試合から離脱できずに済んだ。  ――とはいえ体は少し萎んだようにも見える。 「フン……鬱陶しい回復役は他にもいたか」  鐘刃は憎々しい目でこちらを見つめている。  そして、僕達を指差しながら言った。 「何にせよさっさと守備につけ、次は我々BGBGsの攻撃だ」  次は2回の裏で僕達が守りにつかなければならない。  ――次は4番打者である鐘刃との対戦だ。  体全身にグッと力が入る。 「力んでいるぞ」  スペンシーさんがそう言うと僕の肩をポンと叩いた。  大きかった手は小さく感じた……。  僕を見つめる顔は、何故か申し訳なさそうな顔をしていた。 「2ターン短期決戦で仕留めたかったのだがな」 「体は大丈夫なんですか、やはり休んだ方が……」 「パーティベンチメンバーは少ないんだろ? HP体力があるうちは最後まで闘い抜くさ」 「でも……」 「大丈夫だ」  スペンシーさんはそう述べると、自分のベンチへと戻っていく。  その小さくなった後ろ姿を僕達はただただ見つめる他ない。  そう――鐘刃の奇襲からここまで急展開の連続。  メガデインズの一軍選手が殆ど離脱し、この最終決戦ラストバトルに参加したメンバーは少ない。  元山やオニキアが急遽仲間になったが、キャラ選手が少ないのが現状だ。  この残り少ないカードでどこまで闘えるか……。 「やるぞ……我々は闘い抜くしかない」  西木さんの静かな一言。  そうだ――最終決戦ラストバトルに『にげる』というコマンド選択肢はない。 ☆★☆  僕はスパイクの紐を結び直し、グラブをはめてマウンドへと向かう。  その時、観客席から魔物達が何やら会話する声が聞こえた。 「危く俺達まで巻き込まれるところだったな」 「三塁側のダイナミック席にいたヤツらが死んだみたいだぜ」 「あそこは人間どものチーム側の席だったからなァ」 「だから壁として召喚されたんだろうよ」 「キケケ……ビジター席しか取れなかったか。運の悪いヤツらだぜ」  仲間が捨て駒にされたというのに――所詮は邪悪な心を持つ魔物か。  慈悲心のない魔物達の声に怒りを覚える。 「アラン! 三振の山を築くんやで!」  マリアムの応援する声が聞こえた。  同じ魔物だというのに彼女は――いや違う。  人間とて同じ、僕だってそうだった。  逃げるデホやブルクレスが殺された時に……。 「何考えとるんや、集中や集中!」  僕が物思いに耽るとドカが声を掛けた。 「まだ3点差や! ボケッとしとったら打たれるで!!」 「はい」  そうだ。まだ2回の裏――次はあいつ。  4番の鐘刃周からの攻撃だ。 『な、何と申したらよいでしょうか。NPBの……いや日本の野球界の未来を賭けた〝空前絶後の異世界野球〟! メガデインズの攻撃は終了、これからBGBGsの攻撃ですッ!!』 『まだまだ2回の裏――あまりにも濃密過ぎる闘いが序盤戦から繰り広げられているぜ』  それにしても、スペンシーさんの状態が気になる。  本人は「大丈夫だ」と言っていたものの、HP気力MP精神を消費する全力全霊の聖闘気セイクリッドドライヴを繰り出したのだ。 「締まっていくぞボーイ!」  グラブを叩いて気合を入れるも無理しているように見えた。  万全の状態には決して見えない。でもここはスペンシーさんを信じるしかない。  僕はプレートを踏み、4番打者である鐘刃を見据えるが―― 「なっ……!?」  僕は驚いた。  長い――異様に長いバットを持っていた。 『何という長さのバットでしょうか! ブロンディさん、これはどういうことでしょうか!?』 『俺らプロ野球選手が使うバットは、通常35インチから36インチ……つまりcmセンチメートルで換算すると88.9㎝から91.44㎝と規定されている。公式ルールでは42インチ、106.7㎝まで――この試合で使用するということは、ルール上問題のないギリギリの42インチのものだろうぜ』 「我が手にするバットは〝ムラマサバット〟!」 「ムラマサバット!?」 「魔界に生息する冥府樹めいぷじゅから作った特製バットだ」  ムラマサバットからは妖気を発している。  おそらく人間では扱えない代物、呪われた野球道具と言ってもよい。 「遊びは終わりだ。このムラマサバットで貴様を殺す」  鐘刃は静かに右打席に立つと、バットの先端をこちらへと向けている。  あのフォームはどこかで見覚えがあるような……。 「奇しくも同じフォームだな、勇者アランよ」  あれは〝霞の構え〟だ!

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