勇球必打!
ep82:闘神ストレート

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「ありえぬ」  鐘刃はまだ現実を受け入れられていない。  ムラマサバットを握りしめ打席に立ったままだ。  主審の万字さんはマスクを脱いで話しかけた。 「コ、コミッショナー……」 「あんな、投手転向間もない勇者の直球に空振り三振だと」 「すみません。そろそろ下がってもらわないと」 「これは悪夢だ。この魔王転生者である私がこんな無様な結果になるはずなど」 「聞こえておられますか。早く下がってもらわないと――」 「やかましいッ!!」 ――ビリリリィ!  ドーム内に鐘刃の怒号が木霊した。  その声は魔獣の咆哮よりも強く鋭いものだった。  僕だけでなく、ドーム内いる全ての者達の皮膚や筋肉、神経や内臓まで響き渡っているだろう。 ――ツカツカ……  そんな気まずい空気感が漂う中、勇気ある魔物が鐘刃の傍に寄って来た。  マスターマミーのヒロだ。 「鐘刃様、暴言は慎んで下さい。公平なる試合の審判ジャッジを決めるのは彼らです」 「むっ……そうだったな。これはルールある試合、過ぎた暴言は退場処分を受けるな」  ヒロの言葉に鐘刃は冷静さを取り戻したようだ。  万次さんに軽く頭を下げた。 「申し訳ないI am sorry」  どう見ても作り笑顔だ。  口では謝罪の言葉を出しているが、あの鐘刃のことだ。  きっと心の中で舌を出しているに違いない。 「どうやってレベルアップしたか知らんが、次の打席は必ず打ってくれる」  鐘刃は冷たく囁いた。  その手に持つムラマサバットは妖気を放っている。  あのバットでもしボールを打たれれば――  いや……よそう。あの洞窟の中でやった特訓、試練を思い出すんだ。 ☆★☆ 「体の使い方がなっとらん」 「……」 「返事がないな。死んだか?」 「うぐっ……」 「生きていたか。屍にはなっていないのは〝流石は勇者〟といったところか」  冷たい地面を肌で感じる。  そう――僕は麦田力也さんオーガキングの特訓で倒れている。 「回復してやる。さっさと起きろ」 ――麦田は生命樹の雫を使った。アランのHPが回復した。  麦田さんが回復アイテムの生命樹の雫を使ってくれた。  僕は体力が回復し、地面から起き上がる。 「特訓の続きだ。バトルハンマーを持て」 「はい」  僕は武器としてバトルハンマーを装備中だ。  この武器は屈強な戦士が好んで使うものである。  その重さは約10kg……相当に重い。 「さあ! この盾を砕いてみせろ!!」  麦田さんの手には黄金に輝く盾を持っている。  あの盾は『アイジスの盾』と呼ばれる最高峰の防御力を持つ盾だ。  僕がイブリトスとの最終決戦ラストバトルで装備した防具でもある。 「己の持つ潜在能力を解放させろ!」 「はい!」 「来いッ!」  今やっているのは僕の〝力〟を試す試練。  このバトルハンマーで、アイジスの盾を砕かねばならないとのことだ。 「ハァッ!」  僕は気合一閃。  バトルハンマーでアイジスの盾を叩くのだが―― ――ギィィィン……ッ!!  金属音が鳴り響いて弾かれる。  僕は手が痺れバトルハンマーを落とした。 「くっ!」 「何をしてやがる!」  僕は麦田さんに盾で押し倒された。  即座に僕は立ち上がり汗を拭う。 「何故砕けないんだ――」  もう何百回も何千回も振り、打ち続けた。  僕は持てる力を目一杯使っているのだが、アイジスの盾を打ち砕けないでいたのだ。  そもそも無理な話ではないのか?  あの最高峰の防御力を持つアイジスの盾をバトルハンマーで砕くことなど―― 「力の使い方がなっとらんのだ。腕も体幹も脚も……全てがバラバラに動いている」 「そんな難しいことを言われても……」 「情けないヤツだ。俺が手本を見せてやろう」  麦田さんはそう述べると―― 「むゥんッ!」  人間の体からオーガキングの体へと変化させた。 