『マウンドに立つのは――碧アランッ!』 8回の裏――僕はマウンドに立っていた。 ☆★☆ 「ア、アランが再びマウンドに立って欲しい!?」 西木さんは目を丸くしていた。 神保――オディリスから、僕が再び投手としてマウンドに立つことを提言したからだ。 「でも……アランは……」 赤田さんの眼鏡が光る。 僕は途中でボールのキレが悪くなり、滅多打ちになっていたからだ。 スコアは8-9と一点差。これ以上の失点は許されない。 「神保、お前が投げた方が――」 西木さんの言葉に、オディリスは首を横に振った。 「いや、私ではダメなんですよ」 「ダメ?」 「このまま神の力を使えば、この神保が死ぬかもしれない」 「は?」 「とりあえず、私ではダメなんですよ」 神保さんの頑な登板拒否。 バッテリーを組んでいた鳥羽さんが言った。 「神保さんがダメなら……」 鳥羽さんは湊を見ている。 「彼――いや、君らの魔法は解け始めている」 片倉さんだ。 鳥羽さんは不思議そうな顔をしている。 「どういう意味だ?」 「君達が異世界で野球技術を磨き、能力を急激に上げたが、それは急ごしらえのものだ。元々君達はこの世界で生きている人間――互換性のない君達を無理矢理パワーアップさせた」 「無理矢理?」 「異世界は魔物を倒したり、イベント発生させクリアすれば、必然と潜在する能力を向上させるワールドだ。お手軽に力を手にすることが出来るが、やはり君達は別世界の人間――バグフィックスが入り始め、君達の能力はここに突入する前に能力に戻りつつあるのだ」 バグフィックス? それは一体なんだろうか。 「湊君!」 僕達が片倉さんの言葉に困惑すると、神保さんが湊に声をかけた。 「は、はい!」 「一つ質問をしよう、君は聖闘気を使えるかい?」 「えっ……」 「7回の裏から、君のボールがおかしかった! 実は聖闘気のパワーが、少しづつ小さくなってきたんじゃないのかい?」 「な、なんで……それを……」 「私は選手兼ピッチングコーチだからね」 オディリスはどこか申し訳なさそうだ。 (ベストエンドを迎えたアラン――君を無理に転生させて申し訳なかった。ここまで、本当によくやってくれた) そして、再びオディリスは僕を見た。 「具体的な理由は言えないけど、メガデインズはそろそろ能力が初期値に戻ろうとしている」 その言葉に片倉さんが力強く頷いた。 「うむ。この中で能力値が高い投手はアランだ」 二人の言葉の意味は理解らない。 でも―― 「西木監督! 僕に投げさせて下さい!」 「ア、アラン?」 「僕は勇者です! チームを――NPBを――全世界の野球を――あらゆる球技を守るために!」 独りでに発した言葉だった。 その言葉にネノさん、元山といった仲間達は、 「打たれても、オレ達がカバーするぜ!」 「おう! 勇者様がここまで言ってんだ!」 心強く、勇気を貰える言葉だった。 僕達からは再び、 ――カッ!! 『闘志』『熱意』『情熱』という漲る輝き『赤い意志』! ――ボッ!! 『夢』『未来』『希望』という金色の生命力『黄金の炎』! 宿り始めた! 「もうギャンブルだ」 「そうですな、西木さん」 西木さんも、赤田さんも、その意志と炎に包まれている。 指揮官、指導者として戦う気持ちは一緒だ。 「ピッチャー! 神保に代わってアラン!」 ――応オオオオオオォォォォォ!! 気合い、闘志――勇気! それらがないまぜになった咆哮を僕達は叫び、 『ど、どういうことだ!?』 『マンダム――揺れているぜ』 瞑瞑ドームを揺らした! 「す、凄い……体が……血が……心臓が……」 「ど、どうしたのかね、マリアムくん」 「心が……魂が……」 「マ、マリアムくん?」 「震えたんや! アランがやってくれるで!」 「な、何を言っているんだい! もうゲームも終盤だ! 相手はバケモノ投手だぞ!?」 「オーナー! 何を言ってんねん!」 ――敗北勇者はプロ野球選手となり、灰色のチームに勇気を与えます! 「アランは勇者や! 絶対にヤる男や!」 「きゅ、急に標準語で何を……」 「私達も応援よ!」 「ゴーゴー! メガデインズ!」 「最後まで希望は捨てないですゥ!」 ☆★☆ 僕はプレートを踏んだ。 攻撃は9番のフレスコムからだ。 「ふん……気合十分だが、空回りするなよ」 敵軍ベンチでは黒野――別の誰かが不敵に笑っている。 あいつは黒野であって、黒野ではない。 そんな気がしてならないんだ。イブリトス以上の邪悪な気をヤツから感じる。 「クワカカカッ! 貴様らに絶望を与えてやるぜ!」 フレスコムはバットを短く持っている。 ミートを意識し、単打を打って塁に出るつもりだ。 ヤツの脚力は脅威――でもッ! 「絶対に抑えなければ!」 第一球を投じた。 真ん中低めのストレートだ。 「ストライク!」 「クワカッ!?」 ――ドヨドヨドヨドヨドヨ……。 ドーム内がざわめき始めた。 『きゅ、球速――167キロ!?』 『驚いた。まるでチャッ〇マン並みのストレートだぜ』 電光掲示板に表示される球速表示は167キロ。 僕の最速だ……。 「あ、あれ?」 僕は暫く呆然としていた。 レアスキルも使っていない状態なのに……。 その時だ、 『アランちゃん、野球は楽しいかい?』 どこからともなく不思議な声が聞こえる。 『野球は技術で闘うものさ』 背後からだ……。 『スキルだの、特技だの、魔法だの――レアスキルだの――全てが不純物さ』 男がいたのだ。 黒と白の簡素なデザインのユニフォームを着ている。 胸には、大きく『東京』と刺繍されていた。 大きいのは文字だけではない、手も、足も、指も……。 「肩幅、広ッ!」 体のサイズ、呼吸も、佇まいも、何もかも大きい。 『ハハハ……飯を10杯喰えば、誰もがこうなるさ』 海のような男だ。 大きさに比例して優しさも感じられる。 「あ、あなたは?」 僕の問いに、男は笑顔で答えた。 『村雨球史――』 村雨球史! 日本プロ野球界の大レジェンドだ! 『アランちゃん、君は前人未到の境地に辿り着けるかな?』 ――夢の170キロにッ!
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