勇球必打!
閑話休題:前編『伝説の始まり』

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 それは神の気まぐれだった。 「今日はどこの世界に行っちゃおうかな」  神の名はラウス。  目の前には多くの時空の扉が開かれている。  ラウスの趣味は異世界旅行。  ヒマを見つけては受肉、実体化して生き物の生活を見るのが楽しみだった。 「面白そうなところを見つけたぞ!」  ラウスの旅行先が決まった。  地球という世界にある日本という小さな島国だ。  場所は関西の飲み屋街。選んだ理由は、キラキラと輝くネオンが美しかったからだ。 「ファッションもクールに決めたぜ!」  ドヤ顔のラウス。  服装は白地に派手な花柄のシャツに黒ズボン。  被る帽子はストローハットである。 「可愛い人間かエルフでもいないものか」  数万、数千、数兆……いや無限に存在する異世界。  気まぐれにどこかの世界へ降り立ち、可愛い女子を見つけてはナンパして遊ぶ。  ラウスは〝軽薄〟で〝浅はか〟で〝アホ〟な神だった。 ☆★☆ 「ラウス様、無職やおっさんが不慮の事故で――」  ラウスには仕事があった。  それは『清く正しい心を持つが、不遇な境遇のまま死んだ人間を転生させること』である。  チートスキルやモテ要素を与え、異世界に転生させる役目があった。  仕事を持ってきた部下の戦乙女ヴァルキリーは困り顔だ。 「い、いない! またサボったか!!」  云わば神の慈善活動。  そんな仕事を持つラウスであるが、サボり魔で有名だった。 「ラウスのヤツがいないらしいぞ」 「グロロロ……『不純の神』はどこぞの世界で遊んでいるのだろう」 「オディリスといい神の自覚がなさ過ぎる」  そう、他の神々より『不純』の悪名をつけられるのも無理もない話である。 ☆★☆  神界であれこれ批判されるがなんのその。  ラウスはマイペースに異世界旅行を楽しんでいた。 「これが焼き鳥か。ロック鳥の丸焼きよりウメーな」  立ち寄った焼き鳥屋で異世界居酒屋だ。  むしゃむしゃと焼き鳥を食べていた。  なお、ナンパは全て失敗……しょうがないから孤独のグルメを楽しんでいるという具合だ。 「天堂! 俺らの許可を得ずにチケット配ってんのか!」 「野球なんて興味ねェよ!」 「失せな!」  ベタな展開だった。  真面目そうな男がガラの悪いお兄さん達に絡まれている。  服はもう既にズタボロ、どうやらお兄さん達にボコされたようである。 「き、君達もどうかな……野球?」 「野球なんぞに興味ないわ!」 「嘗めてんのか?」 「ま、待ちたまえ……もう少し冷静に……」 「うるせェんだよ! クソバカ!!」 ――バグシャッ! 「うわらば!」  恐いお兄さんの右ストレートが直撃。  天堂という男は地面に転げ落ちた。 「誰も助けてやらんのか」  ラウスは店内の客はもちろん、店長や従業員が見ぬふりをしていることが気になった。  隣りに座っているバーコード頭の男が言った。 「ここいらをシマにしている酒桜組のヤツらだ。変に手を出したら仕返しが怖いのさ」 「サカサクラ?」  酒桜組とはこの辺を縄張りにしているヤのつくお仕事をしている人達だ。  神であるラウスはよく分からないでいるが、気まぐれにも困った人間を助けてあげることにした。 「そんなザコキャラみたいなことはやめな」  注意するラウスを見て、ガラの悪いお兄さん達は逆上する。 「あーん?」 「誰だよ」 「名を名乗れ! このトンチキがァ!!」  ラウスは暫し考えた後にこう伝えた。 「神様」 ――シーン……  静寂に包まれる。  ハッキリ言って、ラウスは頭のおかしい人だと思われただろう。 「神様だ?」 「おかしな宗教の教祖様かよ」 「失せな! ぶっ飛ばされないうちにな!」  胸ぐらを掴まれるラウス。  ちょいと相手の腕をつまみ、異世界で人間より習い覚えた特技を行う。 ――特技【手羽先腕固てばさきうでがため】!  俗にいう、チキンウィング・アームロック。  格闘技のサブミッションを発動させたのである。 「むん!」 「があああ!?」  ラウスは関節が外れるギリギリのところで締め、痛めつけた後に解き放った。  男は痛みで腕を抑えうずくまる。  ラウスはハットを被り直すとドヤ顔だ。 「それが異世界の特技というものです……」  そして、謎の合掌ポーズである。 「ア、アニキ!」 「この野郎ッ!」  向かってくるザコ二人。  再度ドヤ顔になったラウスは怪しげな拳法の構えを取っている。 「いいでしょう。ほんの少しだけ稽古をつけてあげましょう」 「ふざけんな!」 「ブチ殺してやるぜ!」 ☆★☆ 「私の超人強度は9999万パワーです」  ラウスはガラの悪いお兄さん達を瞬殺した。  ターン数でいうと3ターンである。  ざわつく店内。  圧倒的な強さで完封勝利、だが相手はヤのつくお仕事をしているのだ。  ボコされた天堂という男はラウスのことを心配する。 「ちょ、ちょっと……やり過ぎじゃないのかな」 「そうなのか?」  天堂は困った顔で 「かくかくしかじかで――」 「かくかくうまうまということなのか」  人間の男は事情を話した。  自分の名前は天堂一茶『ハズレ』という玩具メーカーの実業家……つまりは商人ということである。  〝球団〟というギルド……いやチームを設立したがお客があまりにも来ない。  そこで営業活動と称し、各店を周って無料チケットを配布しているとのことだった。 「酒桜組がここら一帯を取り締まっているんだ」 「なるほどな」 「面子を潰されたヤツらは黙っちゃいないだろう。アンタの命が心配だよ」  心配する天堂を他所にラウスは両腕をグルグルと回し始めた。 「魔物が暴れまくっちゃ迷惑だな」 「ま、魔物?」 「こいつらアークデーモンだろ」 「あ、あーく……?」 「顔が魔物だ」  困惑する天堂にラウスは言った。 「魔物の巣窟はどこだ案内しろ」 「えっ?」 「このラウちゃんに任せな」 ☆★☆ ――チャラララ~チャラララ~♪  仁義のない戦いの映画で流れるような場面。  ここは酒桜組の事務所であるが――― 「な、何やコイツ……」 「刀も銃も効かん」 「バ、バケモノ」  突然殴り込んだ男に壊滅させられてしまった。 「バケモノだなんて失礼だろ」  男はストローハットを被り直すとドヤ顔で言った。 「私は神様ですよ」  そう述べると口笛を吹きながら組事務所から出て行った。  待ち受けるのは天堂であった。 「い、生きて戻って来た」 「簡単なクエストだったぞ。Bランクってところか」 「ビ、ビー?」 「ピストルって武器は凄いな。鉄の玉を火薬で発射するんだな」  ラウスは銃弾をまじまじと見つめていた。銃火器は初体験。  この世界の住人は面白い武器を使うものだと感心している様子だ。 「凄い」  天堂といえば驚愕の表情である。  酒桜組事務所に単身乗り込みまさか生きて出てくるとは……。  この不思議な男は何者なのか、この男の名前は何という名前なのか。  知りたい、仲良くなりたい、その好奇心から天堂が次に出てくる言葉はこうだ。 「あなたの名前は?」  テンプレ的な質問だった。 「名前ね」  神は暫く考える、各世界にあった名前を捻出しなければならない。  それが、遊ばしてもらっている各世界への敬意の表し方だとラウスは思っていたからだ。 「ん……」  偶々、壁に『片倉万恵蔵ばんえぞう』という役者なる職業クラスの映画ポスターが目に入る。  タイトルは水戸黄門。既にこの映画をラウスは鑑賞していた。  ミツクニかクニミツかは忘れたが、爺さんが主人公のざまあ系ストーリーで楽しめた。 「片倉国光だ」  映画の俳優と登場人物をちなんだネームを思いついた。  これがこの世界でのラウスの名前である。

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