全てのイベントは終了した。 僕を始めとするメンバー全員が集まっていた。 「入団テストを終了する!」 ニシキさんは仁王立ちして叫んだ。 イベントクエストはこうして終了した。 いつの間にか日は暮れ、僕達は夕陽の光を浴びている。 「どうだった」 僕にクロノが話しかけてきた。 彼は別のパーティだったので、どのようなイベントをこなしたかは分からない。 「何とか無事にクリアしたよ」 「そうか、俺は持てる力は全部見せた。後はドラフトの結果待ちだな」 ドラフト? 重要なキーワードを心に刻みつつ、僕は周りの人達を見た。 それぞれ皆、帰り支度をしている。パーティの解散だ。 「じゃあな……運が良かったら、また会おうぜ」 それだけ言ってクロノは去っていった。 その表情はどこか精神力を使い果たしているようだった。 僕はカワイを入れた他のメンバーの顔も見る。 神妙な顔つきの者、笑みを浮かべる者、自信に満ちた顔と様々だった。 結果はどうあれ、全員持てる力を出し切ったように見える。 「碧アランだったな」 解散するパーティメンバーを見ていると、ニシキさんが話しかけてきた。 一体何だろうか。 「キチンとした指導者に野球を習ったのか?」 「えっ?」 「球の握りも、バットの振りも、グラブの使い方も滅茶苦茶だ」 急にダメ出しされた。突然そんなこと言われても困る。 僕は勇者としての経験を生かして精一杯やっただけだ。 困惑している僕を見つめると、ニシキさんは目をキラリと光らした。 「だが、技術は後からでも身に付けられる」 頑固そうなへの字口が、微かに緩んでいたような気がする。 ニシキさんはそれだけ述べると、イベントを手伝っていたスタッフを連れコロシアムを去っていった。 コロシアムに残っているのは僕だけだ。 「いや……ちょっと待て!」 唐突に起きたイベントに流されたが重要な事を忘れている。 ここは一体どういう世界なんだ。 見たこともない建物、人々の服装、それに聞いたことのない言葉のオンパレードだ。 最初このコロシアムを見た段階で、ここが異世界らしき場所なのは分かる。 じゃあ、ここは具体的にどういった世界なのか。 踏みしめる足の感触から、死後の世界ではないことは認識している。 では神界か? そんな大層なものではないだろう。 「流石は勇者様、無茶ぶりからよくぞ見事に結果を出した」 どこからともなく不思議な声がする。 とよくある台詞を口にしたいが何かの気配を感じとれた。 背後に誰かいるのだ、僕は急いで振り向いた。 「あ、あなたは!」 そう振り返ると彼がいた。 僕をコロシアムに連れて行った黒いハットの男だ。 「勇者アランよ、君の試練を見させてもらった」 「何者なんですかあなたは……それにここはどこなんですか?」 「ここじゃあ何だから場所を移そう」 僕は黒いハットの男の肩を掴み揺さぶる。 そうすると彼はニヤリとしながら呪文を唱えた。 ――テレポレート! 僕の身体は宙に浮いた。 瞬間移動呪文テレポレートだ。 困惑した僕を見つめながら男はニタニタと笑ったままだ。 「これから『クエスト通商』へと案内しよう」 クエストツウショウ? どこかの店の名前だろうか……。 男に翻弄されたまま僕はどこかへと連れて行かれた。 ☆★☆ 「な、なんだここは」 気付くと僕は怪しげな店の前にいた。 古い家屋だ。僕がいた世界にあるジャポネスという国の建築物に似た様式だ。 「ささ、中に入りたまえ」 「ちょ、ちょっと!」 黒いハットの男は店の中に入っていく。 男を追って、店内に入ると棚にビンやツボが置かれている。 薬の匂いで充満している、どこかの道具屋だろうか。 「オディリス様、えらい遅かったやないか」 「ごめーん」 若葉色の髪を後ろで結び、耳が尖った少女が飛び出した。 何故かベージュのハンチング帽にダークブラウンのエプロン姿。 可愛い見た目だが油断してはならない、こいつは妖精族の魔物『アルセイス』だ。 状態異常呪文で相手を翻弄する。 「何やコイツ、やるんかい」 構える僕を見ると、アルセイスも構えを取る。 冒険の旅でも戦った経験はあるが、人語をしゃべるタイプは初めてだ。 ちょっと変わった話し方だが――。 「これこれマリアムちゃん。この人が勇者アラン君ですよ」 「うそやん!」 「うそじゃあーりません♡」 どうやら、このアルセイスは敵ではないらしい。 俺が不思議そうに見つめていると、男は黒いハットをテーブルに置いた。 男は僕の方へ振り向くと自己紹介した。 「勇者アラン、私の名前はオディリス。君をこの世界へ連れてきた神だ」 神! いきなりの紹介で戸惑った。 唐突、唐突過ぎる。何もかもが唐突過ぎた。 私は神様だと言われても困る。 「いきなりの超展開に困り顔だね。取り合えず、そこの椅子に座りたまえ」 僕はオディリスと名乗った男に促されたまま椅子に座った。 神か……そう言われるとそうかもしれない。 脚を勝手に動かされたりするなど、摩訶不思議な現象が続いたからだ。 僕は黙ってオディリスを見ていると、マリアムと呼ばれるアルセイスを見て言った。 「マリアムちゃん、生命樹のティー用意してくれる。それからサンダーバードのエッグタルトも」 「へい」 マリアムは僕をチラリと見て、店の奥に引っ込んでいった。 オディリスは改めて僕の顔を見て言った。 「さてと……最後覚えている?」 オディリスはテーブルに両手を置き頬杖を作った。 透き通った白い肌に神秘的な水色の髪、神を名乗るには十分すぎるほどのルックスだ。 「さ、最後?」 「魔王イブリトスとの最終決戦だよ」 僕は気まずくなった。完敗だったからだ。 優秀な仲間、最強に近い武具を装備し、強力な呪文や特技、スキルを身に付けたのにも関わらず……。 「敗因は気付いているよね」 「……はい」 僕は力なく答えた。チーム力がなかった。 勇者でありながら人を心から信じる勇気がなかったのだ。 オディリスはそれを見て頷くと静かに立ち上がった。 「ならばよし!」 オディリスは力強く僕を指差した。 しかも、体をうねらせた変なポーズで立っている。 「人は失敗から成長する!」 更に力強くオディリスは続ける。 「たかが野球、されど野球! まず君は野球を通して真の勇者に覚醒するのだ! 魔王イブリトスを倒すために!!」 「お待ち」 熱く語るオディリスに僕が呆気にとられる中、マリアムはテーブルにお茶とお菓子を置いてくれた。 「困惑してるやないの」 マリアムはやれやれと言った口調だ。 それに対しオディリスはガックリと肩を落としていた。 「そ、そうだね」 ザコモンスターに注意されるオディリス、そこに神の威厳はなかった。 僕はやっと自分が置かれた状況の半分を理解した。 どうやら僕は神の力で蘇生され、異世界へと転移させられてしまったようだ。
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