勇球必打!
ep118:前人未到の境地

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『マウンドに立つのは――碧アランッ!』  8回の裏――僕はマウンドに立っていた。 ☆★☆ 「ア、アランが再びマウンドに立って欲しい!?」  西木さんは目を丸くしていた。  神保――オディリスから、僕が再び投手としてマウンドに立つことを提言したからだ。 「でも……アランは……」  赤田さんの眼鏡が光る。  僕は途中でボールのキレが悪くなり、滅多打ちになっていたからだ。  スコアは8-9と一点差。これ以上の失点は許されない。 「神保、お前が投げた方が――」  西木さんの言葉に、オディリスは首を横に振った。 「いや、私ではダメなんですよ」 「ダメ?」 「このまま神の力を使えば、この神保が死ぬかもしれない」 「は?」 「とりあえず、私ではダメなんですよ」  神保さんの頑な登板拒否。  バッテリーを組んでいた鳥羽さんが言った。 「神保さんがダメなら……」  鳥羽さんは湊を見ている。 「彼――いや、君らの魔法は解け始めている」  片倉さんだ。  鳥羽さんは不思議そうな顔をしている。 「どういう意味だ?」 「君達が異世界で野球技術を磨き、能力を急激に上げたが、それは急ごしらえのものだ。元々君達はこの世界で生きている人間――互換性のない君達を無理矢理パワーアップさせた」 「無理矢理?」 「異世界あの世界は魔物を倒したり、イベント発生させクリアすれば、必然と潜在する能力を向上させるワールドだ。お手軽に力を手にすることが出来るが、やはり君達は別世界の人間――バグフィックスが入り始め、君達の能力はここに突入する前に能力に戻りつつあるのだ」  バグフィックス?  それは一体なんだろうか。 「湊君!」  僕達が片倉さんの言葉に困惑すると、神保さんが湊に声をかけた。 「は、はい!」 「一つ質問をしよう、君は聖闘気セイクリッドドライヴを使えるかい?」 「えっ……」 「7回の裏から、君のボールがおかしかった! 実は聖闘気セイクリッドドライヴのパワーが、少しづつ小さくなってきたんじゃないのかい?」 「な、なんで……それを……」 「私は選手兼ピッチングコーチだからね」  オディリスはどこか申し訳なさそうだ。 (ベストエンドを迎えたアラン――君を無理に転生させて申し訳なかった。ここまで、本当によくやってくれた)  そして、再びオディリスは僕を見た。 「具体的な理由は言えないけど、メガデインズはそろそろ能力が初期値デフォルトに戻ろうとしている」  その言葉に片倉さんが力強く頷いた。 「うむ。この中で能力値が高い投手はアランだ」  二人の言葉の意味は理解わからない。  でも―― 「西木監督! 僕に投げさせて下さい!」 「ア、アラン?」 「僕は勇者です! チームを――NPBを――全世界の野球を――あらゆる球技を守るために!」  独りでに発した言葉だった。  その言葉にネノさん、元山といった仲間達は、 「打たれても、オレ達がカバーするぜ!」 「おう! 勇者様がここまで言ってんだ!」  心強く、勇気を貰える言葉だった。  僕達からは再び、 ――カッ!!  『闘志』『熱意』『情熱』という漲る輝き『赤い意志』! ――ボッ!!  『夢』『未来』『希望』という金色の生命力『黄金の炎』!  宿り始めた! 「もうギャンブルだ」 「そうですな、西木さん」  西木さんも、赤田さんも、その意志と炎に包まれている。  指揮官、指導者として戦う気持ちは一緒だ。 「ピッチャー! 神保に代わってアラン!」 ――応オオオオオオォォォォォ!!  気合い、闘志――勇気!  それらがないまぜになった咆哮を僕達は叫び、 『ど、どういうことだ!?』 『マンダム――揺れているぜ』  瞑瞑ドームを揺らした! 「す、凄い……体が……血が……心臓が……」 「ど、どうしたのかね、マリアムくん」 「心が……魂が……」 「マ、マリアムくん?」 「震えたんや! アランがやってくれるで!」 「な、何を言っているんだい! もうゲームも終盤だ! 相手はバケモノ投手だぞ!?」 「オーナー! 何を言ってんねん!」 ――敗北勇者はプロ野球選手となり、灰色のチームに勇気を与えます! 「アランは勇者や! 絶対にヤる男や!」 「きゅ、急に標準語で何を……」 「私達も応援よ!」 「ゴーゴー! メガデインズ!」 「最後まで希望は捨てないですゥ!」 ☆★☆  僕はプレートを踏んだ。  攻撃は9番のフレスコムからだ。 「ふん……気合十分だが、空回りするなよ」  敵軍ベンチでは黒野――別の誰かが不敵に笑っている。  あいつは黒野であって、黒野ではない。  そんな気がしてならないんだ。イブリトス以上の邪悪な気をヤツから感じる。 「クワカカカッ! 貴様らに絶望を与えてやるぜ!」  フレスコムはバットを短く持っている。  ミートを意識し、単打を打って塁に出るつもりだ。  ヤツの脚力は脅威――でもッ! 「絶対に抑えなければ!」  第一球を投じた。  真ん中低めのストレートだ。 「ストライク!」 「クワカッ!?」 ――ドヨドヨドヨドヨドヨ……。  ドーム内がざわめき始めた。 『きゅ、球速――167キロ!?』 『驚いた。まるでチャッ〇マン並みのストレートだぜ』  電光掲示板に表示される球速表示は167キロ。  僕の最速だ……。 「あ、あれ?」  僕は暫く呆然としていた。  レアスキルも使っていない状態なのに……。  その時だ、 『アランちゃん、野球は楽しいかい?』  どこからともなく不思議な声が聞こえる。 『野球は技術で闘うものさ』  背後からだ……。 『スキルだの、特技だの、魔法だの――レアスキルだの――全てが不純物さ』  男がいたのだ。  黒と白の簡素なデザインのユニフォームを着ている。  胸には、大きく『東京』と刺繍されていた。  大きいのは文字だけではない、手も、足も、指も……。 「肩幅、広ッ!」  体のサイズ、呼吸も、佇まいも、何もかも大きい。 『ハハハ……飯を10杯喰えば、誰もがこうなるさ』  海のような男だ。  大きさに比例して優しさも感じられる。 「あ、あなたは?」  僕の問いに、男は笑顔で答えた。 『村雨球史――』  村雨球史!  日本プロ野球界の大レジェンドだ! 『アランちゃん、君は前人未到の境地に辿り着けるかな?』 ――夢の170キロにッ!

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