僕はイブリトスとの戦いに敗れ、この不思議な世界に転移してきた。 何でも『ヤキュウ』というスキルを身に付けなければいけないらしい。 「このタルトを食べなさい。サンダーバードの卵から作った特別性のおやつだ」 「では遠慮なく……」 僕はフォークで小さく切り口に運ぶ。 甘い、魔物であるサンダーバードの卵って食べられるんだな。 タルトというお菓子を頬張りながらそう思った。 そんな僕をオディリスは顎に手を置き見つめてきた。その顔はシリアスだ。 「君達がラスボス戦に敗れた理由は簡単だ。チーム力、即ち仲間同士の絆に欠けていた」 「は、はい……」 「ヨロシイ。そこで神である私は、君に一つの試練を課すことにした」 「試練?」 「野球を通じて友情の力、信頼の力、チーム力を身に付けるんだ」 これは敗北することで、フラグが立つイベントなのだろうか。 いきなりヤキュウを通じて、友情だのなんだの言われても分からない。 そもそもヤキュウというものが、何なのかわからないのだ。 そんなことよりも、僕が蘇生したのなら他の仲間はどうしたのだろうか。 「そういえば、オニキア達はどうしたんですか。僕が蘇ったのなら彼女達も……」 「脇役は復活せん。蘇生したのはあんただけや」 僕の言葉に横で立っているマリアムが答えた。 サラッと口にしたが残酷な一言だ。 「何故僕だけ」 「それは、あんたが魔王イブリトスを倒せる唯一無二の存在やからや」 唯一無二? 僕は確かに勇者だけど、それだけでは説得力に欠ける。 それを補足するようにオディリスは言った。 「神も万能ではないからね」 「でも僕一人で……」 弱気な発言が漏れた。 そんな僕を見てオディリスは少し笑っている。 「ほほう。君は冒険が進むにつれてレベルを上げ、強力な武具を装備するうちに、一人でもイブリトスを倒せると思っていたと見えたが」 「そ、それは」 僕が冒険の終盤で湧き起こった心を見透かされていた。 図星をつかれ動揺する僕を見てオディリスは答えた。 「君の冒険は、神の世界である『神界』で逐一チェックしていたからね」 ソロプレイは冒険の序盤だけ。 レベルが上がるうちに、ソロプレイなんて平気だと驕り高ぶっていた。 今、僕は一人蘇り異世界に転移してきた。 ヤキュウというイベントを一人でクリアしなければならない。 今までとない恐怖と不安が、表情から現れているのが自分でも分かる。 仲間がいたから僕はこれまで無事だったんだ。 「魔王を滅する職業勇者なのはアランのみ。君は人々の希望なんだよ」 怖がる僕にオディリスはそう言った。 そうか僕は世界の……人々の希望だ。 僕は覚悟を決めて言った。 「僕はこの世界でどうすればいいんですか」 この世界でヤキュウを身に付け元の世界に帰る。 今度こそ魔王イブリトスを倒すんだ。 オディリスは僕を見て微笑んでいる。 「君はこれから『メガデインズ』というチームに入団する。目指すは日本一! そうすればクリア、元の世界へ返してあげよう」 よく分からないが、ヤキュウというイベントをクリアすれば良いのか。 だが一つ疑問が残る。そのイベントをクリア出来なければどうなるのだろうか。 「出来なければ?」 「クリアするまで、この世界で生きるしかない」 オディリスは真顔だ、本気で言っているのだろう。 この異世界から元の世界へ帰るには『ニホンイチ』なるものを目指さなければならないようだ。 「ほい!」 いつの間にか、数冊の本がテーブルに置かれた。 マリアムがいつの間にか持ってきたようだ。 「まずは野球の簡単なルールから覚えなあかんな」 ☆★☆ 数週間が経った。 10月と呼ばれる時期のようで、外は涼しい風が流れている。 僕はここ『クエスト通商』と呼ばれる店の二階にいる。 この店はオディリスが、僕がいた世界から持ち込んで来た薬草などを錠剤に加工。 この世界の人々に『健康食品』と称して売っているようだ。 その他、菓子や調味料の販売も行っているとのことだった。 「では、バットでボールを打った後に一塁と三塁……走るべき場所は?」 「さ、三塁!」 僕はマリアムからヤキュウ――いや野球の特別講義を受けている。 オディリスから特別にスキル【言語学】を与えられ、この世界の言葉を解読できるようになっていた。 マリアムから『読んで学ぼう野球入門』などの初心者用の本を渡されたが、イマイチ理解出来ていない。 「アホ! 脳味噌アパッチか!」 僕は紙で出来た武器ハリセン(攻撃力1)で頭を叩かれた。 マリアムから野球の基本ルールを叩き込まれていた。 「ク、クソ……こんなザコモンスターに」 「うちはあんたの先生や。生意気言わんように」 マリアムの指導はスパルタだ。 野球のルールの間違いがある度にハリセンが飛んでくる。 「おーい始まったぞ!」 1階からオディリスの声がした。 話の途中だったが、僕達は急いで階段を降りる。 ドラフト、つまりはギルドがキャラを選抜するための会議が始まるのだ。 「ドキドキやな、物語の展開的にドラ1やろ」 マリアムはウキウキの表情で、テレビと呼ばれるこの世界の四角い鏡を見ている。 本当に不思議な世界だ。どうやって遠隔映像を流しているのだろう。 相当な魔力を持つものが操作しているに違いない。 『第一選択希望選手……メガデインズ……』 ゴクリ……僕達は固唾を飲んで見守っている。 『米沢 忠輔 投手 湘南未来高校』 「今年の甲子園優勝投手やないけ!」 「野球は投手だからね」 二人は驚きと納得の表情で見ていた。 この米沢という人は、そんなに凄い冒険者なのだろうか。 多くのギルドがこのキャラを選抜している。もちろん競合だ。 くじ引きが始まると『大宮レオンズ』というギルドが交渉権を持ったようだ。 ☆★☆ 『河合 子之吉 内野手 釈迦ヶ岳大学』 会議は進んでいくが、僕の名前は呼ばれない。 すると、マリアムは焦りの表情を見せた。 「もう指名が5位まで終わりましたで」 「焦るなマリアム君、まだまだメガデインズの指名は――」 『以上、メガデインズの指名を終了します』 「な、なんですと!?」 オディリスの顔が固まる。何があったのだろうか。 「どうしたんですか?」 「君はメガデインズに入団出来ない!」 何ということだろうか。 冒険がいきなり詰まった。 「ホンマにテストで、バッチリ好結果出したんやろうな!」 マリアムが僕の肩を強く掴む。 何だか涙目だ。 僕は慰める意味で端的な返答をした。 「は、はい」 ☆★☆ 「いきなりゲームオーバーか」 「キャラメイク失敗したんとちゃうか?」 ガックリと肩を落とす二人。 結局どこからも指名されなかった。 僕はとりあえずテレビというアイテムを見続けていた。 画面を見ると、育成ドラフトというものが始まったようだ。 画面にはキャラ名が出て、各ギルドがどんどん指名している。 すると――。 『碧 アラン 外野手 クエスト硬式野球俱楽部』 僕の名前が6番目に呼ばれた。 それとなく二人にそのことを伝えた。 「僕の名前呼ばれましたよ」 暫しの沈黙が流れる。 まるで誰もいない洞窟に入ったかのような静けさだ。 「やっ……」 「やったで!」 二人は大喜びで抱きついてきた。 どうやら、冒険序盤での敗北は免れたようだ。
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