「異世界に来てまで野球をするんかいな」 マリアムの問いにホブゴブリンは答えた。 「俺はただのホブゴブリンだからな。まともな戦闘では勇者には勝てん」 なるほど……まともな戦いでは勝てないと踏んで、野球という特定の条件で戦闘を行うということか。 福井さんや沖田達は魂を売り渡したといっても、何らかの術法で操られているのだろう。 目の焦点があっていない、云わば人質としての役割もあるのだろう。 「野球勝負と言ったってよ、こちらは9人もいないんだが」 ネノさんがそう言った。確かにそうだ野球は最低でも9人以内と試合にならない。 ――9人以上の野球戦士は既に揃いつつあるぞ! あ、あの声は! 頑固でありながらも優しさを感じる声が聞こえた。 遠くから何かが悠々と歩いて来る、近付くごとに懐かしさに溢れた。 「アラン、一回り成長したようだな」 「体が少し大きくなったんじゃないか」 西木さんに赤田さん! 「こいつらは……」 「福井の野郎だ! 俺を干して元ライガースの選手ばかり使いやがって!!」 鳥羽さんに森中さん! 「この姉ちゃん誰だよ、河合はどこに行ったんだ」 マミーのような男が話しかける……安孫子さんか? 「に、西木!?」 驚く福井さん達に向かって、西木さんはニヤリとしている。 「それだけじゃないぞ」 ――シンキング・ベースボールのレクチャーは終わった。 この声はスペンシーさん! 風が吹く中、三人の男達が現れた。 「私の大リーグ仕込みのレッスンは終了した」 「レベルアップは終わりました」 「ワイらも完璧に体が仕上がったで」 スペンシーさんと湊、それともう一人いるが……。 「き、君はドカボンなのかい!?」 「せや、痩せてイケメンになった」 ドカが痩せてイケメン化していた。 天堂さんが驚くのも無理はない、別人のように痩せてて僕も誰なのかと思った。 何だか骨格も変わっているような……まァいいか。 MegaGirlsの面々は、かっこよくなったドカを見てほの字だ。 「かっこいい……」 「イケメン♡」 「ていうか、ドカちゃん変わり過ぎでしょ」 ――女はイケメンを見るとキャーキャーやかましいな! この狂戦士風の声は……。 テレポレートで来たのか、上空から三つの影が颯爽と降りて来た。 「この元山七郎も助太刀するぜィ!!」 「うるさい」 元山だ、それにオニキアもいる。 「待たせたな。我々も加勢させてもらうぞ」 国定さんが何故かVサインしながら言っている。 ――ツカツカ…… ホッグスくんがどこからともなく現れ……。 ――キュキュッ…… いつものようにカンペに何やら書いている。 『小倉達は別行動だ』 ――ピラリ そして、カンペを一枚めくると……。 『飛んで火にいる夏の虫、こいつらを倒して最終調整だ』 挑戦的な言葉を見せるホッグスくん。 ホブゴブリンや福井さんはそれを見て怒りの感情を爆発させる。 「俺達を噛ませ犬扱いにしやがって! お前らが思っている以上に、デドゾンガーリックの効果は凄いからな!!」 「格の違いを見せな」 沖田といえば暗黒の力に溺れているのかテンションMAXだ。 「バカですか!フハハ! 脆そうな君達が暗黒の力を手にした、僕達『ブラックメガデインズ』に勝てると思っているのかい!? 瞬殺です、瞬殺してあげましょう!!」 ☆★☆ ――浪速メガデインズVSブラックメガデインズ 結果は『55-0』により、浪速メガデインズの5回表コールド勝ち。 圧倒的な打撃力と投手力で試合に勝利した。 「こ、この……ジャ、ジャンボ沖田が……」 フィールドに広がるのは再起不能になった沖田達一同――。 「打てませんでした。打たれました。で、終わんのか?」 そして、福井さんだ。 「そらそうよ」 そう言って地面に倒れた。 最後の最後まで、何を言っているのか分からなかった。 「バ、バカな……アレだけ思わせぶりなことをして0コマ死だと!?」 ホブゴブリンは後退りしながら狼狽している。 ブラックメガデインズは確かに強かったが、それは常識の範囲内のものだ。 それぞれが圧倒的で濃密、日に30時間の野球鍛練という矛盾のみを条件にレベルアップした僕達の前では敵ではない。 矛盾した条件を可能としたのは、回復呪文と回復アイテム。 