勇球必打!
ep126:職業野球人

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 遂に勝ち越した。  皆の願いを受けての奇跡の一打メイクミラクルだ。  しかし、まだまだ一点差。  ここで追加点を加えればより優位になる。 「湊!」  仲間の名を叫んだ。  湊は三塁を周り、本塁ベースへと一直線に走る。 「ううっ!」  歯を食いしばって全力走塁だ。 『全力疾走の湊! 本塁に突入か!?』 『マンダム――これぞプロの走塁だぜ!』  本塁までもう少しだ。  頑張れ……頑張るんだ! 「け! 湊!」  僕は思わず塁上で叫ぶが、 ――ピタッ! 「なっ!?」  突然だった。  湊が本塁ベース手前で止まった。  これは一体……。 『ど、どういうことだーっ!?』 『体が止まったぞ?』  瞑瞑ドームのレフトスタンドは騒然となった。  湊の身体は硬直し、本塁への猛然とした突進が急に止まってしまったのだ。  場内の興奮が一気に静まり返り、応援団は困惑の表情を浮かべていた。 「な、何をしているんだ!? 走るんだ! スライディングだ!」 「湊! 体を動かさんかい!」  天堂オーナーとマリアムが叫ぶも、 「お、重い……体がとても重いんだ……」  湊の体は動かないようだ。  その隙にフレスコムのボールが本塁へ送られる。 「ふふっ!」  それをあいつは途中でカット。  ボールを受け取るとゆっくりと湊へと近寄った。 「追加点は許さんよ……」  あいつはボールをグラブから取り出すと、 「そうらっ!」  ボールを握ったまま、湊にタッチする。  だが、それは普通のタッチではない。  武闘家の体術のように、湊の腹部へと突き入れる強烈な一撃だ。 「うあっ!?」  湊はそのまま塁線上で倒れた。 「審判! アウトコールだ!」 「へっ……?」 「タッチアウトだろ! それが野球のルールではないのか!?」 「い、いや……これは……」 「早くせんか! ゲームを遅延させると容赦せんぞ!」  主審の万字さんは、あいつの人睨みに震える。  全身から滝のように汗を流し、右手を突き上げた。 「ア、アウト!」  アウトコールだ。  これでスリーアウトチェンジ。 ――ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ! ウオッ!  ライトスタンドの魔物達は大興奮だ。 「アウトだぜ!」 「ちくしょう……でも勝ち越されちまった」 「よかばい! よかばい! たかが1点差ばい!」 「み、湊……」 「ノア、どうしたと? 顔色が優れんばい」 「な、何でもないわ……」  魔軍はまだまだ闘志十分……。  勝ち越されたとはいえ敗北ムードではない。  それよりも湊が心配だ。  僕は湊の元へと急いで駆け寄った。 「み、湊! 大丈夫かい?」  それはベンチにいる西木さん達も一緒だ。 「起きれるか」  西木さんが心配した様子で声をかける。 「は、はい」  湊は胸を押さえながら立ち上がった。  ダメージはあるものの無事のようだ。 「一体どういうことだ?」 「ワケがわかンね。どうして本塁に突入しなかった」  鳥羽さんと森中さんが湊にそう問いかけた。  湊は申し訳なさそうな顔をする。 「体が……急に鉛のように重くなったんだ」  体が鉛のように重く?  ということは―― 「あの魔物の仕業だな」  国定さんは敵軍ベンチを睨む。  あのインプ――トルテリJr.の仕業だ。  グラビティフォールを発動させて動きを止めたのだ。 「よくやったぞジュニア」  あいつはトルテリJr.の頭を撫でていた。 「あ、あのう……デーモン0号様」 「どうした?」 「ダーククリーン野球のスローガンを掲げていたのでは?」  トルテリJr.の問いだ。  そういえば、鐘刃から黒野へと投手交代し回が終わった時に彼が掲げていたものだ。  