『四番 ライト アラン 背番号6』 ウグイス嬢のアナウンスが耳に入る。 僕は警戒しながら打席に入っていた、相手はオニキアの取り巻きの弁天なのだ。 「フフフ……」 弁天は笑いながら合掌するかのような構えを取っている。 これが彼の独特のセットポジション、世間では『念仏投法』と呼ばれているようだ。 今シーズンよりこのフォームで投げているようだが……。 『弁天はここまで打たせて取るピッチング。次は4番アランからの攻撃です』 僕はバットで霞の構えを取る。 この構えは入団時……というよりも、僕がいた世界の時から変わらない戦闘スタイルだ。 『振りかぶって……』 弁天は体を後方へと引き、左足を上げる。 『投げた!』 ――バシ! 「ボール!」 球は外側へと外れたボールだ。 先程使っていた特技【震脚】は使っていこない。 僕は最大限に警戒する。ベンチからは待てのサインが出ている。 ――バシ! 「ストライク!」 サイン通りに一球待った。ジャッジはストライク。 球は140キロ弱か……軌道も素直で打ちやすい球ではあるが。 「南無阿弥陀仏……」 何やら弁天が呟いている。 ボールを掴む右手とグラブをはめる左手で合掌を作るのは変わりない。 弁天は次の投球へと入り、左足で踏み込んで来た。 ――特技【震脚】! ここでとうとう来たか! 僕は重心を落としノーステップで打つ準備をする。 長打は望めないかもしれないが後続に回せさえすれば……。 ――グラビティロック! 何ッ!? まただ! また体が重たくなった!! 体が思うように動かない。 「アラン!」 一塁側からマリアムの声がした。 この感じは間違いない、グラビティロックだ。 一体誰が術をかけているのだ。 ――ギュラッ!! ボールが……シュート回転に迫って来る!! また同時に僕は異変に気づく、このボールには闘気が込められている。 つまり通常の硬球より更に固い物質となり、その威力は鉄球並みに……。 いや闘気が込められ、カミソリのような切れ味か。 くっ……ボールがどんどん頭に迫って来る。 足場は不安定、更にはグラビティロックで動きが不自由となる。 ――終わりだ! こんな時にまた後ろから声がする。 いつも誰かが背中越しに話しかけて来る。 ん……待てよ。背中……背中越しだと!? ――ガギィ!! 「ギャアー!?」 「ノホホホ! 汚い鳴き声でおじゃるな」 「拙僧の六波羅蜜シュートはまさに妖刀……南無阿弥陀仏」 スタジアムはしんと静まり返っている。 僕がそのままうつ伏せに倒れ込んだからだろう。 「お、おい……大丈夫か?」 元山の声がした。粗野なやつだけど根は優しいんだな。 「ちょっと待て! 担架だ担架を持ってこい! 血が出ている!!」 続いて審判の声がした。両チームの関係者と医療班が急いでかけつける足音が聞こえた。 大丈夫、これは僕の血じゃない。 「お前んとこの投手、どんなコントロールしとんねん!」 「弁天はシュートボーラーでな。ワザとじゃないんだ」 両監督がどうやら言い合いをしているようだ。 このままではマズイ。これは武闘大会ではない、あくまでも野球というゲームだ。 ――ムクッ…… 『おおっと! アラン選手立ち上がった、無事なようです!!』 「なっ……!?」 「せ、拙僧の六波羅蜜シュートは完璧に決まったはず!」 僕が立ち上がると皆驚いている。 福井さんは僕に駆け寄ると心配そうな顔で言った。 「だ、大丈夫かいな」 「大丈夫です。その前に少しベンチに行っていいですか」 「えっ…… 何で?」 「ちょっと一呼吸入れたいんです」 「ま、まあええけど」 僕は何かを掴み、小走りでベンチへと急ぐ。 ベンチで座っている先発の麦田さんが話しかけてくれた。 「おい、血が落ちているぞ」 「擦り傷ですよ」 「だったらいいんだが」 よく見ると血が地面に落ちている。恐らくはそれは術者のモノだろう。 僕はロッカーは通路を通り、急いでロッカールームへと向かった。 ☆★☆ 僕はロッカールームに来ている。 ヤツをトレーナーから借りたテーピングでグルグル巻きにしていた。 「起きろ」 「う、うぐぐ……」 インプだ。 マリアムのように、ビシブルの粉か何かを使用して姿を消していたんだろう。 こいつはやっかいな魔物だ。グラビティロックやシールレスといった補助呪文で冒険者を困らせる。 「口は閉じさせてもらった。これでもう呪文は出来ないはずだ」 「むぐ! むぐぐ!!」 「どうやって、姿を消したかは知らないが失敗だったな」 僕がのしかかられている感覚があったのは、グラビティロックだけのせいではない。 こいつがピタリと肩に乗っていたのもあるだろう。 ただ失敗したのは一つ、弁天が特技【震脚】を使用していたことで足場が不安定だった。二つ、グラビティロックの重力により避ける際に地面に倒れ込んだこと。 うまい具合に二つの条件が重なり、僕が避けようとしたことで体が仰け反るような形となった。 正直、運が良かった。その時にボールがこのインプにぶつかった。 ボールはインプの背中を引き裂いている。まともに当たれば、僕の首から大量出血していただろう。 「一応生かしておいた。聞きたいことが山ほどあるからな」 「グギギギ!(ち、ちくしょう!)」 ――バタン…… ロッカーを厳重に閉めた。ヤツはこれで逃げられないだろう。 傷は治療はしてやったから死にはしない。 「大丈夫かい? 皆心配しているよ」 いつの間にか神保さんがいた。きっと心配して来てくれたんだろう。 「すみません、直ぐ試合に戻ります」 ――パチパチパチパチ 両チームのファンから拍手で迎えられる。僕は悠々と一塁に立ったからだ。 「己……」 「何故無事なのだ。拙僧の六波羅密シュートは完璧だった」 弁天と判官は僕の方を見て悔しがっている。僕はここで足止めされるわけには行かないのだ。 ☆★☆ 結局、弁天は危険球退場。 その後、後続の京鉄側の投手陣は打たれ。先発の麦田さんは9回を2失点での完投勝利だ。 『開幕の第2戦は見事メガデインズの勝利! 4番のアラン選手、ここまで4打数3安打猛打賞の大活躍です!!』 僕の方も試合でやっと本調子が出て活躍することが出来た。 試合終了後、麦田さんが僕のところへやってきた。 「おい小僧」 「な、何でしょうか」 麦田さんの顔は相変わらず無表情で怖い。 だけど……。 「お前ならこのチームを救ってくれるかもな」 オーガキングのような麦田さんが笑顔をこぼしている。暗雲立ち込めたけど、これでやっとチームは初勝利だ。 (さて、僕は僕のことをしなくちゃな) 僕は着替えるためにロッカーを開けたが。 (いない!?) ――インプの姿がなかったのだ。
コメントはまだありません