勇球必打!
ep116:悪戯の神オディリス

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 この世界で野球を知った。  なるほど、ラウスが執心するわけだ。  人間が作り出した野球――そこには〝感動〟という名の美酒があった。 「野球のことをもっともっと知りたい!」  私はこの世界が気に入り、他の神々には内緒で根城を作ることにした。  細かい説明はなし! 私は早速『ハウス』なる拠点地を作った。  さァ! 冒険の始まりだ! と言いたいところだが……。 「活動には先立つものが必要だな」  この世界をよりよく知るには活動費、つまりお金というものが必要だ。  普段なら適当に魔物を倒すなり、異世界ワールドのダンジョンに入りお宝をゲットしてお金に変える。  だが、私が降り立ったこの世界には魔物もダンジョンもない。  面倒だが、地道に商売してお金を稼ぐしかないのだ。 「前に行った世界で、トルなんとかという男が店を開いて金を稼いでいたな。私も起業しよう」  そして、私はクエスト通商という名前の店を開いた。  私が行く先々で手に入れた、異世界のアイテムをここで違うアイテムへと生成し売ることでお金を稼いだ。  本来、異世界で手に入れたものを別の異世界に持ち込むことはご法度だ。  だが私は悪戯の神、タブーというものには破りたくなるのが悪戯の神たる所以だ。 「これがプロ野球か」  私が訪れた場所は浪速ブレイブスタジアム。  ここではワ・リーグの浪速メガデインズが本拠地とする場所である。  普段は甲子園を本拠地とするライガースの試合を見る。 「オデちゃん、これあげるわ」  切っ掛けは、近所のおばちゃんがタダ券をくれたことだ。  断るのも何なので、観戦に訪れることにしたのだが―― 「酷い球場だな」  この当時の球場は改修が殆どされていない。  観客席はボロボロ、着ているお客も暇つぶしに来ているサラリーマンやカップルばかり。 「アホ! アホ! アホの大熊!」 「なんやと! もっかい言ってみィ!」 「やっかまかしいわい! チャンスでいつも凡退しよって!」 「大熊のプーさん! いつも三振! ハチミツなめて帰れッ!」 「うるせー! こっちも頭と体使ってやってるんや!」  質の悪い客が選手に野次を飛ばし、飛ばされた選手もそれに反論。  まさに朝まで生テレビな感じだ。 「こ、これがプロ野球なのか?」  同じプロ野球なのに全く違っていた。  私は呆れ返って帰ろうとしたのだが……。 「昔のメガデインズは強かったんやで!」  ダミ声の男がいた。パンチパーマに法被を着ている。  何でも浪速メガデインズの私設応援団長らしい。 「何でこんなに弱くなったんや!」  男は太鼓を叩きながら号泣していた。 「そこの兄ちゃん!」 「えっ? 私ですか?」 「せや!このメガホン持って精一杯応援するんや!」  私は男に促されるまま、応援することにした。 「今や豪打爆発や! 一打バット振り抜けろ!」 「勝利目指し! どっこい! どっこい! 勝利の道へ突っ走れ!」 「いけいけそれ行け! かっとばせー! 高峰!」  不思議と楽しかった。  チームは負けている……それでも希望を捨てずに応援する人間がいるのだ。 「バッターアウト! ゲームセット!」 「ノッポー! デカいのは体だけかいな!」 「スイングもデカすぎや!」  結局チームは敗北。  男の話ではこれで8連敗らしい。 「ワテらは希望を捨ててはいけません! 王者メガデインズは何れ復活します!」  男はメガホン片手に演説を始めた。  だが男以外、全員冷めた表情だ。 「八坂さんのお願いだから応援してるけどよ」 「ザコいメガデインズを応援したくないよな」 「俺、本当はライガースのファンなんだよな」 「昔は強かったかもしれないけど……今は12球団一の不人気球団だしね」  法被を着た若い応援団員の小声が聞こえた。 「君達! 強い球団を応援したいのなら! その法被を脱げ! 強い球団だけを応援しろ!」  私はついカッとなって怒鳴ってしまった。 ☆★☆ 「兄ちゃん、これからもメガデインズを応援してや」  私は八坂という男に連れられ、彼が経営する中華料理店へと連れて行かれた。  店のあらゆる所には、メガデインズのグッズやサインが掲げられている。  テレビというアイテムの画面には、過去のメガデインズの試合が流れていた。 (あれは異世界の魔法では!?)  私は驚いた。  数年前に引退した本福裕もとふくゆたかという男の現役時代が映っている。  盗塁する映像なのだが、足が微妙に淡い薄緑のオーラに包まれていた。  あれは間違いなくエアカンダス――私が以前行ったことがある世界の魔法だ。  効果は確か『対象者の素早さを向上させる』というものだったのを覚えている。 (こ、これは一体……)  続いては、佐分間凛さぶまりんという下手投げの投手。  指に闘気のオーラを込めて剛速球を投げ、キレのいいシンカーを投げていた。  これらは全て異世界の住人でなければ出来ない技。  ラウスが野球なる遊戯に拘泥し、神の禁忌を犯した理由が何となく推察できた。  超人的な身体能力や魔法を駆使する異世界の住人を転生させ、この世界に送り届けていたのだ。  何が理由かは知らないが……。 「昔は強かったんやけどな……」  八坂はテーブルにチャーハンとギョーザなる料理を置いた。  私はギョーザを一口して尋ねた。 「そんなに強かったんですか?」 「そりゃもちろん! リーグ優勝や日本一はしょっちゅうやった! メジャーのチームと試合して勝ったこともあるしな!」  そりゃ強いはずだ。  異世界の住人が野球のルールを熟知し、野球技術を身に付けたら鬼に金棒なのだから。 「再び強くすればいい」 「へっ?」 「八坂さん、私はメガデインズを応援しますよ」  悪戯の神としてのサガが出てしまった。  私もラウスのように、異世界人をプロ野球選手に転生させようと考えたのだ。  でも、今回は普通の人間を転生させるだけでは面白くない。  転生させたのは魔物やちょっと難のある人間――それが麦田達だ。  例外はスペンシー。  異世界人がどれだけメジャーでやれるか見るため転生させた。  彼は私の期待に応えてメジャー大活躍。これならやれる。  他のメンバーも彼と同じように力を発揮すると思ったが……。 「ダメか」  全員発奮するよう、報酬付きの高難度クエストを与えたが悉く失敗。  そこで、私は二つの手を打つことにした。  まずは未来への投資だ。  野球選手に転生させるのはいいが、順応するまでには時間がかかる。  ならば、子どもの時より野球に親しめさせたらよい。  そこで選ばれたのが、並行世界のアランとその仲間のボンハッドだ。  野球好き――特にメガデインズファンの子供に転生させれば、自ずと野球をするようになる。  湊は能力を発揮するまで時間がかかったが、無事にメガデインズのテストを受けて合格。  ただボンハッド――いや、ドカには苦労した。  彼は幼少時から転生前の能力を発揮。パワフルなバッティングを披露した。  そして、甲子園の舞台で大活躍したので他球団に注目されてしまったのだ。  彼が肥満体型かつ私が他球団のスカウト達を近付けさせないよう裏工作せねば危いところだった。  そして、二番目は私自身が野球することだ。  しかし、私がプレーヤーとなれば他の神々にバレる。  そこで憑依するターゲットを定めた。 「ハァ……もう来年はクビかな」  それが神保錬という男だ。

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