魔法や特技を用いず、各々の個性という力を発揮し縦横無尽に駆け巡る野生の野球。  それがどうだろう。トルテリJr.に呪文を発動させ本塁突入を妨害したのだ。  チームスローガンとは相反する行動だ。 「それは時と場合による」  あいつは冷たく述べた。  黒野とは違い、試合の勝ちに徹する冷徹なる宣言。 「本当に同一人物か?」 「まるで別人のようだが……」  デホとブルクレスも何か感ずいたようだ。  僕と同じ感覚――あの黒野は黒野ではない別の誰かだ。 「ゼ、ゼルマ様」 「落ち着きなさい魅奈子……動揺してはいけない」  他の魔物達も体を震わせあいつを見ている。  先程まで指揮を執っていた黒野が、別の誰かに変わったことに気付き始めている。  人間でも転生魔王でもない、人知を超えた力を持つ存在であることに――。 「それがおかしいことかジュニア? 勝ちに徹するのが勝負だろ?」 「いや……でも……これって……」 「卑怯とでもいいたいのかね?」 「オ、オイラ達は、あんたの掲げたダーククリーン野球を――」 「魔物がキレイごとを申すな。今まで散々、外道野球を繰り広げただろ?」 「そ、それはそうですけど……」 「ならば黙っていろ!」  BGBGsのメンバーが指揮官あいつへ疑いの目を向け始める。  心酔していたチームスローガンに相反する行動をあいつが行ったからだ。  仲間割れか? そう思った時だ。 「喝ッ!」  一喝する魔物がいた。ヒロだ。 「監督のいう通りだ。我々は勝ちに徹せねばならない」  ヒロは左手を腰に手を当て、右手を大きく前に突き出した。 「職業野球人は勝ってナンボ! サイン盗み! 故意の死球! スパイ野球! 上等だ! 今日の勝利が未来に繋がるのだ!」  フレスコムがヒロに言った。 「あ、あんた……アンデッド系の魔物だろ。未来とか言っても……」 「口を慎め!」 「クワカッ!?」  威圧されたフレスコムは押し黙った。  ヒロは両手を大きく広げている。 「この肉体は朽ちようとも魂は不滅なり! 暗黒野球道を進むが我々ぞッ!」  その言葉に他の魔物達は息を飲んだ。  言葉の重みをしっかりと受け取っている様子だ。  生前!?  やはり赤田さんが言った通りヒロという魔物は……。 「流石だぞ空下浩」 「その名で呼ぶな。今の私はマスターマミーのヒロだ」 「ふっ……そうだったな」  ヒロも転生者!  このメガデインズにいた偉大なる先輩打者だ! 「そ、空下さん……」  赤田さんが哀しそうな顔をしている。  そんな赤田さんに西木さんは言った。 「……今は敵です」 「わ、わかっています……わかっていますよ……」  伝説の強打者、偉大なる先達、メガデインズの前勇者。  僕達の前に立ち塞がる大きな障壁だ。 「アラン!」  西木さんが僕を見た。 「勝つぞ!」 「はい!」  次はいよいよ9回裏――攻撃は3番打者であるヒロからだ。 ☆★☆  野球殿堂博物館。  東京にあるこの博物館はプロアマ問わず、野球に関する様々な資料を収集されている。  名選手が当時使っていたバットやグラブ、スパイク等々が展示されていた。 「プロ野球が開幕してからですよ」  砂原冬弥、55歳。  この博物館の学芸員である。 「気づいたのは朝。警備員が気付きました」  数々の野球道具が展示されるショーケース。  その中に一つだけ展示されていないものがあった。 「警備はどうなってる? 警報装置とかの対策? ちゃんとしてますよ」  盗まれたのはバット。  あるチームの伝説的打者が愛用した野球具である。 「厳重な警備をかいくぐり、ガラスを割らずに盗み出したんです。盗人はルパンですかね?」  何もないショーケースのプレート。  そこにはこう書かれている。 ――空下 浩 虹を描いた勇者のバット。

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