突如現れた真のラスボス『デーモン0号』。 鐘刃を一蹴するほどの実力者――その強さに魅了されたのか、BGBGsのナインは何事もなかったかのように守備についている。 デーモン0号はボールを握りながら、三塁塁上にいる湊をチラリと見ている。 仮面越しで見える黒い瞳は力強い。 「ホームベースを踏め」 「へっ?」 「ホームランを打ったんだろ、さっさと行け」 湊は三塁ベースで止まったままだった。 デーモン0号は試合を早く再開するためか、本塁に向かうように指示を出したようだ。 「は、はい」 湊は急いで本塁ベースへと向かった。 メガデインズの皆は監督の西木さんをはじめ全員が無動無言だ。 本来ならばホームランを打った選手をタッチで出迎えるがそれをしない。 全員が全員、ここまでの超展開に呆気に取られていたのだろう。 そして、ベンチの端に座った湊は何やら首を傾げている。 「あのデーモン0号選手の声……」 声か……。 それは僕も同じだ。 あのデーモン0号の声はどこかで聞いたことがある。 「次はお前の番だアラン」 デーモン0号はボールを僕の方に向けている。 そう……次のバッターは僕だ。 僕が打席に入るとデーモン0号は不敵な笑みをこぼした。 「お前と対戦することになるとはな」 「妙な言い回しだな。僕は君に会ったことはない」 「フッ……俺も無駄話が過ぎたか」 デーモン0号はそう述べるとセットポジションに移った。 バットを持つ僕の手に力が入った。 このデーモン0号が放つ強者のオーラを敏感に感じたのだろう。 ――シィーン…… そして、試合は再開されたもののドーム内は静かだ。 無音に近い形、それもそうだ。 この唐突に現れたデーモン0号が鐘刃を強制降板という形で撃退。 ヤツに成り代わりBGBGsの……いやNPBの新コミッショナーになった。 ここにいるほぼ全員が、目の前の展開に頭がついていけていない。 ゴクッ。 自然と唾を飲み込んだ。 このデーモン0号は一体どういう球種を投げるのだろうか。 「いくぞアラン!」 デーモン0号がそう掛け声を出すと1球目を投じた。 流れるようなフォームはサイド気味のスリークォーター! ――フッ! そして、高速での腕の振り! そこから放たれる伸びのあるストレートは、 「ストライク!」 威力抜群だ! (迅いが……!) だが、電光掲示板に映る球速表示は144キロ。 実際の球速表示より体感的にはとても速く感じる。 まるで雷属性の魔法のように素早くミットまで駆け抜けていった。 「ほんの挨拶代わりだ」 仮面越しから笑うデーモン0号。 まるで試合を楽しんでいるようだった。 『キレのあるボール! 実際の球速表示よりは速く感じられます!』 『あれはマグヌス効果による働きだ!』 『マ、マグヌス効果!?』 〇 マグヌス効果 物理学の現象の一つ。 球状の物質や円柱状の物質が回転する事により付近の空気の流れを巻き込み、垂直方向に力を生む力学のことである。 『つまり……どういうことですか?』 『ボールにバックスピンをかけることで生まれる揚力! その力が実際のガンより速い球速を生む!!』 『は、はあ……』 『それに腕の振りが大きくて速い、初速から既にMAX近いスピードだ。ありゃ打者の前でも球が加速し続けてるぜ……距離が25mくらいあれば150後半は出てるよ彼』 『あのゥ……それって本当なんですか?』 ――バシィ! 「ストライク! バッターアウト!」 「うっ!」 バットを振るも三球三振、球種は全てストレートだ。 次の打者は元山であるが、ベンチへ戻ろうとする僕に声をかけた。 「あんな遅い球なんで打てねぇんだよ」 「元山……」 「ゼロだかエックスだか知らんが、この元山様が打ってやるぜ!」 バットをブンブンと振り回しながら打席に入った元山。 そんな元山を見てオニキアは何とも言えない表情だ。 「あいつ――フラグ立てすぎ」 ――バシィ! 「ストライク! バッターアウト!」 「うわらばっ!?」 元山も三球三振で瞬殺された。 ベンチのオニキアは頭を抱えていた。 「バカ……」 さて、次はファーストの鳥羽さんだ。 6番とはいえ打撃には定評があるが……。 ――バシィ! 「ストライク! バッターアウト!」 「球がホップしている!? それにコースも左右上下と散りばめている……」 鳥羽さんも三球三振だ。 4番から6番まであっという間に料理されてしまった。 西木さんが冷静な表情を保ちながらも額から汗を流している。 「試合の流れが変わるかもしれん……」 流れ――西木さんの不吉な予感、それは僕も大いに感じている。 あのデーモン0号が投げてから、ほんの少しドーム内の空気が変わった。 ☆★☆ 「集合!」 5回の裏、BGBGsの攻撃前に一塁ベンチでは円陣が組まれていた。 もちろん指揮するのはデーモン0号だ。 「俺が新たな選手兼任監督になったデーモン0号だ」 円陣を組んでいる魔物達は無言だ。 強者に従うのが魔界の自然の理。 だが、人間であるデホやブルクレスは違う。 「お前……人間だろ?」 「それに異世界の住人でもない」 「ほう……俺のことがわかるのか。流石は勇者様の元仲間だな」 「まあな」 「匂いでわかる」 デホとブルクレスは円陣から外れベンチにもたれかかった。 デーモン0号の命令をきく気はないようだ。 「いきなりトップが成り代わっても困るぜ」 「あんたが如何に強かろうと野球が上手かろうと関係ない。俺達は学び覚えた自分の野球をするだけだ」 不遜な態度だ、チームがチームなら懲罰交代もしくは罰金が言われるだろう。 新たなチームリーダーへの反抗的な態度、そんな二人を見て田中が怒鳴った。 「無礼者! このお方は――」 「いいぜ、好きにしたらいい」 「い、いいのですか!?」 「こういうヤツがいた方が面白い。個人プレー大いに結構じゃないか」 デーモン0号は拳を突き出した。 「各々が好き勝手に個性を発揮してくれ!!」 「こ、個性?」 ゼルマの問いかけにデーモン0号は答えた。 「野球は一人でも出来る!」 ――ゴオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ"! 何ということだ……。 BGBGsのベンチから紫黒色のオーラが見えた。 デーモン0号の一言で暗黒の闘志を宿したようだ。 「これからはノーサインだ。魔物は魔物らしく自分の意志で動け!」 腕を組み黙って聞いていたヒロは不敵に笑っている。 「フフフ……昔の職業野球を思い出す」 レスナー、ベリきち、フレスコムは体を震わせている。 「そ、そうか俺達は……」 「鐘刃に押し付けられた野球をやっていた!」 「クワカー! やってやるぜェ!!」 控えにいるトルテリJr.や魅奈子も言った。 「オイラ達も!」 「魔法や特技で後方支援ですわ!」 二人の申し出にデーモン0号は首を振った。 「その必要はない!」 「えっ!?」 「ド、ドームランで点差を縮めないと……」 「お前達はベンチから声出しをして指揮を上げろ!」 デーモン0号は強い口調で叫んだ。 「俺達が目指すはダーククリーン野球だ!」
コメントはまだありません