――上から叩きつけた一撃。 僕はオニキアが投じたボールは弾き返したのだ。 「弾き返しただと!?」 ボールはうねり、低く、不規則に弾みながら三遊間に転がった。 「走らんか!」 ベンチから西木さんの声が聞こえた。 そうだ走らなければ……間に合うか? 「抜かせるかァ!!」 ――バシィ! 『判官またもやダイビングキャッチ!』 「オニキア様のブラッドサンダーが打たれても!!」 低く弾んだ高速の打球を判官がキャッチ。 僕はというと、エアカンダスを唱えて急いで一塁へと駆ける。 「マロがこの竜騎士の力を込めたボールで殺せばいいことォ!!」 ――特技【跳躍】! 「弁天ンンン――ッ!!」 判官の奇声が僕の耳に届いた。 一塁を守る弁天は大きく右脚を上げている。 「委細承知ッ!!」 ――特技【震脚】! 「ぐっ!?」 僕の足元が平衡感覚を失いグラつく。 まさかここで特技【震脚】を発動させるとは。 「一体何を?!」 「知れたことオオオォォォ――!!」 上空から判官の声に気づいたが……既に遅かった。 ――特技【竜牙一擲】! 闘気と風の魔力がブレンドされた投擲技が繰り出された。 何という芸当か、僕自身も初めて見るような特技だ。 送球は回転がかかり、まるでそれはドラゴンがブレスのようだ。 (ダメだ、体勢が崩れて避けれ――) ――ベキィ!! 僕の肋骨にドラゴンの一擲が打ち込まれた。 筋肉が打たれ骨が軋む音が耳に届く。 『あ、悪夢! アランの脇腹に送球が直撃!! 名手、判官どうしたァ?!』 ――ザワザワ…… 球場がザワつく。 僕は胸の痛みにうずくまり、呼吸が乱れ、苦悶の表情を浮かべていることだけはわかる。 痛恨の一撃を浴びたのだ。 僕は倒れながらも投げた判官を見ると、妖魔のように嗤っている。 故意に送球を僕に当てたのは間違いない。 「ノホホホ! おそらく折れた肋骨が肺に刺さっているでおじゃろうな」 そんな判官に河合さんが詰め寄っていく。 わざと送球をぶつけたことに気付いたのだろうか。 「ワザとやったな!」 「やめときな」 「くっ……」 河合さんが詰めかかろうとしたところ、首根っこを掴まれ抑え込まれていた。 止めたのはセカンドを守る金剛という選手だ。そういえばあの男、誰かに似ているような……。 「アラン……」 次にオニキアの声がした。 僕の名を言ったが、その顔は氷のように冷たい表情だ。 「――南無阿弥陀仏」 直ぐ近くでは弁天の声だ。 見ると僕に向かって手を合わせ、ボールを握っている。 「大丈夫か!?」 ベンチからは西木さん達が飛び出した。 慌ただしい光景が駆け巡る。 「は、早く担架を持ってこい!!」 球場には様々な声が混じり合う。 罵声、悲鳴あるいは怒声、負の感情が覆っていた。 ――次は私の打順だ。 声がした。どこか知性を感じる深みのある声だ。 そして、グランドの土や緑の芝生を踏みしめる聞こえて来る。 「だ、誰だアンタは」 「医者か?」 僕の回りに集まっているチームメイトの声だ。 恐らくは森中さんと佐古さんだろう。 「ボーイ。酷くやられたものだな」 その男は怪しくも神聖な白いローブに身を包んでいた。 しかし、不可思議な事に白樫のバットを司教杖のように握っている。 「諸君どきたまえ。彼には治療が必要だ」 「さっきから何を……」 鳥羽さんが怪しむ中、男は僕の体に優しく手を触れた。 ――リカイアム! 男が手を触れると痛みがなくなった。 リカイアム――回復呪文の最上級クラスの魔法だ。 受けたダメージを全快させる効果がある。 僕は回復して立ち上がった。 『謎の乱入選手が手をかざすと立ち上がったァ――ッ!!』 オニキア達は立ち上がった僕を見て驚いていた。 「リ、リカイアム?!」 「オニキア様、あの男は何をしたでおじゃるか」 「……」 「先程から様子がおかしいですぞ、我々は……」 オニキアはガタガタと体を震わせていた。 それは最終決戦での劣勢に立たされた時と同じ状況である。 「あなたは一体?」 「5番DHの大僧正さ」 大僧正!? 僧侶をレベル50まで高めていき、尚且つ『神光のミトラ』と『智慧の書』という二つのレアアイテムを手に入れないとクラスチェンジ出来ない。 この男は何者なのだ。僕と同じ世界に来たのはわかるのだが……。 「主審、先程の送球は故意に見えた。走塁妨害ではないのか?」 男は冷静に主審に語りかけた。 主審は男の不思議な威圧感に押されたのか、こう言った。 「これから協議する」 主審は他の審判を呼び、バックネット裏まで向かった。 「よし、皆引き上げるぞ」 一方の西木さんは、への字口にしながらベンチまで引き上げる。 男はバットを握り右打席へと向かい、三塁ベンチにいる国定を見ている。 国定といえば、深く帽子を被ったまま黙って座っている。 『5番DHかと思われますが、電光掲示板には未だ無記名! 突如現れた男は何者ぞ?!』 試合開始時から電光掲示板の5番DHの欄は空白のままだ。 彼のことを知っているのは西木さんのみであるが……。 『ああーっと! 審判団が戻って参りました!!』 審判団が戻ってきたようだ。 僕は一応一塁にいるが、全ての判定は審判団に任されている。 「えー、球審の万字です。協議の結果、送球は故意ではないとし一塁走者はアウト、プレイを続行します」 「ふざけんな!」 「ワザとだよワザと!」 観客達の野次が聞こえる中、僕はベンチへと引き上げる。 「西木監督、あの人は一体?」 「これから分かるさ」 西木さんのへの字口が緩んでいる。 当然ながら、あの男のことを知っているようだ。 『5番 DH ―――』 電光掲示板が動いた。空欄になっていたところに光の文字が刻み込まれる。 それと同時にして男は……。 『スペンシー 背番号25』 ローブを脱いだ。青い目をした戦士風の男。 大僧正には似つかわしくない大きな体格だ。 「スペンシー?」 「誰だよ」 多くの観客は男のことが誰か分からないようだ。 だが、野球通の観客は分かるようで――。 「プロフェッサー……」 「メジャーの大物じゃん!」 ベンチにいる赤田さんは西木さんを見ている。 「あんな超大物よく呼べましたね」 「天堂オーナーはミーハーだからな」 だが、僕にとっては驚くべきところはそこじゃない。 リカイアムを唱えたこと、それに何より自分のことを大僧正と紹介したことだ。 ――ブン! スペンシーという男は打席を外し素振りをしている。 気合十分なようだ、スイングも速い。 「タイム!」 京鉄の花梨監督が動いた。 ピッチャーマウンドへと歩き、内野陣を集めている。 花梨監督の姿を見て、オニキアだけでなく判官や弁天も慌てている。 「な、何故でおじゃるか」 「オニキア様のキャプテーションで肉人形になっているはず……」 「今はこやつの体を借りて語りかけている」 「そ、その声は?!」 マウンドで京鉄の監督と選手達が何やら話し合っていた。 何だろう、オニキア達は顔色が悪くなるのが遠目でも分かる。 そして、僕の体も自然と震えた。 あの花梨監督から今まで感じなかった恐怖を感じたのだ。
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