このガルアンという打者、只者ではない。 自然とボールを握る手が震えている。 幽体である村雨さんは優しく声をかける。 『アランちゃん、緊張しているのかい』 「はい……」 『代打とはいえ、只者じゃないといった雰囲気だね』 「村雨さんもわかるんですか?」 村雨さんの大きな体が少し震えていた。 ガルアンという男に、あの伝説も気圧されていた。 『ああ、立ち姿、構え。スイングせずとも理解る』 「スイングせずとも……」 『彼は超一流だろう。大リーガークラスだ』 「ゴクッ……」 このようなとっておきを何故隠し持っていたのか。 レギュラーに使わなかったのだろうか。 「早く投げろよ」 右打席に立つガルアンが挑発する。 僕はプレートを踏む。 ここは勝負か? 僕は鳥羽さんを見る。 「……やるぞ」 そう口が動いている。 ここは勝負だという。 僕は自軍のベンチを見る。 西木さんは帽子を深く被り、コクリと頷く。 「勝負か……」 一塁ベースは空いている。 申告敬遠してもいい場面だろう。 だけど、ここは勝負だ。 余計な逃げは逆転、大量失点に繋がる可能性だってある。 弱きは最大の敵。 勇者に逃げは許されない。 「いくぞ!」 僕は意を決して投げ込む。 球種はストレート。 この男を打ち取ればゲームセットだ。 「破!」 ガルアンの気合が聞こえた。 コツン、と乾いた音が鳴った。 僕のストレートが打たれたのだ。 (お前の球筋は見切っている!) ガルアンは思い出していた。 己の屈辱、無念さ、悔しさを……。 ☆★☆ ガルアンは死んだ。 あるのは闇のみ。 「こ、ここは……」 音のない世界、目に映るのは黒一色。 皮膚に感じるのは冷気。 痛みはない、ただ安息もない。 これが死というものか、ただただそう感じていた。 「俺は死んだのか――」 ガルアンは己の死をじっくりと感じていた。 死後は天国あるいは地獄、そういう世界があると思っていた。 「みんなどうなったんだろう」 ラストダンジョンであるイブリトス城で死んだ。 つまり、彼だけは平和となった世界を知らないのだ。 苦楽を共にしたアラン達一行。 果たして、魔王イブリトスを倒したのだろうか。 その疑問だけが残る。 「クヒヒヒッ!」 不気味な笑い声が聞こえた。 ガルアンは周囲を見渡すも、ここは何もない闇の世界。 しかし、声だけは聞こえる。 「だ、誰だ!」 「君が武闘家ガルアンだね」 青白い炎が現れた。 まるで鬼火。 その炎から人間の形が浮かび上がった。 「ようこそ、死の世界へ」 男は黒い顔をしていた。 いや、覆面をしていた。 色は漆黒。 頭に被るは月桂冠。 奇妙な見た目、だがどこか神々しくもある。 「し、死神」 ガルアンは思った。 突然現れたこの男は死神だと。 「あ、ムキィ! ムキキィ!」 死神と呼ばれた男はマッスルポージング。 まるで神話の英雄気取りである。 「私は死神というケチな存在ではない」 だが、男は否定する。 自分は死神ではないと。 「な、何者だ……」 ガルアンの問いかけに男は答えた。 「私は改革の神、トロイア」 「ト、トロイア!?」 「あらゆる世界へ赴き、つまらぬ世界の改革を行う神だよ」 男はトロイアと名乗った。 自らを改革の神だという。 「そ、その神が何用だ」 「君をこのまま死なせるには、もったいないと思っていてね」 トロイアは昭和の名レスラー、力道山の的なポーズをとる。 直利姿勢に両手を腰に当てたポーズだ。 「君をスカウトしたい」 「ス、スカウト?」 「私の改革のお手伝いをしてもらいたいんだ」 「て、手伝いって……」 戸惑うガルアン。 急に改革と言われても困る。 「おっと。君を蘇生してあげるまえに見せたいのものがある」 一方のトロイアはニヤリと笑う。 闇の中から鏡を召喚した。 女性が使う化粧台と同じのサイズである。 「ガルアン君、鏡を覗いてごらん。まるで白雪姫の王妃のように」 トロイアに促されるまま、ガルアンは鏡を覗く。 体が勝手に身を乗り出し、動いたのだ。 「こ、これは!」 そこに映るは魔王イブリトスを倒したアラン達。 王国へ帰り、魔王撃破の報告をしていた。 彼らは人々から拍手で迎えられ、華やかで輝かしい光を浴びている。 「アラン達は倒したんだ」 ガルアンは安堵した。 自分は途中で死んだが、アラン達は見事イブリトスを倒した。 世界に平和が訪れていたのだ。 「でも、ここに君はいないね」 「ッ!」 トロイアは言った。 このエンディングの中にガルアンはいないと。 「君がこの感動的なエンディングにいないのは残念だよ」 「何が言いたい……」 「忘れたのかい? 君は勇者アランの作戦ミスで死んだ。素早さが高く、回避率が高いと前衛に置き過ぎて」 「お、俺は武闘家だ。死ぬ覚悟は出来ていた」 「本当かい?」 トロイアは囁く。 「彼らの顔を見たまえ。笑顔ばかりだろう?」 ガルアンは改めて鏡を見る。 そこには勇者アラン達の笑顔しか映らない。 「君が死んだことなど忘れてしまっている。自分達の栄光に酔っているのだよ」 「バカな……」 「ガルアン、君は薄々思っているのではないかね? 俺もこの栄光を味わいたかったと」 「俺は……俺は……」 ガルアンは歯噛みし、拳を握り締める。 アランの作戦ミスさえなければ死ななかった。 自分もこの栄光の場所に立てたのではないかと。 心の中に徐々に怒りと憎しみの感情が湧いた。 「私が君を復活させてあげよう。一緒にNewGameと行こう、新しい世界で活躍しようじゃないか」 トロイアは野球のバットとグラブを取り出す。 初めて見るこの道具にガルアンは言った。 「棍棒と皮の手袋か?」 「NO!」 ガルアンの言葉にトロイアは首を振る。 「これは野球。君が次に降り立つゲームさ」 「ヤ、ヤキュウ!?」 「君は異世界の至宝だ」 こうして、ガルアンは蘇生復活。 トロイアの力で武闘家から、闇の職業であるデスモンクへと転職。 野球の技能を魔界で身につけ、BGBGsへと入団したのである。 ☆★☆ 『ファール! ファールです!』 肝を冷やした。 自慢のストレートを打たれたのだ。 打球はレフト戦を切れてファール。 看板へと直撃し、ボールがめり込んでいた。 首の皮一枚、あわや逆転ホームランだった。 「……強打者」 何者かはわからない。 だけど、このガルアンが怪物なのだけはわかった。
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