「そ、その姿は……」 「一応言っておくが、この姿は変身呪文のツケコロで変えたものではないぞ」 「でも麦田さんは、この洞窟ではツケコロを……」 「あの時はそうだがな。今回の試練のために、神から特別に生前の姿に戻してもらった」 「神? オディリスですか」 「うむ。異世界の体でないと、お手本を見せられんと俺がごねてな」  麦田さんがオーガキングの姿でいると、何だか魔物と会話しているようで不思議な気分だ。  マリアムもアルセイスという魔物であるが、彼女は人の姿に近く違和感はあまり感じなかった。 「ボケっとしてどうした」 「い、いいえ」 「何が〝いいえ〟だ。お前に強くなってもらわんとデッドラビット兎角さんトレント高橋も浮かばれん」 「し、死んでいませんよ」 「余計なツッコミはいい」 「は、はい」  これまでの冒険で出会った魔物にも人の言葉を話すものもいた。  だが、それはお互いにやるかやられるかの殺伐とした状況が殆どだった。  それが、今は僕を鍛えてくれる師匠的な存在でいてくれるとは―― (いや……待てよ……)  冒険で立ちはだかった魔物は全て勇者パーティを鍛えてくれた存在だったのでは? 「よく見ておけ」  麦田さんはアイジスの盾を地面に置き、どこからともなくカーキー色の鎧を取り出した。  ところどころ金の装飾が施され威厳を感じさせる。 「これが何かわかるか」 「ガイアアーマーですか?」 「そう――俺達オーガキングが低確率でドロップするものだ」  この鎧はガイアアーマー。  大地の精霊の力が宿ると言われるレアアイテム。  これもアイジスの盾と同じく最高峰の防御力を持つ装備品だ。 「それをどうするんですか」 「いいから見ておけ」  麦田さんはそう述べるとガイアアーマーを遠くに置いた。  大きな手には岩が握られている。 「今から何を……」 「剛球の極意を見せてやるぜ」  麦田さんはセットポジションに入ると―― 「転生先の異世界で習得した野球の――肉体を調和的に動かせば!」 ――ブン!  岩をガイアアーマーに向かって投げつけた! 「最強クラスの鎧も打ち砕くことが可能ッ!!」  投げた岩は美しい回転が加わり、抜群のコントロールで鎧に命中。  ガイアアーマーは砕け散った。 「こ、これは……」 「痛恨の一撃ってヤツだな」 「会心の一撃を出せばいいってことですか?」 「シンプルに答えるとそうなるな」  なるほど――大ダメージを負わせるほどの攻撃力を出せばよいということか。  会心の一撃を出すには、あの特技しかない。  麦田さんは僕が何かに気付いたことを察したようで、再びアイジスの盾を装備した。 「来い」  一言述べると盾でしっかりと守り、仁王立ちだ。  僕がやるべき攻撃方法は限られる……。  ただあの特技を発動させる前にスキルを発動させなければならない。  まずは……。 ――スキル【律動調息法】発動!  呼吸を整え、余計な力を抜くことが肝心だ。  がむしゃらに武器を振り回しても、スタミナを無駄に消費するだけだ。  次に……。 ――スキル【精密樹械】発動!  これで攻撃力と命中率が増加。  重いバトルハンマーを確実に操作することが可能だ。  僕は2ターン使ってレアスキル二つを発動させ。  あの特技を発動させることにした! ――特技【鬼神斬り】!  改め! ――特技【闘神斬り】! 「ハァッ!」  気合一閃。  僕は麦田さんが持つアイジスの盾を叩きつけた。 ――ミシィ……  盾に亀裂が入った。 ――メキメキ……  黄金に光り輝く合金の塊は。 ――ガシ"ャ"ン"!  ガラス細工のように砕け散った。 「まずは合格だ」  麦田さんがオーガキングに似つかわしくない笑顔を浮かべる。  僕はこうして、特定の条件で会心の一撃を100%発動させる【闘神斬り】を編み出した。  鐘刃を空振りさせた、伸びのあるストレート――あれはこの技を応用したものだ。  差し当たって【闘神ストレート】と言ったところか。

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