勇球必打!
ep20:見えざる敵

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 ボクは沖田元気。  別名『タオル王子』と呼ばれている。  夏の甲子園で赤色のハンドタオルで顔の汗を拭ったところから、そう呼ばれるようになった。  甲子園でブイブイいわせて大活躍、優勝投手までになった。  ここからは順調、あの名門『羽巣田大学』に進学し、そこでも大活躍さ。  大学野球でも優勝、日米大学野球選手権の代表にも選ばれた。  まさに順調、プロでは浪速メガデインズにドラフト指名された。  ――浪速メガデインズ。  本音を言うと入団するのは嫌だった。評判が悪いからね。  でも、社会人野球に行くのは面倒だったので契約することにした。  なーに、このチームはメジャーへ行くための踏み台さ。  何れは女子アナと結婚し、六本木のマンションに住みたいな。 「アヘアヘ、もうちょっと腕を下げたらどうや。球速もアップするで」  キャンプ初日に投手コーチの間海蔵はざまかいぞうさんに言われた。  プロの指導者だ。ボクはコーチの言う通りにした。  だがボクが、ブルペンで投げていると……。 「小僧、あまり人の話を聞き過ぎるなよ」  強面の麦田さんに言われた。  何だよ偉そうに、ひょっとしてボクの人気に嫉妬しているのかな?  キャンプも進むと、球界のOBがわざわざ天才のボクに会いに来てくれる。 「腕の振りはもっとこう……」 「足がインステップしてね?」 「変化球を伝授しよう!」  日替わりで様々なOBが指導してくれた。ボクは言う通りフォームを改造し、教えてもらった変化球もマスターした。  またコーチやOBだけではない、動画サイトを見たりして独自に研究。自分なりの完璧なフォームを作り上げていった。 ――あれ……ちょっと待てよ。 「何かしっくりこないぞ?」 ☆★☆ ――カツーン! 『滅多打ち! 滅多打ちだ!! 沖田元気、初回を7失点KO!!』  沖田は京鉄打線の餌食になっていた。  球のキレはなく、変化球も外れ四球の連発。甘く入ったところを打たれる、その繰り返しだ。 「ピッチャー交代や! 左の神保!!」  福井さんより、左投手のベテラン神保さんがコールされた。  神保さんは球速はないが老獪な投球術で三者凡退だ。 「……」  沖田はベンチの隅に座り顔を白いタオルで覆っている。  沖田元気……散ったか。  途中、彼が自分を見失っているように見えたのだが――。 「次はお前やさっさと出んかい!」 「は、はい」  福井さんは苛立っている。  開幕戦というのに、ほぼ試合が決まってしまったからだろう。声に怒気がこもっていた。 『四番 ライト アラン 背番号6』  京鉄ドームに僕の名前が響いた。  人の心配をしている場合じゃない、僕はこれからオニキアと対戦するのだ。僕はバットを握りしめ打席へと向かう。 ――ニッ……  オニキアは相変わらず冷たく笑っている。初めての対戦、来るなら打つしかない。  そうして、僕がスキル【集中】を発動して打席に立つと……。 ――ヒヒッ! いくよ勇者さん!  声がした……僕は直ぐ後ろを振り向いた。 「コラ、前を見んか」  僕は審判と目が合い注意される。キャッチャーの元山は無言でミットを構えるだけだ。 (何だったんだろう……)  僕は気を取り直して構えると……。 ――ズン! 「なッ?!」  体が急に重くなった。  全身に重い石を取り付けられたような……。 「ストライク!」  いつの間にか球が投じられていた。  球速は112キロ……僕はバットを振れず見逃してしまった。 「何やっとんじゃ!」 「そんな眠くなるような球も打てんのかい!」  観客席から僕に対して野次が飛んだ。オニキアを見るも、彼女は飄々とロジンバックをつけている。 (何か呪文を唱えたのか?)  いや違う……直接的に僕に魔法攻撃するわけがない。そんなことをすれば大変なことになる。 ――ブン!  球が投じられた。今度はカーブという変化球だ。  ボールを引き付けて打てば……。 ――ズン! 「ストライク!」  まただ。また体が鉛のように重くなった。  奇怪だ……まるで誰かに、のしかかられるているようだ。  だが、考えている余裕はない。既にオニキアは投球モーションに入っている。 ――ブン!  ど真ん中のストレート、僕を試しているのか。 ――ズン!  体は鉛のように重くなる。こうなったら力づくだ。 ――コン……  何とかボールを当てた、逆方向への打ったがボテボテ。ボールはセカンド方向へ転がる。  このままではアウトだ……ならば『エアカンダス』を唱え内野安打を狙うしかない。 ――そうはさせないよ。  僕が走り出した直後に声が聞こえた。しかもだ……。 ――シールレス! 「なっ!?」  補助呪文『シールレス』だと!  一定ターン、魔法を封印する呪文だ。  オニキアか? いやまさかそんなハズはない。それならば、されたことがわかるはずだ。 「アウト!」  全力で走るもアウト。僕はセカンドゴロに倒れた。ベンチに戻ると福井さんはカンカンだ。 「アカンで! 振り抜かな!」 「……すみません」  どうなっているんだ……。  まるで僕は見えない敵と戦っていた。 ☆★☆  試合はとうとう9回の表まで来た。  スコアは7-0と僕達に全くいいところはない。 「調子がよかったのはオープン戦だけか!」 「アランはアカン!」  京鉄側のファンから野次が聞こえる。そう今日の試合はこれで最終打席だ。  僕はここまでゴロだらけでヒットを打ってない。 (どうする考えろ)  誰かに呪文をかけられていることは分かる。どこからされているのかはわからない。  エアカンダスによる内野安打を狙ったとしても、シールレスで再び呪文を封じられるだろう。  ならばどうするか……あの技を試すしかない。 ――ブン!  オニキアが投げた。  僕は目を閉じて集中する。 ――ヒヒッ! グラビ……。  小さいが声がした。  やるなら今だ! 「疾風斬り!」 ――カン!  特技【疾風斬り】。  その名の通り、疾風の如く攻撃する技だ。威力は低いが相手より先制して使用することができる。 『ライト前にポテンヒット! ようやくプロ初ヒットが生まれました!』  思った通りだ。  いつも体が重くなるのは、ボールが投げ込まれた瞬間。  僕に攻撃呪文をする前に攻撃すればよいのだ。 「フフッ……」  一塁に立ち、オニキアを見るも不気味に笑っている。  そうか……僕一人だけ打っても仕方がない。野球はパーティプレイなのだ。 ――バン! 「ストライク! バッターアウト!!」 「今のはボールだろッ!?」  続くベールは見逃し三振。  ベールは納得できないのか審判に抗議するが、判定が覆るはずがない。 「ゲームセット!」  結局、僕達は開幕戦を黒星発進した。

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