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 プロ野球球団『京鉄バイソンズ』に一通の不思議な連絡が入った。  監督、花梨香かりんかおる(47歳)はこの時の様子を語る。 「最初ねビックリしたんですよ。女性がうちの入団テストを受けたいって聞かされた時は、こっちも来年、再来年の戦力を整えるために都市対抗野球や12球団合同トライアウトの視察を控えてて忙しい時期ですよ」 ――補強ポイントは? 「そりゃもう投手ですよ。うちにもイキのいい投手がいますが、如何せん防御率が悪い。12球団でワーストですよ、ワースト! ドラフトで米沢君や山芳君が欲しかったんですが、レオンズさんやギガデインズさんに取られましたからね。それに左投手も欲しい」 ――その女性はどうでしたか。 「一応、左投手のピッチャーで補強ポイントはピンズド。でもね、漫画じゃないんですから女性の選手が来られてもねェ……海外じゃいるみたいですが、殆ど客寄せパンダみたいなもんですよ」 ――では断ったと? 「いや、そりゃそうもいきませんよ。最初は球団側も断ったらしいんですが、何度もしつこく連絡してくるらしくて、終いにゃ球団事務所に押しかける有様。仕方がないので、こちらが折れる形でテストを受けさせたワケです」 ――実際投げさせてみてどうでしたか。 「私も現役時代キャッチャーで、色んな投手の球を受けてきたので分かるんですが……」 ――花梨監督、少しお顔が優れませんが? 「オニキアは怪物です」 ☆★☆ ――ブン!  振る。 ――ブン!  バットを振る。 ――ブン!  誰もいない公園で黙々とバットを振る。  僕だけがこの世界に来ていたと思っていた。  オニキアがこの世界に来ていたのだ。  そう生きて。 ――ブン!  振る、とにかく振る。  胸騒ぎがする――それもとても嫌な。  その不安感を払拭したい思いからバットを振っていた。 「昔もそうやって、黙々と経験値を稼いでいたわね」  声だ、声がした。  僕は咄嗟に振り返った。 「雪が降っているわ。寒さは体に毒よ」 「オニキア?!」  オニキアは間違いなくそこにいた。  違うのは服装だけだ。  緋色を基調としたマフラーとコートを着ていた。 「久しぶりといったところかしら」 「よかった……」  どういう経緯があるにせよ彼女は生きていた。  僕はホッと胸をなでおろしたのも束の間だった。 「よかった? 何が」 「えっ……」 「私達は無様に敗れたのよ?」  僕は黙るしかなかった。  醜態を晒す形での敗北――それも最後は魔王に諭されたほどだ。 「この世界では、私達がいた世界のように命を奪うことは許されないところのようね」  命を奪う? 何が言いたいんだろう。  僕が不思議そうな顔でもしていたのだろう。  オニキアは微笑むと左のポケットから球体を取り出した。  野球で使用するボールだ。 「でも、この世界の野球というゲームの中ならどうかしら」 「オニキア、君は何が言いたいんだい? そもそも……」 ――ボッ……  オニキアは握るボールに魔力を込めていた。  それは赤い――赤い炎だ。 「強者こそが正義。私は何時だって強い人が好き、あの時も言ったわよね。『カッコイイ勇者だと思って協力しただけ』……アランは強いからこそ魅力があった」 「何を言って……」 ――ブン!  左手から鋭くボールが投げ込まれた。  火属性の魔法『ファイアーショット』だ。  狙いは僕の額部、咄嗟にバットを立ててガードをする。 「消える魔球――なんてね♡」  当たる直前にボールは燃え尽き灰となった。  雪と灰が混ざる空気が漂う。 「あなたも私も職業クラスプロ野球選手。試合をする時はお気をつけて」 「ま、待て!」 「バイバイ、負け犬勇者さん」 ――テレポレート!  オニキアはそう述べると、瞬間移動呪文テレポレートで去っていった。  僕は複雑な気分だ。オニキアが生きていたのは良かった。  でも……。 ――強いからこそ魅力があった。  その言葉は僕の心に深く突き刺さる。  ブルクレスやデホも言っていた。 ――次は強くて勝てそうなパーティに入らせてもらうよ! ――パーティに入ったのが間違いだったぜ!  そうだ僕は、僕達は強さだけを求めていたんだ。 ☆★☆  僕はクエスト通商に戻っていた。  何かをするわけでもなく窓から降る雪を眺めていた。  そんな僕にマリアムは声をかけた。 「なーに暗い顔しとんねん」 「そっとしといてくれ」 「何を一昔前のナヨナヨ主人公みたいなこと言ってるんや。もうすぐキャンプインやで、それまでの間に少しでも野球の勉強や。今日はアランのために漫画を持ってきた、これは絵やから理解しやすいやろ」  事情の知らないマリアムは『漫画』という本を何冊置いてくれた。  ありがたいことではある、が今はどうでもよかった。 「僕は本当に勇者なんだろうか」 「勇者やろ、何を言ってんねん」 「僕は世界の平和を取り戻したかったんじゃなくて、魔王を倒し皆から――」 ――パン!  僕はマリアムに頬を叩かれた。 「それ以上は言うな」  マリアムは静かに怒っている。それも目に涙を浮かべながら。 「あんた、魔王軍から人々を守ろうとした過程で魔物や魔族をぎょうさん殺生してきたやろ。その中にはうちの仲間もおった」  そうか……。  名もない魔物にも仲間がいる。  マリアムは妖精族のアルセイスだ。  勇者の僕に対して複雑な心境があっただろう。 「でも……うちはアランを憎まん。魔物も自分のテリトリーを守るため、魔族の世界を作るため、皆それぞれの事情で人間を襲い、殺し殺されてきた。大義と大義がぶつかった中での殺生事――覚悟も出来とったやろ」 「だけど……」 「最初に勇者として冒険の旅に出発した目的を言うてみい」  マリアムの質問に僕は答えた。 「世界に混沌をもたらす魔王イブリトスを倒すため」 「それでええがな。金や名誉目的ではない立派な大義であり正義や」  くるりとマリアムは後ろを向き背伸びをしながら続けた。 「このクエストをさっさとクリアして元の世界へ帰れ。世界の時間軸は同時進行――今もあんたがもう一度立ち上がり、再び魔王イブリトスと対決することを望む人々……魔物や魔族もおる」  魔物や魔族も?  どういうことだ。魔物達は魔王イブリトスの手先ではないのか。 「待ってくれマリアム。魔物や魔族もって……」 「イブリトスを疎ましく思っとるのは、人間だけやないということや」  マリアムはそう述べ、チラリと顔だけこちらを振り向いた。 「これから風呂や。もし覗いたらド突く!」  魔物の裸を見てもしょうがないだろ、と思いつつも僕はマリアムに感謝した。  今は迷っている余裕はない。一刻も早く元の世界へ帰らなければならないのだ。

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