これらを駆使し、疲労する体をその都度全回復させた。 そう無限とも言えるトレーニングを積み上げ、今の僕達は野球レベル99のチート状態なのだ。 「お前らが弱いんじゃあねえ。俺達が強すぎるんだ」 安孫子さんは、バットの先端をホブゴブリンに突き出しながらそう言った。 「こ、これは大変だ。鐘刃様に報告せねば!」 ――ダダダッ! ホブゴブリンは にげだした! 「あっ……逃げた!?」 慌てた様子でホブゴブリンは逃げ出す。 僕が追いかけようとするが、西木さんが止める。 「ザコはほっとけ。我々にはやらねばならないことがあるのだろう?」 「に、西木監督」 「話は全てホッグスくんから聞かされている。今より最終決戦の地へと向かうぞ!」 「えっ!?」 僕がホッグスくんを見ると同時に、何かの呪文を唱えたのだろうか。 上空から再び亜空間の渦が出現した。 「と、唐突過ぎる……」 正直、心の準備は出来ていない。 いきなり最終決戦と言われても……。 ――ギュッ…… 僕はマリアムに手を握られた。 「アラン、このままクリアしようや」 100万ゴールドの笑顔を浮かべるマリアム。 ええーい! もうこうなったら勢いだ!! ☆★☆ 同時刻、遊瞑島12球場の一つ『午の球場』。 この場を守護する『鐘刃サタンスカルズ・バイコーン』は、既に12-10の乱打戦の末に敗れていた。 「し、信じられない。私達が落ちこぼれどもに……」 「これで結界が一つ破られたな」 遊瞑島に中央に位置する『瞑瞑ドーム』。 ここは12の結界で守られており、周囲を取り囲う12球場それぞれに『番人チーム』が配置されている。 即ち、それら全てのチームに勝利しないと入れない仕組みとなっているのだ。 「くっ……殺せ」 午の球場を守護するバイコーンのチームキャプテンが観念してそう言った。 声から察するに女性である。 「姫騎士かよ」 バイコーンを倒したかであろうチーム、野球をやるには変わった格好であった。 全員が『かわのぼうし』や『ぬののふく』というショボ装備をしていたのだ。 「モブであっても、工夫鍛練を続ければレベルを極限まで向上できることが可能」 青バットを背中に背負った男はそう言って、チームキャプテンの髑髏の仮面を剥いだ。 「お主は元女子プロ野球、九州バニーズの美藤であろう」 「うっ……」 仮面を剥がれた顔は美しい顔立ちの女性が現れた。 女子プロ野球、九州バニーズのエース兼4番であった美藤悠。 人気選手だったが鐘刃の悪魔的なカリスマ性に魅せられ、身と心を鐘刃に捧げた。 なお、前のお話で鐘刃にワインを注いでいたのはこの女性である。 「オニキア様以外にも、このような美しいプロ野球選手がおるとは……」 「弁天よ、浮気はよくないでおじゃるぞ」 そこには判官と弁天の姿もある。 このパーティは低レベルより、上級モンスターを倒しまくって力をつけたチームである。 名称は『小倉と愉快な仲間達(仮)』。彼らは先にアラン達より、この遊瞑島に潜入していた。 「美しすぎる女子プロ野球も堕ちたものだ」 小倉は青バットを抜くと、美藤の肩に先端を当てた。 「貴様に何が分かる! 野球ではなく、エロい目でしか見られない私の気持ちが分かるか!?」 「知らんな、悪魔に心を支配されたものの戯言に耳を貸すつもりはない」 「ふっ……もうこんな下らない世の中なんてもう沢山……」 「覚悟はいいな」 「ええ……」 ――ブン! 青バットを頭に振り下ろすも、小倉は米一粒台のところスレスレで止めた。 「な、何故……」 「人は時として道を踏み外す、それは某達も同じだ」 判官と弁天が優しく美藤に話しかける。 「ノホホホ! 我らと共に歩んでみぬか」 「南無阿弥陀仏……『悪人正機』救われるべきは美藤殿よ」 それは偽りのない澄んだ言葉だった。 「うっ……ううっ……うわあああっ!」 美藤は生まれたての赤ん坊のように泣きじゃくっていた。 一方、小倉は青嶺旋風のサインが書かれた青バットを天に掲げている。 「試合にも勝利し、某の合気ゴルフスイング打法完成も一歩近付いた! 後は頼んだぞ!!」
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