勇球必打!
ep134:首の皮一枚

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 このガルアンという打者、只者ではない。  自然とボールを握る手が震えている。  幽体である村雨さんは優しく声をかける。 『アランちゃん、緊張しているのかい』 「はい……」 『代打とはいえ、只者じゃないといった雰囲気だね』 「村雨さんもわかるんですか?」  村雨さんの大きな体が少し震えていた。  ガルアンという男に、あの伝説も気圧されていた。 『ああ、立ち姿、構え。スイングせずとも理解る』 「スイングせずとも……」 『彼は超一流だろう。大リーガークラスだ』 「ゴクッ……」  このようなとっておきを何故隠し持っていたのか。  レギュラーに使わなかったのだろうか。 「早く投げろよ」  右打席に立つガルアンが挑発する。  僕はプレートを踏む。  ここは勝負か?  僕は鳥羽さんを見る。 「……やるぞ」  そう口が動いている。  ここは勝負だという。  僕は自軍のベンチを見る。  西木さんは帽子を深く被り、コクリと頷く。 「勝負か……」  一塁ベースは空いている。  申告敬遠してもいい場面だろう。  だけど、ここは勝負だ。  余計な逃げは逆転、大量失点に繋がる可能性だってある。  弱きは最大の敵。  勇者に逃げは許されない。 「いくぞ!」  僕は意を決して投げ込む。  球種はストレート。  この男を打ち取ればゲームセットだ。 「破!」  ガルアンの気合が聞こえた。  コツン、と乾いた音が鳴った。  僕のストレートが打たれたのだ。 (お前の球筋は見切っている!)  ガルアンは思い出していた。  己の屈辱、無念さ、悔しさを……。 ☆★☆  ガルアンは死んだ。  あるのは闇のみ。 「こ、ここは……」  音のない世界、目に映るのは黒一色。  皮膚に感じるのは冷気。  痛みはない、ただ安息もない。  これが死というものか、ただただそう感じていた。 「俺は死んだのか――」  ガルアンは己の死をじっくりと感じていた。  死後は天国あるいは地獄、そういう世界があると思っていた。 「みんなどうなったんだろう」  ラストダンジョンであるイブリトス城で死んだ。  つまり、彼だけは平和となった世界を知らないのだ。  苦楽を共にしたアラン達一行。  果たして、魔王イブリトスを倒したのだろうか。  その疑問だけが残る。 「クヒヒヒッ!」  不気味な笑い声が聞こえた。  ガルアンは周囲を見渡すも、ここは何もない闇の世界。  しかし、声だけは聞こえる。 「だ、誰だ!」 「君が武闘家ガルアンだね」  青白い炎が現れた。  まるで鬼火。  その炎から人間の形が浮かび上がった。 「ようこそ、死の世界へ」  男は黒い顔をしていた。  いや、覆面をしていた。  色は漆黒。  頭に被るは月桂冠げっけいかん。  奇妙な見た目、だがどこか神々しくもある。 「し、死神」  ガルアンは思った。  突然現れたこの男は死神だと。 「あ、ムキィ! ムキキィ!」  死神と呼ばれた男はマッスルポージング。  まるで神話の英雄気取りである。 「私は死神というケチな存在ではない」  だが、男は否定する。  自分は死神ではないと。 「な、何者だ……」  ガルアンの問いかけに男は答えた。 「私は改革の神、トロイア」 「ト、トロイア!?」 「あらゆる世界へ赴き、つまらぬ世界の改革を行う神だよ」  男はトロイアと名乗った。  自らを改革の神だという。 「そ、その神が何用だ」 「君をこのまま死なせるには、もったいないと思っていてね」  トロイアは昭和の名レスラー、力道山の的なポーズをとる。  直利姿勢に両手を腰に当てたポーズだ。 「君をスカウトしたい」 「ス、スカウト?」 「私の改革のお手伝いをしてもらいたいんだ」 「て、手伝いって……」  戸惑うガルアン。  急に改革と言われても困る。 「おっと。君を蘇生してあげるまえに見せたいのものがある」  一方のトロイアはニヤリと笑う。  闇の中から鏡を召喚した。  女性が使う化粧台と同じのサイズである。 「ガルアン君、鏡を覗いてごらん。まるで白雪姫の王妃のように」  トロイアに促されるまま、ガルアンは鏡を覗く。  体が勝手に身を乗り出し、動いたのだ。 「こ、これは!」  そこに映るは魔王イブリトスを倒したアラン達。  王国へ帰り、魔王撃破の報告をしていた。  彼らは人々から拍手で迎えられ、華やかで輝かしい光を浴びている。 「アラン達は倒したんだ」  ガルアンは安堵した。  自分は途中で死んだが、アラン達は見事イブリトスを倒した。  世界に平和が訪れていたのだ。 「でも、ここに君はいないね」 「ッ!」  トロイアは言った。  このエンディングの中にガルアンはいないと。 「君がこの感動的なエンディングにいないのは残念だよ」 「何が言いたい……」 「忘れたのかい? 君は勇者アランの作戦ミスで死んだ。素早さが高く、回避率が高いと前衛に置き過ぎて」 「お、俺は武闘家だ。死ぬ覚悟は出来ていた」 「本当かい?」  トロイアは囁く。 「彼らの顔を見たまえ。笑顔ばかりだろう?」  ガルアンは改めて鏡を見る。  そこには勇者アラン達の笑顔しか映らない。 「君が死んだことなど忘れてしまっている。自分達の栄光に酔っているのだよ」 「バカな……」 「ガルアン、君は薄々思っているのではないかね? 俺もこの栄光を味わいたかったと」 「俺は……俺は……」  ガルアンは歯噛みし、拳を握り締める。  アランの作戦ミスさえなければ死ななかった。  自分もこの栄光の場所に立てたのではないかと。  心の中に徐々に怒りと憎しみの感情が湧いた。 「私が君を復活させてあげよう。一緒にNewGameと行こう、新しい世界で活躍しようじゃないか」  トロイアは野球のバットとグラブを取り出す。  初めて見るこの道具にガルアンは言った。 「棍棒と皮の手袋か?」 「NO!」  ガルアンの言葉にトロイアは首を振る。 「これは野球。君が次に降り立つゲームさ」 「ヤ、ヤキュウ!?」 「君は異世界の至宝だ」  こうして、ガルアンは蘇生復活。  トロイアの力で武闘家から、闇の職業であるデスモンクへと転職。  野球の技能を魔界で身につけ、BGBGsへと入団したのである。 ☆★☆ 『ファール! ファールです!』  肝を冷やした。  自慢のストレートを打たれたのだ。  打球はレフト戦を切れてファール。  看板へと直撃し、ボールがめり込んでいた。  首の皮一枚、あわや逆転ホームランだった。 「……強打者」  何者かはわからない。  だけど、このガルアンが怪物なのだけはわかった。

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